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僕達の日常  作者: さきち
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約束

スマホのカレンダーを見ていて、そろそろ予約しておかなければと思い至る。

それは叔父との約束。遺言って言った方が良いかな?でも、遺言って言うと、堅苦しいからやっぱり約束だな。

灰原美穂さんに、花を贈る約束をしているんだ。彼女の誕生日に、叔父の名前で。僕が受け継いだのは、物だけじゃなくて心も受け継いだと思ってる。


今日食事をした店が、花屋に近い事に気付いて、ついでに予約してしまおうと考えた。結衣に話すと、興味津々で私も行きたいと言う。

やっぱり女の人って花が好きだなぁなんて思って、君の楽しそうな表情を見て、笑みがこぼれた。


前に姉に教えてもらった花屋を訪ねる。いらっしゃいませと、五十代ぐらいの男性の落ち着いた声が聞こえ、遅れて女性の声も重なって、辺りに響く。ふわりと花の良い香りが漂って、店主らしき男性が笑顔で迎えてくれた。女性もこちらに笑みを向けながらも、目の前のアレンジメントを手際良く仕上げていて、それが出来上がっていく様子は、まるで魔法の様だった。

棚には観葉植物や、アレンジメントの花達。ガラスケースの中には、色とりどりの花が溢れんばかりに咲き誇っていた。結衣は微笑んでその花々に魅入っている。ラッピングに使う不織布や、リボンも色とりどり。カラフルだけれど、何故か統一感があるその色いろいろ。リボンの色がグラデーションの様に並んでいるのは、店主のこだわりだろうかなんて考えていたら、店主に声をかけられた。

「もしかして黒川誠司さんのご親戚の方ですか?」

思わぬところで、叔父の名前が出てきて驚いてしまう。

「はい。誠司は叔父です。」

「ああ、やっぱり…。よく似てらっしゃる。若い頃の誠司さんそっくりです。前に来られた時に、誰かに似ていると思ってたんですが、店を出られた後、黒川誠司さんに似ているって気付いて。慌てて、送り状を確認したら、黒川と書かれていましたし。前は顔と名前がすぐに出て来たのに、最近は歳のせいか名前がちっとも出てきません。」

駄目ですねぇと店主は笑う。


「誠司さんはお元気ですか?」

「一昨年、他界しました。」

「…そうですか。」

そう言って店主は、暫し沈黙した。目に寂しさを滲ませて。

「叔父はいつもここで花を買ってたんですか?」

「はい、ご贔屓にして頂いてました。もう、20年以上ですね。個人的にもお仕事でも、良く利用して頂きましたよ。」

「そんなに前から…。」

「2年前位に来られたのが最後ですね。大分先の日にアレンジメントの宅配を希望されまして。奥様のお誕生日には、いつもは手で持って帰られるのに、どうされたんですかって聞いたら、直接渡せないかもしれないからって言われて。痩せておられたから、ご病気なんですかって聞いたんです。」

姓が違うから、籍を入れていない事は承知している筈なのに、店主は奥様と言った。叔父にに近い人間はみんなそんな認識だし、この店主も共通の認識で。ただ、そんなことだけで、胸がじんわりと温かくなる。

知らない人が聞いたら、大人の関係と思うだけだろうから…。

「入院しなければいけないんだっておっしゃって、良くなって下さいって言ったら、またここに来られる様に頑張りますっておっしゃってました。」

「そうですか。」

「僕は姉からこの店を紹介されたのですが…。叔父の贔屓の店だとは思ってもいませんでした。」

「姉…あ!明美さんですか?と言う事は、誠司さんの姪っ子さんだったのですね。姓が同じだけの、他人だと…、似ていませんでしたし。」

よく言われます。僕と叔父は似ていると言われるけれど、姉と似ているとは言われた事はない。そりゃ、叔父と姉さんも似ていないよな。

「明美さんも知り合いに貰ったアレンジメントを気に入ったと言ってくださって、それから良く来ていただいてました。贈り主は誠司さんだったのか…。数年前までは、ちょっとした花をよく会社帰りに買っていってくれていたのですが、パタリと途絶えてしまっていて、引っ越しでもされたのかなと思っていたのですけれど。お元気でいらっしゃるのですか?」

