御墓参り
私は緊張している。ここ最近で一番緊張していると言っても過言ではない。何故なら、今日は司さんの実家に行く日だから。何故か畏まった格好では来ないでと、司さんがご両親から言われたらしい。
普段着でも少しきちんと見える、白のトップスに紺色のスカートを合せて、大丈夫だろうかと鏡を見た。髪は後ろで一つに括る。地味すぎるだろうかと、控えめにネックレスとピアスを着けて調整した。冷房対策のカーディガンとバックを持って、部屋を出ると、彼が待っている。
車で行くのかと思ったら、電車で行くのだとか。お昼は、お父さんたちが、バーベキューの準備をしていてくれるらしい。飲むなら電車で来いと言われたと彼は笑う。
「ちゃんと送って行くから、飲ませてね。」
バーベキューだったら、ビールを飲みたいだろう。私も飲みたい、あ、でもやめておいた方が良いかな?ボロが出たらマズイ。でもちょっとだけなら大丈夫かな?
「青木も来るから、緊張しないで。」
「青木さんも…。勝負ですね、望むところです!」
よし!と気合いを入れていたら、司さんは訝しげな顔をする。こっちの事なので気にしないでください。
司さんの実家に行く前に、通り道だと言う事で、誠司さんの御墓参りに行く予定だ。墓地に向かう道すがら、花屋に寄って行くことにする。
近くの花屋で、ひまわりの花が目に付いた。綺麗な黄色い花は、夏を感じさせてくれる。仏花のセットもあったんだけど、これにしようと司さんは店の人に声をかけている様子を眺めた。もしかして、誠司さんが好きな花だったのだろうか。
誠司さんが眠っているという墓地は、木がたくさんあって、花壇には花が植えられていて、一見公園のように見える。所々に大小様々なプレートがあって、文字が刻まれていた。
「この木って桜なんですね。」
木肌に触れながら上を見上げると、濃い緑色の葉から木漏れ日が落ちている。
「うん。花見でもしながら、参ってくれたら嬉しいって言ってた。」
「ここで花見はしないんですか?」
「まだみんな、悲しい想いの方が強いからさ…。ここで花見が出来るのは、もっと時間が経ってからかも知れないね。」
「…そうですか。」
司さんはあるプレートの前にやって来ると、その場にしゃがみ込む。持ってきた花を手前の穴の中に入れて水を注いだ。どうやら、そこに花をお供えするらしい。
更に線香に火を付けて、目を瞑って手を合わせる彼に倣い、私も一緒に手を合わせる。心の中で、初めましてから、近況まで一通り報告を終えた。
白檀の香りが辺りに漂って、さわさわと風が樹々を揺らす音が耳に残る。目を開けると、彼の肩と足元に、木漏れ日が落ちている様子が目が止まった。ここは、静かで良い場所だ。
目を瞑っていた彼が、顔を上げた。少し寂しそうな瞳の司さんは、何を報告したのだろうか。線香の煙がたゆたう様子をただ、ぼうっと見詰めている彼に、声はかけられなかった。
明るい色のひまわりの花弁が、風を受けてかすかに揺れる。何かを語りかけているように見えて、もう一度目を閉じた。そっと囁くように、『司をよろしくね。』と聴こえた気がして、驚いて目を見開く。空耳かも知れないけれど…でも確か聴こえた。司さんに似た低い声が。
「…司さん、何か喋りましたか?」
「いや、何も?」
不思議そうに私を見る彼は、首を傾げる。
「そうですか。」
「どうかしたの?」
「私、誠司さんから、よろしくお願いされてしまった様です。」
彼は目を見開いて、そして微笑む。そして、二人で手を繋いで歩き出した。
どうせなら、僕に話し掛けて欲しかったなんて、唇を尖らせる彼は、いつもより子供っぽい。思わず笑ってしまう。
その不思議な体験は、心の中で木漏れ日の光の様に、胸を暖かくキラキラと彩った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
御墓参りと実家での出来事を、纏めると長くなりそうだったので、キリのいいところで区切りました。なので、今回は少々短めです。
萌黄色の葉や、花々が綺麗ですね。春から初夏の風景は美しくて大好きです。
ではまた☆あなたの貴重な時間を使って頂いて、ありがとうございます♪