秘密の帰省
次の日曜日に置いてある荷物を取りに、実家に帰ろうと計画していたところへ、結衣が予定を聞いてきた。
「ごめん、その日は実家に帰って、荷物取りに行く予定なんだ。」
「じゃあ、手伝いますよ。」
「大したもの無いよ?大学生になった時に、家出たから。」
「じゃあ、何で帰るんですか?」
「…久し振りに漫画が読みたくなっただけ。あと、子供の頃のアルバムとか、卒業写真とか見たいかなって。」
「私も見たいです。」
「…恥ずかしいんだけど?」
「良いじゃないですか、減るものじゃないですし。」
「…結衣のを見せてくれたら、僕も見せる。」
「どんな交換条件なんですか…。別に良いですよ?実家にあると思いますし。」
母に言っておくと彼女は約束してくれる。
アルバムなら持って帰って来てからでも見せられると思って、そのつもりでいたんだけど、結衣は行く気満々で…。何故?
「え、本当に行くの?」
「何か問題でも?」
「いや、だってさ…。」
見られたくないものもあったりするから…。
「エロ本が出てきても、私は大丈夫ですよ?男の人の自己処理は普通ですし。」
僕の心を見透かす様に君はそんな事を言う。
「いや、さすがにその辺は処分して…。」
何言ってるんだと、ハッとして途中で言葉が迷子になった。違う!こんな事を言いたいんじゃ無いんだ!結衣、自己処理とか冷静に言わないで!
「行っても良いですよね?」
「……ハイ。」
もう、いいや。昔付き合ってた彼女の写真とか、残ってるかもなんて思ったケド。良く考えてみれば、隠す必要も無いのだから。
と、一旦は納得したものの、その日が近付く程に、気になり始めて、居ても立っても居られなくなった。ハンカチを貰ったと言った時の反応が、僕を不安にさせたんだ。
よし!帰ろう!そう決めて、僕は仕事を定時に終わらせた。そして自宅に帰って早速車を走らせる。
実家に帰ると家族は不思議そうな顔で僕を見た。週末でもないのに帰ってきたからだ。瑠璃が走り寄って来てくれて癒されたのも束の間、姉さんが僕に問う。
「帰るの日曜じゃなかったっけ?」
「いや、日曜も来るけど。」
「じゃあ、何で帰って来たの?」
「…下見。結衣が来たいって言うから。」
「エロ本でも回収しに来た?」
結衣といい、姉さんといい、何でそういう発想になるんだろう?僕ってそんなイメージなの?断じて違うと思いたい!
「違う!元カノの写真とか見せたくないって言うか…。」
「ああ、そう言う事ね。」
納得した様に頷いて、姉さんは僕を見てニヤリと笑う。
「色々気を使ってんのね。」
「そんな事で、結衣の機嫌が悪くなるのが嫌なだけ。」
「あら、愛されてんのね。それとも、怖いのかな?」
ニヤニヤ笑いながら、姉さんは意地悪な質問をする。慣れてるから、逆らおうなんて思わない。僕は正直に答えた。
「…怖いの。黙り込んだ時の空気が、放電してる様に感じる時がある。」
はははと父さんが笑う。
「上手い事言うなぁ、司。ピリピリした感じだろ?凄く良く分かるぞ?でも、それで良いんだ。仕事でも家庭でも、女性を怒らせて得な事は一つも無い!父さんの教育のお陰だな!」
え、そんな教育された覚え、無いんだけど?父さんは、お前はよく彼女から振られるから、ちゃんと教育出来てなかったかと、気にしてたとのこと。
「違うわ!お母さんと私が教育したのよ!」
姉さんはそう言って胸を張るし、母さんは頷いている。28歳になるまで気付かずにいたけど、そんな英才教育を受けていたとは…。黒川家、恐るべし。
「僕が事前にここに来た事、結衣には秘密だからね!」
「「「了解!」」」
声を揃えて三人は返事をしてくれる。瑠璃がチョビを抱っこしながら、不思議そうに僕達を眺めていた。
そうして見られたくないものを回収して、安堵の気持ちを抱きつつ、僕は帰路に着いたのだった。
次の日の朝、おはようの挨拶の後、青木の事が心配になって、余計な一言を言ってしまう。
「青木、黒川家では女性を怒らせてはいけないんだよ?大丈夫か?」
鞄をデスクに置いて青木を見ると、不思議そうな顔をされた。
「そんなの、当たり前じゃないですか。僕が仮に母を怒らせたら、父や弟から非難されます。」
当たり前ときたか…。青木家と黒川家の共通点を発見したところで、少し安心した。
「僕の母は、家では女帝として君臨していますよ。」
女帝と聞いて、母と姉さんの顔が思い浮かぶ。体に染み付いた感覚は、彼女達の教育の賜物だろう。
「…お前は黒川家でも大丈夫だよ。」
僕は青木の肩をポンと叩いた。
「え、賛成してくれるんですか?同居するの。」
「反対した覚えはないけど?って言うか、親とかに反対されないの?」
「大丈夫です!呆れられましたけど。」
そう言って青木は笑った。青木や、その家族の懐の深さに、感心してしまう。
「…青木は凄いな。」
調子に乗りそうだから、誉めるのはやめておこうと思っていたのに、ポロリと本音が漏れてしまった。
「先輩!大好きです!」
目を輝かせた青木は、わざわざ椅子から立ち上がってこちらに来る。あ、しまった。
「こら、抱きつくな!」
男に抱きつかれても嬉しくないと、何度言ったら分かるんだ!
「もうすぐ、家族になる仲じゃないですか!あ、兄は僕ですけど。」
「絶っ対、お兄さんとは言わないからな!」
家族と言う単語に反応したお姉様方が、ニヤニヤ僕たちを見ている。まって!誤解だから!