美穂と薔薇
司君は、本当に誠司に似ている。眼鏡をかけたらそっくりだろう。体型も、話し方も、とても似てきた。誠司の甥だから当たり前なんだろうけど、以前はそれ程似ていると思わなかったのに…。
花見の時の司君を思い出して、そんな事を思う。司君に会ったのは、誠司の葬儀の席以来だ。あの時は、悲しみに支配されていて、司君をじっくり見てなどいなかった。
誠司の笑顔は、私の幸せそのものだった。あなたが大丈夫だよって、笑ってくれたから、私は救われたんだ。僕は君の味方だと言ってくれたから、乗り越えられた。あのまま、駄目になってしまいそうだった自分を、あなたが肯定してくれたんだ。どんな君でも、僕は好きだよって言ってくれた。君と居られるだけで、僕は幸せだと笑ってくれた。
あの時の選択は間違っていないと思ってる。結婚をしなかった事を、後悔もしていない。だけど、あなたがこんなに早く逝ってしまうと知っていたら、あなたとの子供が欲しかったと思ってしまうの。
それなら、どれほど寂しさを紛らわせただろうか。
あなたの面影を追ってしまう自分は、きっと寂しいのだろう。あなたが居ないと思うだけ
で、泣きたくなるのだから。立ち竦みそうになる気持ちを立て直す。あなたが居なくなっても、日常は続いているんだから。思い出の中にばかりは生きられない。
分かっているんだ。分かっているんだけど…。
一人になると、寂しさが襲ってくる。何かで気持ちを紛らわせなければ、悲しみの海に沈み込んでしまいそうになるんだ。いつになったら、楽になるんだろうか。この胸の痛みが、和らぐ時が来るんだろうか…。
でも、忘れたくない。あなたを忘れてしまう事が怖い。忘れるくらいなら、痛いままでいい。
そんな事を考えていた時だった。インターホンが鳴り、ディスプレイに宅配業の人が映って、宅配便ですと言う。何か頼んだだろうか。
玄関で荷物を受け取ろうとドアを開けたら、彼は荷物が三つもあると言う。判子を押しながら愁から届いた小包を受け取る。武からも来ている。そう言えば、今日は私の誕生日だった。二人とも律儀だなぁなんて、思わず笑みがこぼれた。
最後の荷物は…と思ったら、鮮やかな紅い色が目に飛び込んできて驚く。一瞬息が止まった。まさか…。
ありがとうと、宅配業者を見送ったけれど、花が気になって仕方ない。
『変わらぬ愛を君に』メッセージカードには、そんな文字が書かれていた。
誕生日に届いた深紅の薔薇のアレンジメント。ご依頼主の欄には黒川誠司と書かれていた。
涙が溢れて止まらなかった。
いつもの、花だ。彼がいつも私の誕生日に、照れながら渡してくれる花…。形は違っても、いつも同じ紅い薔薇を贈ってくれるんだ。どうして?どうして届くんだ。あなたは居ないのに…。
涙が止まった頃、あ、司君だと思った。彼に電話をかけてみようと思い立つ。
コール音に耳を澄ませて待っていると、はいと返事が聞こえた。低い声、誠司に似ている…。
「花が届いたんだけど、これはあなたがやったの?」
「僕がやった事には違いないけど、違います。」
「違うってどう言う事?」
「僕の意思ではなく、叔父の誠司の意思です。ずっとあなたを愛してるって伝えたいそうですよ。死んでしまっても、僕の愛は変わらないと、あなたに伝え続けてくれっていう約束です。」
「約束…?」
「はい。その話をした時、病室で叔父は笑ってました。死んだ後の事まで考えている僕は、何て未練深いんだろうって。あなたに忘れられてしまう事が寂しいって。だからこれは僕の我儘だって、笑ってました。」
その笑顔を思い出す。病室でも彼は笑顔だった。私を気遣っていたんだろう。
「あの人、私には僕の事を、忘れてもいいなんて言ってたのに…。」
「美穂さんを縛りたい訳ではないのも本当の気持ちで、でも忘れられたくないのも本当の気持ちだったのだと思います。」
「本当の気持ち…。」
「本当は秘密だって言われてたんですけど…、喋っちゃいましたね。叔父さんに怒られるかな?」
「大丈夫よ司君、あの人嘘がつけるような人じゃなかったから…。」
私に嘘つこうなんて、そんなこと無理なんだから…。だってあなたは私に隠し事なんて出来ない様になってるの。そう決まってるの。
ありがとうと言って電話を切った。
眼鏡と帽子の横に置かれた、彼の笑顔の写真を見る。
嬉しいけれど、切なくて…。彼の匂いも手の感触も、はっきりと思い出せるのに、もう温もりを感じられないことが悲しくて…。自分で自分を抱き締める。
深紅の薔薇を見詰めながら、流れ出る涙をそのままにして本当の自分の気持ちを言葉にした。
「ねぇ、誠司。…私、寂しいよ。会いたいよ。私もあなたを愛してる…。ずっと、愛してるから…。忘れないから…。」
ねぇ届いてる?私の気持ち。
私には届いたよ。
あなたの愛が…。