彼と猫と私
最近、私は不満を持っている。猫のチョビだ。アッサリとスマホの待ち受け画面を、チョビにした司さんは、写真を見てニヤける。お父さんが時々、写真を送ってくれているらしい。
彼は頻繁に実家に帰っては、猫に懐いてもらおうと、餌付けをしているのだとか。猫好きだとは思っていたけれど、予想以上だ。
会社の人達には、私たちの付き合っている事は秘密だから、私の写真にしろなんて言えないんだけど。でも、何故だか負けた感があって、モヤモヤする。
猫に嫉妬しているなんて、馬鹿みたいだと思うけれど。
今日は金曜の夜だから、彼の家に泊まる予定だ。食事を済ませた後、一緒に帰ってきた。リビングで寛いでいる司さんは、相変わらずチョビの写真を見て、ニヤけている。隣に居るのだから、私を見て欲しい。
「…待ち受け、私の写真でも良いですよ。」
猫の写真を嬉しそうに眺めている彼を見て、悔しくなってそんな事を言ってみる。
「え、良いの?じゃあ、この前の水着の写真にし…。」
「それはやめて!!」
司さんが言い切る前に、被せて拒否してしまう。水着姿なんて、とんだ拷問だ。
「…やめる。よく考えたら、他の男に見られたくないし。」
「……やっぱり、チョビで良いです。」
私は溜息と一緒に、諦めることにした。彼は私の顔を覗き込む。
「…もしかして、妬いてる?」
「妬いてます。」
「チョビに?」
「チョビに。」
馬鹿みたいなのは自覚してる。でも、なんか嫌なんだもん。
「…まだ、警戒して近寄ってくれないんだけどね。結衣の方が、よっぽど僕に懐いてるけど?」
「ラーメンで餌付けした成果じゃないですか?」
ちょっと拗ねてるから、横を向いて素っ気なく言ってしまう。
「…そうだったのか。」
司さんはじっと私を見ている。視線を合わせてなかったけれど、ちょっと大人げなかったかなと思って彼をちらりと見た。
「…嘘です。ラーメンが無くても懐いてますから。」
「知ってるよ。」
ふっと笑って、彼は私を抱きしめた。ふわりと彼の香りがして、胸に顔を埋める。
「懐いてる方を、大事にした方がいいんじゃないですか?」
「大事にしてる、つもりなんだけどなぁ…。足りない?」
確かに大事にしてもらってるけれど…。
「…今日は足りない。もっと構ってくれないとヤダ。私は、猫より手がかかるんです。」
「そっか、それは大変だ。猫に構ってる場合じゃないな。」
「そうですよ。」
拗ねますからね、構ってくれないと。私って面倒臭い女だなぁ…。そうは思うものの、嫌がらない彼に甘えてしまう。
「どうして結衣は、僕に懐いてくれてるのかな?」
「きっと、この腕の中の居心地が良いからですね。」
司さんの低い声も、体温も匂いも、安心できる。ここが私の場所だと、無条件に感じるんだ。
「結衣がずっと、居心地が良い様に、ガンバリマス…。」
逃げられたら嫌だし…とボソリと呟く声が、頭の上で聴こえた。思わず吹き出しそうになる。もちろん、逃げるつもりなんて無いんだけど、そう思ってくれてる事が嬉しくて頬が緩んでしまう。さっきの拗ねた気分は何処へやら…私って単純だなぁ。
「もうすぐお盆休みだけど、何処か行きたい所ある?お互いの実家に行く日は決まってるから、それ以外で。」
心が満たされたので、顔を上げて彼を見た。ふっと背中の拘束が緩んだけど、もう寂しくない。
「う〜ん、海は行きましたしね。司さんは?」
「僕は叔父のお墓参りには、行きたいんだ。毎年、恒例だからさ。」
「そうですか。…あの、一緒に行っても良いですか?私、誠司さんの話は聞くけど、会ったことはないから、挨拶したいです。」
美穂さんや、黄瀬さん達の話を聞くと、どれだけ愛されていた人か分かる。とても放ったらかしには、出来ない気分だった。いつのまにか、勝手に近親感を抱いてしまっている。司さんの大事な家族なのだから。
「だけど、墓標は無いんだよ。樹木葬ってヤツだから。お骨が埋まってる目印ぐらいだけど、良いの?僕が行きたいだけだから、気を使わなくて良いからね?」
彼は首をかしげる。
「気なんか使ってないですよ。報告したいじゃないですか。司さんもですけど、皆んなと仲良くさせてもらっているのに。」
いわば、キーパーソンだと思う。そこを避けて通れない気がするんだ、彼とのこれからを夢見るなら…。認めて欲しいだなんて、勝手かな?迷惑だろうか…。
「話したい事があるんですよ。誠司さんの集めた器達を、使ってる事とか。レシピを参考にしてる事とか…。」
もちろん、司さんの事も。ダメかな?と不安になって彼を見た。司さんの目が真っ直ぐに私を見詰めている。彼の沈黙に、少し鼓動が早くなった。
「…結衣がそう思ってくれてる事が、凄く嬉しい…。」
今度はさっきよりも強く、抱き締められる。ほっとして、彼の腕の中で息をつく。
嫌がられなかった事が嬉しかった。家族でもないのに、図々しいかなって思ってたから。
お盆休みの予定が一つ増えて、それを彼と共有している事に、喜びを感じる。共有出来る予定が増える度に、彼との距離が縮まっていく様な気がした。