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僕達の日常  作者: さきち
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家庭菜園

日曜日、スーパーで買い物をしていたら、黄瀬さんに会った。今朝まで一緒に居た結衣は、部屋の片付けがしたいと自宅に帰っている。もういっその事、僕の家に住めばいいのになんて思ってしまうけど、意気地のない僕はそんな事を言い出せない。何かきっかけがあればなぁなんて、他力本願かなぁ?

黄瀬さんは涼子さんに頼まれて、チューブのワサビを買いに来たらしい。夕飯が刺身なのに切らしているのだとか。さすがに、ワサビが無い刺身は嫌だからと笑っている。

「そうそう、桃井家で一悶着あったみたいだぞ?」

「どんなです?」

「言ってただろ?娘が彼氏連れて帰って来たって。」

「上の子の千佳ちゃんでしょう?それで?何かあったんですか?」

「なんか、彼氏が日本に来たいって、大学を卒業したら二人で一緒に住みたいって言ったらしいよ?」

「へぇ、いいじゃないですか。」

千佳ちゃんもそんな年頃になったんだなぁなんて、感慨に耽ってしまった。

「それがさぁ、稔はそうは思わなかったみたいだねー。」

「どうしてですか?」

「千佳ちゃんは、司法試験に合格して事務所を継ぐつもりでいるけど、まだ合格した訳じゃない。優秀でも、どの位時間がかかるか分からない。それに彼氏が日本語が喋れないらしくて…。どうやって生活するんだって言ったんだと。」

ああ、なるほど。

「大学にいるうちに合格できなければ、事務所で働きながら、弁護士を目指すつもりでいたんじゃないですか?」

「そうなんだけど、昼間は事務所で働いて、空いた時間に家事と勉強。家事にどれだけの時間が割かれて、彼氏の日本での生活の補助、その上で勉強が出来るのかって。合格出来ても、司法修習生として一定期間は実務をしなきゃだし。他の人に構ってる暇があるのかと、そんな甘いものじゃないって説教してしまったんだと。お互い自立した上で、交際するのが望ましいんじゃないかってさ。」

「ああ、聞けばもっともな説教ですね。」

「そうなんだけど、千佳ちゃんにしたら面白くないよなぁ…。」

「…そうですね。正論だけど、お前には出来ないって言われてる様なものだし。」

「俺も親だから分かるんだけど、出来れば失敗して欲しく無いんだよなぁ、子供にさ。」

「そういうものですか…。」

「そういうものだよ。親って馬鹿だよなぁ。子供の人生を代わってやれる訳じゃ無いのにさぁ。」

「子供の人生…。」

「まぁ、司君も親になれば分かると思うよ?」

「…はい。」

なれれば良いんだけどなぁ…。まだ結婚もしていない身の上では、ピンと来ない。

じゃあねと、黄瀬さんはレジに向かって歩き去ってしまった。



スーパーから帰ってきて、エレベーターの前で噂の桃井さんに出会った。折りたたみの台車の上に、花と野菜の培養土と書かれた土の袋が二つ乗っている。どうやら、車から運んで来たらしい。

「あ、そうだ、家庭菜園の野菜が食べ切れないから、貰ってくれない?」

「…野菜、ですか?」

僕は思わず身構えてしまう。そんな僕の様子に苦笑いして、桃井さんはエレベーターのボタンを押した。調子に乗って、数株植えたら、一気になって二人暮らしでは食べ切れないのだとか。そう言えば、彼の趣味は土いじりだったなぁと思い出す。ベランダの一角で、結構色々な種類の野菜や花などを、育てているらしい。