「はい、出産して今は実家暮らしです。会社からは少し遠いから、足が遠のいたのかも知れませんね。」

「繋がっているものですね…。今日は良い日です。色々知れたので。なぁ?」

そう言って彼は、隣の奥さんらしき女性に笑いかけた。彼女も笑みを浮かべて、ええと相槌を打つ。繋がる…か、人と人とはそうやって繋がっているのかも知れない。


「そちらの女性は、この前の薔薇の贈り先の方ですか?」

「覚えておられたんですか?」

贈った花まで覚えられていて、恥ずかしくなってしまう。

「仕事柄、顔を覚えるのが得意なんです。もちろんその花も。それに、印象的だったんですよね。」

そう言って店主はクスクス笑った。ん?普通にしていたつもりだったんだけど。

「いえ、誠司さんを思い出したのも、あなたと同じ印象だったからです。」

「え?どんなでしょう?」

「花屋に来るお客さんは、そこのお嬢さんの様に笑顔の方が多いのです。そうでなかったら、緊張していたり、照れていたり。誠司さんとあなたは、無表情で淡々と注文をして行かれたので、最初の時。」

確かに、淡々としていたかも、恥ずかしさを隠すために。

「その頃は私達も花屋を始めたばかりで、何か気に入らないことをしただろうかって気にしていたのですが。誠司さんが、また来ていただいた時、花を贈った人が喜んでくれたと言ってくださって、ほっとしたのを覚えています。何度かやり取りするうちに、この人の無表情は照れ隠しなんだと気付きまして…。」

店主はまた笑う。バレてた…。恥ずかしい。

「今日は、美穂さんに贈る花を注文しに来ました。叔父との約束なんですよ。愛を伝え続けるっていう…。」

「…そうですか。任せてください!最高の物をご用意します!」

「えっと、予算内でお願いします。」

「はは、もちろんです。この仕事は、本当に幸せな気持ちにさせてくれる仕事なんですよ。贈った方も、贈られた方も喜んでいただける。優劣をつけるつもりはありませんが、どういう風に届くのか、どういう想いが込められているのか知ると、一層やる気が出るのです。」

隣の奥さんも、彼と視線を交わして頷く。

「ここの花屋を知ったのも、何かの縁かも知れませんね。叔父にここに行けって言われて、導かれたのかもなんて思ってしまいます。」

「ええ、本当に不思議なご縁ですね。」

店主と奥さんの笑顔を見ると、こっちまで幸せな気分になる。

僕達は注文の手続きを済ませて、花屋を出た。美穂さんの花を贈るのに、彼等ほど適任者はいないだろう。嬉しくなって、ニヤニヤしてしまいそうになる。



「司さん、嬉しそう。」

結衣が僕を見て微笑んだ。

「うん。凄く嬉しい。こんな事があるから、縁って不思議だなって思う。美穂さんは喜んでくれるかな…。」

僕は空を見上げる。星なんてちっとも見えないけれど、叔父に今日あったことを報告したい気分だった。星になった叔父さんに届く様に、心の中で呼びかける。ちゃんと約束は果たすから…安心して。

「亡くなってまで、愛されたら女名利につきますね。羨ましいです。」

しみじみと結衣は呟く。

…叔父さんみたいに、死んでしまっても愛したいって思える関係は、理想だな…。本当は生きたかっただろうけれど、だけれど…。

だから、生きている人間が繋ぐのだ。それが、生きている人間の役目なのだ。

繋がっている…か。僕も何か繋げたい。結衣を見詰めて、心からそう思った。

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