ジャングルジムとプロポーズ
公園のジャングルジムのてっぺんに、瑠璃はいた。歩君が下で説得を続けていたけれど、瑠璃は頑固なところがあるから、降りて来ない。歩君が登ろうとすると、来ないでと怒り出す。…ああ、大変だったろうな。多分、ここまで怒った瑠璃を見るのは、歩君は初めてだろう。親でも手を焼くぐらいなのだから。子供だと侮って、納得のいかない答えを言うと、いつまでも機嫌は直らない。
「瑠璃。」
下から声をかけると、瑠璃が振り返る。
「ママ!」
私はジャングルジムに足を掛けて、瑠璃の隣まで行った。ジャングルジムに登るなんて、どれだけ振りだろうか…。歩君は心配そうに、私達を見上げていた。
「ねぇ瑠璃、なぜママと歩君が喧嘩したかわかる?」
「あゆむ君がママを、いじめたんじゃないの?ケンカなの?」
「いじめられたんじゃないよ。喧嘩だよ。」
「そっか、ケンカかぁ。でも、ママ泣いてた…。」
そう言って、瑠璃は私の顔を見つめる。心配させてしまったらしい。
「ちょっと色々あって泣いちゃったけど、意地悪されたりしてないよ?」
「本当?」
「うん、本当。」
少し落ち着いたのか、瑠璃は下の歩君をチラリと見た。
「喧嘩したのはね、お互いをもっと分かり合いたいって思うからなんだよ。好きだから喧嘩するんだよ。」
「好きだから?」
「瑠璃はそうじゃない?お友達と喧嘩する時。」
少し考えて、う〜んと唸る。
「…そうかもしれない。」
「じゃあ、歩君を許してあげてくれる?」
「…うん。」
瑠璃がそう言うと、あっという間に歩君はジャングルジムを登って来た。早っ!子供用のジャングルジムだから、当然なんだけど、下でうずうずしていたのだろう。
「やっぱり、母親には敵わないなぁ…。」
歩君は瑠璃と仲直りの握手をしながら、私を感心した様に見詰めた。
「勝負しようなんて、思う方が間違ってる。」
「…そうだね。」
フッと苦笑いをして、彼は瑠璃の頭を撫でた。
三人でジャングルジムから降りると、瑠璃はママ抱っことねだる。今日は心配をかけたので、仕方ないと抱っこしたけれど、段々大きくなってきているので、長時間は結構辛い。
二人でベンチに腰掛けたら、瑠璃は怒り疲れたのか、スヤスヤ眠ってしまった。花見の時の記憶が甦る。そんな事を考えていたら、歩君が僕が代わると瑠璃を抱っこしてくれた。
そう言えば、花見の時も彼が抱っこしてくれてたんだっけ?それ程時間は経っていないのに、二人の関係は変わってしまったんだな…。もちろん良い意味で。
「ねぇ、明美…。僕は急ぎ過ぎてたかなって反省してたとこ。君の気持ちを置き去りにしてた事に気付いてなかったんだ。」
溜息をついて、もっとゆっくりでも良かったのにさ…とまた、溜息をつく。
「こっちこそ、あなたを信じきれていなかった。ごめんなさい。」
私は不安に負けてしまっていたのだ。疑う事をやめられなかった。
「言い訳に聞こえるかも知れないんだけど…。瑠璃ちゃんの姓が変わるなら、小学校に入る前の方が良いかなって思ったり?」
少し恥ずかしそうに彼は言う。
「そんなこと考えてたんだ?」
「やっぱり急ぎ過ぎだよね、ゴメン。」
ちゃんと考えてくれてたのだと思うと、泣きそうになる程嬉しかった。
「明美が望むなら、僕が黒川姓になっても良いんだけど、冗談で先輩に話したら、微妙な顔されたんだよね。あ、嫌なんだって、地味にヘコんだ…。」
歩君は苦笑いで、前を見詰める。
「司はアレでも、長男の自覚があるんだと思う。でも、歩君も長男よね?」
「僕の父親は次男だし、そこまで拘らない性格だから、気にしないと思う。爽もいるし。」
「…だから、姓が青木になるのはどうですか?」
彼の瞳は、少し不安そうに揺れながら、私を見詰めていた。
「…えっと、これはプロポーズ?」
「そのつもりです。カッコよくないけど…。もちろん、今すぐじゃなくても良いんだ。明美の望むタイミングで構わないから…。だけど約束が欲しいって言うか…、ああ、やっぱり急ぎ過ぎかなぁ…。」
そう言って項垂れる彼を見てると、笑えてきた。
「…青木明美も変な感じよね?」
どっちも、あだし。
「ああホントだ。でも、慣れれば違和感は無くなるよ?コレは経験談デス。」
上目遣いで私を見る彼が可愛く思えて、思わず笑ってしまった。
「慣れるように頑張ります。」
「…えっと、OKって事?」
「うん。」
やった!と嬉しそうな彼は、ギュッと瑠璃を抱きしめた。瑠璃が身を捩り、慌てて力を抜く彼が、また可愛いと思ってしまう。
「そう言えば、ヒールのある靴で、ジャングルジム登ったの初めてかも?」
「僕もプロポーズは初めてだよ?」
「私だって初めてされたんだよ?」
二人で顔を見合わせる。どちらからとも無く笑ってしまって、そりゃそうだよねと更に笑えてきた。
でも、そうやって、沢山の初めてを経験して、家族になっていくのかも知れないな…。
青木家に戻った私達だけど、歩君は家族に改めて私を婚約者として紹介した。
転んでもタダじゃ起きないとか、あの状況でどうやったらそうなるんだと、呆れられてしまったのは言うまでもない。