「司君、キュウリなら食べられるでしょ?」

「はい。」

それならとホッとする。生野菜のレタスは苦手だけど、キュウリは好きだ。

「野菜嫌いは相変わらずだねぇ。将来、奥さんは大変だね。」

「…そうかも知れません。」

何故か結衣の顔が思い浮かんだ。気が早すぎると自分に苦笑いする。

ちょうど来たエレベーターに二人で乗り込む。

「まぁ、君たちの世代は、奥さんが料理するとは限らないか…。司君も出来るんだよね?」

「出来ると言う程では無いですけど。簡単なものならって感じです。自分で作るより、人に作って貰った方が、美味しいですけどね。」

「ははは、確かにそうだなぁ。僕も、全く出来ない事は無いけど、聡子が作った料理が一番好きだし。」

「花見の時の、聡子さんのデザート美味しかったですね。」

「普段の料理も美味しいよ。僕は仕事以外は、大したことが出来ない人間だし、聡子には頭が上がらないよ。」

「家事と育児と仕事ですもんねぇ…。」

スーパー主婦って言葉は、彼女にこそ相応しいと思える。

「そう、僕にはもったいない妻だよ。」

家に寄って行ってと言われたので、桃井さんに続いて5階で降りた。



桃井さんの家では、聡子さんがいらっしゃいと出迎えてくれた。冷蔵庫の中のキュウリをビニール袋に入れて手渡してくれる。キュウリの粒々が新鮮さを物語っていた。味噌でも付けて、ポリポリ食べようかなと考えていると、よいしょと買ってきた土の袋をベランダに運ぶ桃井さんが、目に入った。慌ててもう一つの袋を持って、僕も後に続いて運ぶ。

ありがとうと笑いながら、ここが僕の癒しスペースだと鉢植に植えられた、プランターばかりの家庭菜園を見せてくれた。綺麗に手入れされているのが、良く分かる。

「こんな小さなベランダの一角でも自然があって、それに触れていると感じる事もあるんだよ。」

「感じる事?」

「そう、野菜を育てるのって体力的にはキツイけど、精神的には健全で健康な気がするんだ。雨だから、風が強いから、また今度にしようと自然に思えたり…。」

そう言って彼は、家庭菜園を見詰める。

「自然相手だと、簡単に諦められる事が、対人となると許せなかったりするのって、やっぱりどこかおかしいよね。分かっていても、難しい。近い相手だと余計かな。」

「…それって千佳ちゃんの事ですか?」

「うん。ああ、努から聞いたのか…。向こうはもうちゃんと大人で、一人で何でも出来る。親が口を出す事じゃないかも知れない。けど、見ていて危なっかしいんだ。勢いだけで言ってないかとか。ツメの甘さがアリアリと見えてしまう。言いたい事を我慢して信じてやるべきだと思っていても、失敗して欲しくないって思ってしまう。」

聡子が試行錯誤を繰り返して、時間のやり繰りをしていたのを知っているからと桃井さんは話す。

「千佳ちゃんを心配して、幸せを思って言った事だって、彼女も分かってますよ。」

「…そうだと良いんだけど。」

後悔しているんだろうか…。余計な事を言ってしまったって。

近い関係だからこそ、踏み込まなくてもいい部分にまで、踏み込んでしまったりするものなのかも知れない。僕は千佳ちゃんの気持ちも、桃井さんの気持ちも、どっちも分かる様な気がした。人との距離って難しいな…。


そんな事を考えていたら、パタパタとスリッパの音をさせて、聡子さんがこっちに来た。千佳ちゃんからメールが届いたと桃井さんに話している。手渡されたスマホの、その文面を読んで、桃井さんの表情が綻んだのが分かった。

「伝わってた、みたいですね。」

「…うん。」

内容は、彼氏は日本語検定に向けて勉強中で、自分も大学在学中の合格を目指すと書いてあったそうだ。お父さんが心配している様な事にはならないから、認めて欲しいと。


きっと信じて待つんだろうな…。

僕はキュウリを持って、桃井家を後にした。ビールと一緒に、味噌を付けたキュウリを齧るのを想像する。うん、夏っぽくて、最高かななんて思いながら…。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。

勝手ながら、来週はお休みさせて頂きます。書いたストックが無くなっているのと、私的な用事の所為です。

ごめんなさい。5、6月は忙しくて、バタバタしてます。衣替えもしなきゃなぁとか…。

では、また☆あなたが楽しんでくれています様に♪

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