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僕達の日常  作者: さきち
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看病とプリン

あれは、私がまだ実家に帰ってなかった頃。瑠璃は二歳になったばかりで、仕事と子育てで孤軍奮闘していた。

久し振りに熱を出した四歳の娘を、看病しながら昔の事を思い出す。



母になると言うことは、自分の時間が少なくなると言うことかもしれない。瑠璃を産んでから、いつもそんな事を考えていた。子供の為に使う時間が増え、その分自分の時間が無くなるからだ。家事もある、仕事もある。自分の為に時間を使いたければ、睡眠時間を削る他無いんだと。

子供は可愛い。共に過ごす時間に幸せを感じる。だけど、諦めなければいけない事も増える。それが自分の時間。買い物に行くにも、美容院に行くにも、歯医者に行くにも、自由に出来なくなると、何故ここまで我慢しなければいけないのかと、悲しくなってくる。

自分で産む覚悟を決めたから、言い訳はしたくない。良い母親でいたい。なのに、こんな風に考えてしまう私は、母親として失格だろうかなんて思えてくる。


私は看病の為に家に居た。瑠璃が熱を出したから、会社は休まざるを得なかったんだ。今日は大事な会議があったのに…。後輩に電話して、後を頼んだ。この日の為に、準備をしてきた事を、全て人に委ねなければいけない悔しさで、また悲しくなってくる。


そんな事を鬱々と考えていた時だった、司がひょっこり顔を出したのは。仕事はどうしたんだろうかと思ったら、休日出勤した時の代休がたまたま今日だったのだと言う。メッセージが来て、瑠璃が熱を出した事を伝えたら、お見舞いに来てくれた。私と違って、弟は優しい。結婚したら、良い夫になるだろう。


「瑠璃、大丈夫?」

「うん、今寝てる。」

「姉さんは、大丈夫?」

司は私を気遣う様な目線で見詰めてくる。

「私は熱ないけど?」

「じゃなくて、仕事とか、色々だよ。」

自分の余裕のなさを、見透かされている様に、ドキリとしてしまう。昔から、司は時々鋭いんだ。

「…ちょっと、辛い。仕事も中途半端だし、母親としても中途半端で。今だって、目の前の瑠璃の心配だけすれば良いのに、仕事が気になって仕方ない…。」

そんな自分への嫌悪感で、どうしようもなく情けなくなる。 赤い顔をした瑠璃を見詰める。こんな母親でごめんと心の中で謝った。

「瑠璃はさ、姉さんを休ませる為に熱を出したって考えたらどうかな?」

「休ませる?私を?」

「だって、こんな時しかゆっくり出来ないでしょ?目は離せないかも知れないけど、気持ちはゆっくり出来るじゃない。今は僕が看てるから、少し姉さん休んだら?」

そういえば、疲れが溜まっている。保育園の迎えの時間があるから残業出来ない分、自宅で少しずつ仕事をこなしていた。瑠璃が寝た後で。

「司も折角の休みなのに…。」

「僕はしっかり寝てるから大丈夫!たくさん寝たから、これだけ大きくなったんだよ?」

そんな事を言うので笑ってしまう。今日、もしかしたら笑って無かったかもとハッとした。

そう言えば司は、中学生や高校生の頃、暇さえあれば寝ていた。塾や部活の時間意外だけれど。しかも夜もしっかり寝ていて、よくそれだけ寝られるもんだと、呆れた覚えがある。

「じゃあ、少し休む。」

「うん。何かあったら、起こすから。」

布団に包まって横になったら、沼に沈み込む様に意識が直ぐになくなった。


起きると、頭が軽くなってスッキリしている事に気付く。寝惚けながら辺りを見回すと、瑠璃と司がプリンを美味しそうに食べていた。瑠璃の頰はまだ赤いけれど、目がキラキラしていて、楽しそうだ。瑠璃は司が好きみたい、そう言えば司が来るといつも嬉しそうにしている。

司だけじゃないな、桃井さんや黄瀬さん、伯父さんに美穂さんが来ても嬉しそうだった。

「あ、ママ起きた。姉さんの分もあるよ。」

プリンを差し出して、司は笑う。甘いバニラの香りが漂っている。

その時、泣きたい様な気分になったんだ。頼れば、助けてくれるのに、何を一人で抱え込んでいたんだろうと。後輩の任せてくださいと言った言葉を、素直に受け取れば良かったんだと。いつでも頼って欲しいと言ってくれる、周りにいる人達の笑顔を思い出す。私は一人じゃなかったのに…。


あれがきっかけだったと思う。両親の帰って来いと言う言葉に耳を傾ける気になったのは。瑠璃が笑える環境に、身を置こうと考えたのは。一人じゃ、無理だと思ったんだ。

私一人で育てるよりも、きっと良い子に育ってくれる。私の足りない部分は、誰かが補ってくれるんだと。



私は久し振りに熱を出した瑠璃を見詰める。赤くなった頬に触れて、大きくなったななんてしみじみ考えた。家には二人だけだ。父も母も仕事だから。

そう言えば、最近仕事の方に頭が行っていたかも。母親としての自分を思い出せと、言われてる様な気がした。そして、少し休めと。


明日は土曜日で、歩君と一緒に会う約束をしていたけれど、瑠璃が熱を出したので行けそうにない。そうメッセージを送ったら、お見舞いに行っても良いですかと彼から返信が来た。今まで家に来たことは無いけれど、平気なんだろうか?

司なんか、結衣ちゃんの家族に会う事になっているらしく、どうすれば良いかなんて狼狽えたメッセージが来ていたのに。取り敢えず、Tシャツじゃなく、襟付きの半袖シャツで行ったらどうだという助言しか出来なかったのだけれど。なんせ情報が少ないから、助言にも限界がある。

ゼリーとか、プリンだったら、瑠璃ちゃんは食べられそうですか?と来たメッセージを読んで、笑ってしまいそうになる。なんか司に似てる?でも、司より肝が据わってるかも知れない。


出来たら、プリンが良いと返信してしまった。

あの日の、甘いバニラの香りを思い出したから…。

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