ライバル
朝、青木さんと廊下で出会った。おはようございますと挨拶すると、先週の土曜日に黒川家に行ったと話してくれる。
「え、行ったんですか?司さんの実家に?」
「うん。瑠璃ちゃんが風邪引いてたからお見舞いに。」
司さんが金曜日の晩にスマホを見ながらソワソワしているのに目をとめて、どうしたのかと聞いたら、瑠璃ちゃんが風邪らしいと話してくれた。熱は下がったらしいけど、心配なのだろう。その気持ちはよく分かるので、行ってきたらどうですかと言ったら、ごめんねと謝りながら急いで帰って行ってしまった。でも、こういうところが司さんの良いところなので、嫌な気分にはならない。食事した後は彼の家に行こうかと思っていたけれど、のんびり家で肌の手入れでもしようと考えていた事を思い出す。
青木さんは土曜日に行ったらしい。明美さんのリクエストのプリンを持って。
「どんなご両親だったんですか?緊張しませんでした?」
「ちょっと緊張したけど、お父さんもお母さんも感じの良い人だったよ?」
「まぁ、司さんのご両親だから、大丈夫だとは思ってますけど。」
お母さんは甘い物が好きだとか、お父さんはライダーマニアだとか、色々な話をしてくれた。
「黒川さん大好き同盟だから。情報提供。」
青木さんはニヤリと笑って、軽く手を振って営業部の方へ歩いていく。
「ありがとうございます。」
私は彼の背中に向かってお礼を言った。
その情報、有り難く使わせてもらいます。手土産は甘いものに決定だな。
二人で会社帰りに食事をして、私の家まで彼が送ってくれた帰り道でたわいない話をしていた。
「青木さんがご実家に行かれたって、聞きましたけど。」
「ああ、そうなんだよ。この前の土曜日に行ったらしくて。」
私と手を繋いでいた司さんは、ふっと笑う。
「お陰で、両親の青木に対する評価がだだ上がり。妙に気に入られてて、ビックリしたぐらい。」
わざわざ、お母さんからいい子だったと電話が来たらしい。お父さんとも話が弾んだらしく、気に入られて泊まっていったらどうだぐらいに言われていたとの事。
「へぇ…。」
「もともと、人懐っこい奴だから。真面目でもあるし。」
「……そうですか。」
「青木が結衣の話を両親にするもんだから、結衣への期待値も上がってて…。」
「……。」
司さんは私の不安を見て取って、慌てて口をつぐむ。しまったという顔をして、手をぎゅっと握りながら、私の顔を覗き込んだ。
「あ、無理しなくて良いからね。普通で大丈夫だから。」
普通ってどうすれば普通なんだろう?
プレッシャーなんだけど?青木さん、私に恨みでもあるのか?もの凄くハードルを上げてくれるじゃないの!
「大丈夫です。無理しませんから。」
顔に笑顔を貼り付けてそう答えたものの、彼と別れた後で、はぁと溜息が出た。
次の日、いつもの様にパソコンの前に座って、仕事をこなしていた。
「あーおーきーめぇー!」
「結衣?どうしたの?」
莉子が驚いた様に私を見た。
あ、いけない。思い出したら、妙に肩に力が入って、エンターキーを力一杯叩いてしまった。莉子にこんな事があったのだと理由を説明すると、何で青木めぇ!になるのか訳が分からないと言われる。
「褒めてくれてただけじゃないの。情報提供までして貰ってるのに。」
莉子は呆れた顔で私を見詰める。
「だって…。」
「前から思ってたんだけど、青木君に対する、結衣の妙なライバル心は何なのかしら?」
莉子は首を傾げて、不思議そうな顔をする。
「…青木さんはいつも私より先に、私の居たい場所に居るんだよ。」
司さんの隣とか…。今回も先越されて、悔しくなってしまった。私だって、司さんの両親に気に入られたいんだよ。
「私が勝手にライバル視しているだけなんだけどね。」
きっと青木さんは親切にしてくれてるだけ、ライバルだなんて思ってない事も分かってる。
「まぁ、でも、面白い関係だからいいんじゃない?」
莉子はニヤリと笑って、パソコンに視線を戻す。いつもの様に、カタカタとキーボードを叩く音が聞こえた。
「そう?」
私も画面に視線を戻し、同じように作業に戻る。
「だって、負けたくないって思うのって大事だもの。」
ふっと笑って私を見た後、彼女はまた仕事に集中し始めた。
「本当だ。私は負けたくないんだ…。」
そっか、負けたくないと思ってたんだな、私は。じゃあ、それを貫いても良いよね。
廊下ですれ違った青木さんの背中を見る。今は先越されてても、いつか追い抜いてやる。
「青木さん!負けませんから!」
人差し指をビシッと立てて、宣戦布告をする。
「…何か勝負してたっけ?」
彼は不思議そうな顔をして、私を振り返った。
私は何も言わずに、ニヤリと笑って、手を振ってデスクに向かって歩いていった。
よし!今度は負けないんだから!