試練?
今日は、結衣の実家に行く予定だ。が、正直言って緊張している。営業先でもこんなに緊張した事無いのに。
だって結衣が試練なんて言葉を使うから…、何かあるのかと勘ぐってしまうじゃないか。
「本当に大丈夫かな?」
「大丈夫だって、言ってるじゃないですか。」
彼女は呆れた表情で、僕を見る。情けないけど、確認しないではいられないんだ。
何が心配かというと、格好とか、手土産とか…。そもそも僕で大丈夫だろうかなんて、考え出したら止まらない。もしかしたら、僕の実家に来た時の結衣も、こんな気分だったのだろうか?玄関で緊張していた結衣の顔を思い出して、笑って悪かったなぁと今更ながら思った。
初めましてと挨拶すると、お母さんが僕を見上げる様に見る。
「うわぁ、本当に背が高いんやぁ。娘から話は聞いてます。」
イントネーションが関西弁で、さらさら直す気は無いらしく、聞いていた通りだ。結衣の話によると、思った事をすぐ口に出す、明るい性格らしい。少し結衣に似てるかな。体型はお母さん似だけれど、顔はお父さんの方が似ている気がする。お父さんは挨拶以外は喋らず、黙ったままだ。
お母さんに手土産を渡すと、お気遣いなくと笑って、思ったよりイケメンだのと持ち上げてくれて、見た目を褒められ慣れてない僕はこそばゆくなる。
居間に通されて、飲み物を出される間も、ずっと喋り続けているお母さんを見て、口より先に生まれて来た人という表現が頭を過ぎったけれど、もちろんそんな事は言わないよ。
お互いに簡単な自己紹介をして、改めて娘さんとお付き合いさせて頂いていますと頭を下げた。
「司さんは、うちの結衣のどこが良かったんですか?」
ど直球の質問が飛んで来て、言葉を選ぶ余裕も無い。
「あの、全部好きですけど…。」
お父さん全部やて、とお母さんはふふふと笑いながら、お父さんに話しかけている。お父さんはニコニコ笑ってるだけだ。寡黙なのか、お母さんがお喋りだから話さないのかどっちだろう?ただ、思っていたより、怖そうな感じはしなくてホッとする。穏やかそうな見た目、そのままの印象だ。
「この子、意地っ張りやし、気ぃ強いし大変ちゃいます?」
「いえ、そんな事は…。僕には勿体ないくらいだと思ってます。」
「ホンマですか?」
「本当です。」
「…結衣、アンタまだ猫被ってんの?」
お母さんは結衣の方を見て、僕に話すよりワントーン低い声で彼女に問いかけた。
「そんな事ないってば。」
なぜかお母さんから目を逸らしながら、彼女が答えた。え、ホントに猫被ってたの?
「本性隠して、付き合ってんのとちゃうやろね?」
「人聞きの悪い事、言わないでよ。」
ギョッとした様に、彼女はお母さんを見る。
「どんな本性なんですか?」
思わず、好奇心が疼いて、そんな事を聞いてしまう。
「あ、聞きます?この子の小さい頃の話。」
「お母さん!」
「ええやんか。司さんが聞きたがってるんやから。聞きたいですよね?」
「はい、是非!」
もの凄く、知りたいです!身を乗り出して、返事してしまった。
「司さん!」
「小学生の頃、男友達とふざけて遊んでて、蹴った勢みにその子の腕の骨にヒビが入ってしもてね。この子連れて、ケーキ持って、その子の家まで謝りに行ったんです。もう、ホンマに大変でした。」
お父さんも相槌を打つ様に頷いている。
「活発だったんですね。」
「そうなんです。捻挫やら、怪我やらもしょっちゅうで。弟と喧嘩して、階段から転げ落ちたり…。あの時は、頭を5針縫う怪我でね、頭って大袈裟に血が出るんで、慌てました。」
「お母さん!」
「ホンマの事やんか。」
「…だけど。」
結衣はチラリと僕を見て、恥ずかしそうな顔をする。どうやら、僕に知られたくなかった様だ。確かに昔の話って、恥ずかしいかも。でも、ごめんね。僕は君の事なら何でも知りたいんだよ。
「他にも色々あるんですけど、結衣が睨むんで、また今度。」
そう言って、お母さんは肩をすくめて見せた。これ以上機嫌が悪くなられると僕も困るので、次の機会に期待しようと思う。
「もう、お母さんたら、余計な事をペラペラと…。」
と溜息をつきつつ、彼女は僕にこぼす。
どっちかと言うと、僕への試練と言うより、彼女の試練になってしまっている様な気がした。
その後は、お母さんがお昼ご飯に用意してくれたお寿司を一緒に食べ、更に食後のお茶を飲んでいる間も、お母さんのマシンガントークは止まらず、お父さんは相槌を打ったり、内容を補足するにとどまっている。結衣が普通にしているところを見るに、普段からこんな感じなのかも知れない。
僕達の出会いや家族の事なども、さり気なく聞き出され、丸裸の気分だ。やましいことは何も無いから、良いんだけど…。それとも、これが試練なのだろうか?
最後にお父さんは、結衣をよろしくお願いしますと言ってくれた。娘の交際に介入する気はないらしく、本人に任せるというスタンスを貫いている様だ。
お母さんの僕に対する評価は気になるところだけれど、感触としては悪くない気がする。帰りに玄関で、また来てねって言ってもらえたし。
白石家を出て、結衣と手を繋いで、駅までの道を歩いている。緊張から解放されたのもあるけれど、充足感があって、来て良かったと思えた。
結衣は大丈夫でしたか?と僕に頻りに問い掛ける。お母さんがあんなだからと溜息をついていたけれど、僕は大丈夫だと言うと、彼女はホッと息をつく。
「ねぇ、頭の傷跡見せて?」
「え、何でです?」
「だって、気になったから。」
「この辺だったかな?」
髪の毛を掻き分けてみると、薄っすらと傷跡が見えた。指でなぞると、くすぐったそうに結衣は身をよじる。
「活発だった割には、頭以外、身体に傷とか残ってないね?」
「さすがに中学になってからは、蹴り合いの喧嘩はやってませんよ?弟の方が大きくなってしまいましたし、勝てない喧嘩はしない主義なんです。」
「…そっか。」
「でも、今でも口喧嘩じゃ負けません!」
ふふんと、得意げに言う彼女を見てると笑えてくる。それと同時に、同じ姉を持つ身として、なぜか弟くんに近親感を抱いてしまった。…弟って、ツライよね。うん。
だからかなぁ、僕が結衣に勝てないのは…。弟だから?まぁ、勝つ気もさらさら無いんだけど。
「弟くんにも会いたかったなぁ…。」
「そうですか?普通ですよ?」
「お正月は帰って来るんだよね?会えたら良いけど。」
「…そんな風に言ってもらえると、凄く嬉しいです。」
結衣は微笑んだ。
僕は結衣の手を握って、将来に想いを馳せる。きっとこれから何度も、この道を通るんだろう。その度に、君と僕、更にはその家族とも繋がりが出来て、その繋がりが強くなっていくのだろうか。
そう、なれば良いな…。日差しの強い空を見上げる。この日差しが和らぐ頃に、またこの道を通って、君の家に行こう。
その時もこうやって、二人で手を繋いでさ。賑やかな君の家族がいる、あの家に行くんだ。きっとね。