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僕達の日常  作者: さきち
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莉子の苦悩

この感覚を何と言えばいいだろう…。


それは些細な違和感から始まった。冷蔵庫を開けた瞬間に、うっと顔を背けた。何か、匂いの強い物を入れておいただろうかと、冷蔵庫に目をやるけれど普段と変わりない。普通の食材ばかりだ。痛んでもいない。だけれど、食材同士の混ざり合う匂いが気になる。掃除をしたばかりだから、汚れてもいないはず…。

「別に変な所はないから、大丈夫だよね?」

体調でも悪いのかと思い、その日は早く帰って寝ようと思いながら、いつもの様にお弁当を作った。


いつもと同じ様に仕事をこなして、終業時間になる。定時で帰れる様に仕事をしてきたけれど、体調は悪い感じはしない。気のせいだったのかなと思ったけれど、念の為早く帰る事にした。結衣や他の同僚に挨拶をして、帰路につく。

幾分、和らいだ日差しを感じながら空を見上げると、鱗雲が見えた。ああ、秋が近付いて来たんだなと思う。

アパートまでの帰り道はラーメン屋の前をいつも通るのだけれど、そこでまたしても違和感が…。餃子の焼ける匂いがしている。いつもは美味しそうと思うニンニクの匂いが、気持ち悪く感じて…。息を止めて、足早にその場を離れた。

何でだろう?相当に体調が悪いのだろうか?

「今日は早く寝なきゃ…。」



朝起きて、いつもの様に鏡の前に立つ。よく寝たからか、肌艶は悪くない。ほっと息をつく。

「…あれ?」

自分の体から、自分じゃないモノの匂いがする…。クンクンと自分の匂いを嗅いでみたけど、違和感は無くならない。こんな事は初めてで、戸惑いつつも気の所為だと自分に言い聞かせた。

だけど、一つの可能性が頭から離れない。慌てて手帳をチェックすると、生理が来ていない事に気付く。

「…結構、遅れてる…。」

「…どうしよう。」

その場にヘナヘナと座り込んだ。

これは、まずいんじゃないだろうか…。彼の立場もある。どうなるんだろうか?想像もつかないのに、考える事をやめられない。

彼は私を必要としてくれているし、言葉でそれを伝えてくれる。だけど、結婚という言葉を彼から聞いた事はないんだ。それが私の中の不安を煽る。

「黒川さんのお姉さんって凄いな…。」

自分で産むと決めて、それを実行したのだ。私にそんな勇気があるだろうか?


昼休み、帰りに妊娠検査薬を買おうかとぼんやり考えていた。だけど、早いと結果が出ない事もあるらしい。やっぱり産婦人科に行った方が良いかな…。

「今日はコーヒー飲まないの?」

結衣が私に問いかける。私は昼食後は、ホットコーヒーをいつも飲んでいる。だから、野菜ジュースを飲んでいる私を不思議に思ったらしい。

「ああ、うん。なんか、ビタミンを摂取したい気分で。」

カフェインを摂りすぎない為と、葉酸を摂取する為に飲んでいたのだけれど…。

「身体が求めてるんだよ。夏の疲れが出る頃だからさぁ。サッパリしたジュースも良いよね。」

結衣は笑う。その笑顔を見ながら、相談したい衝動に駆られたけれど、グッと我慢する。まだ、そうと決まった訳じゃないと自分に言い聞かせる。

…どれだけ自分で確信していようと、証拠は無いんだから。

「残暑が厳しいからね。」

私はそう答えた。…私馬鹿かも。



そう思ってたのに、愁から今日会えないかとメッセージが届く。今日は金曜日、いつもなら普通に会っているから、断ったら変に思われるだろう。タイミングが悪いと思いながらも、断る理由はない。もちろん、会いたくない訳ではないのだから。


何が食べたいと聞かれて、蕎麦と答えた。にんにくの匂いがしない場所を選ぶ。食事を終えて、ホテルに行ったのだけれど、今日はそんな気分じゃない。断る理由を考えながら廊下を歩く。でも、一緒に居たい気持ちはあって…。どうしようかなと思いながら、部屋の中に入った。

鞄を置いて、愁は私を抱き寄せてキスをした。いつもと同じ様に。

だけど、私の様子がいつもと違う事に気付いたらしい。キスをやめて、私の顔を覗き込む。

「今日は、したくない感じ?」

彼は首を傾げた。

「…そうじゃないんだけど、少し体調が悪くて。」

「そう言えば、あまり食欲無い感じだったね。お酒も飲んでなかったし…。大丈夫?」

彼は私のおでこに手を当てて、自分と比べている。

「少し、いつもより体温高いかな?」

「…ごめんね。」

「いや、莉子の身体の方が心配だし。出張で来週からいないから、莉子を充電しておきたくて。」

「ごめんね。」

「謝らなくても良いってば。これで充分だから。」

彼は私を抱き締めた。充電だと言って笑う。


お風呂に入った後、ベットに横になる。先に横になっていた愁が私の頭を撫でる。

「手握っても良い?」

「ん?どうしたの?」

「私も愁を充電したいだけ。」

「もちろん、良いよ。」

彼の手が私の手を握る。手だけじゃなくて心まで温まる様で…、私は愁が好き。好き…だから…。

隣の彼は、疲れていたのか、すぐに寝てしまった。流れる睫毛を見詰めながら、寝息が規則的になっている様子を眺める。

私は、彼の立場を知っている。それを含めての彼だと、私自身が言った言葉じゃないか…。

結局、私は彼に何も言えなかった。ちゃんと病院で診てもらってからだと、妊娠したかも知れないではいけないと、自分に言い聞かせる。


ああ、嘘だ。そんなのは言い訳だ。私は嘘をついている。

ただ、彼の困った顔が見たくなかっただけだ。

それを見て傷付く自分が、ありありと想像できるから…。意気地なしの私…。


私は逃げた。傷つくことから逃げたんだ…。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。

ちょっと、話に動きが出てきました。 お楽しみに☆

ではまた♪あなたが楽しんでくれています様に☆

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