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僕達の日常  作者: さきち
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謝罪

元彼からメッセージが来た事に動揺がなかったと言ったら嘘になる。会いたいだなんて、何だろうか。謝りたいだなんて、今更だよな…。


莉子に相談したら、会ってみればと言われた。スッキリするかもしれないと。確かにそうかもと納得したから、今ここに居る。彼に会社近くのカフェを指定したら、向こうから来てくれると言ってくれた。莉子が、衝立があって話しやすくて、時間的にも混んでないと思うと勧めてくれた店だ。


彼が来た。私は軽く手を上げる。達也は目礼して、飲み物を買っている。姿を見ても、さほど動揺は無いなと思う。会う前の方が動揺していた気がする。当たり前か、私は今、司さんが好きなんだし…。


「久し振り。元気だった?」

「うん。元気だよ。」

彼は私の向かいに座った。

「…あの時の事は、本当に悪かったと思ってる。君がどんなに傷付いたのか、分かってるなんて思わないけど、それでもちゃんと謝りたかったんだ。会社も、俺のせいで辞めることになってしまったし。」

そう言って彼は頭を下げた。

「…何で今更?」

「俺たち、俺と志保は結婚する事になったんだ。」

「ふぅん。おめでとう。」

なるほど、納得だ。やっぱり、動揺は無いな。

「…おめでとうって思ってくれるの?」

「他にどう言えばいいのよ?」

「…そうだよな。」

達也は苦笑いをして、溜息をついた。ちょっと、冷たくし過ぎただろうか。沈黙が続いて彼は、コーヒーを飲む。私もカフェオレを飲んだ。

眉間にシワが寄っている彼の顔を見ていると、自分が意地悪している様な気分になって、溜息をつく。嫌味を言う為にここに来たんじゃない筈だ。


「…別にもう良いわよ。今、幸せだし。」

「彼氏、出来たの?」

「うん。運命の彼が。…って勝手に思ってるだけだけど。」

ゴトッと近くの席から音がした。誰かが何か落としたのだろうか。衝立があるので、音の出所は分からなかった。

「そっか、幸せか。…良かった。」

達也はホッとした様に笑みを浮かべる。

「そうよ。もう、すっごく幸せ。…だから、もう気にしないでって志保ちゃんに言っておいてよ。」

私が会社を辞めてから、彼女も会社を辞めたと前の同僚に聞いていた。今は私と同じ様に、別の会社に勤めているのだとか。

「…気付いてた?アイツが気に病んでる事。」

「…今思えば、って感じだけど。様子がおかしかったのよね、あの頃。情緒不安定と言うか、苦しそうだったのよ。あの頃はそんな余裕は無かったけど、あなたからメッセージが来て、色々思い出しちゃった。」

あの時は、信じていた二人に裏切られて、自分が何故こんな目に合わなければいけないのか、なんて考えてばかりだった。でも、彼女が何か思い悩んでいるのには気付いていたんだ。相談に乗ると言っても、笑顔で大丈夫ですと言う彼女は、どういう気持ちだったのか。自分ばかりが不幸だと思っていた。彼女も思い悩んでいたんだ。私に罪悪感を募らせたまま、彼と離れられずに…。

「…今思うと、達也って最低よね。良く結婚をオーケーしてくれたわね。」

「…そうだと思う。…実は出来ちゃった婚なんだけど。」

「馬鹿!避妊ぐらいしてあげなさいよ。」

「う…返す言葉も無い。」

「…言っとくけど、アンタには志保ちゃんは勿体ないんだからね!」

本当に良い子だったのだ。素直で、可愛くて。コイツの毒牙にかかったのが悔やまれる。

「…肝に命じます。」

そう言って達也は胸に手を当てた。本気で反省してるらしい。

素直にそんな事を言うので、思わず苦笑いが漏れた。上手くいってるなら、それで良い。そんな風に思える自分を少し不思議に思う。私は心の底では、二人を嫌いたく無かったんだと気付いた。だって、二人とも好きだったのだから…。好きだったからこそ、苦しかったのだから…。


「住所教えてよ。結婚祝いぐらい送るよ。」

「本当に?ありがとう。アイツが凄く喜ぶと思う。実はもう一緒に住んでるんだ。」

達也は満面の笑みでそう言う。今日見た中で、一番幸せそうな笑顔だった。

「そっか。でも、あのお陰で、司さんと出会えたんだよなぁ…。」

ふっと頭を過ぎった思いが、言葉になって出てしまった。

「え、何?今の彼氏の話?」

「うん。浮気されて自棄酒呑んでね、二日酔いで気持ち悪くなっていた時、朝の電車の中で出会ったんだ。声掛けてくれてさ。優しいでしょ?そして今の会社で運命の再会を果たしたのだ!どう?凄いでしょ?」

もう一度、近くの席から、ゴトッという音がした。今日はやけにゴトッという音を聞く気がする。流行ってる?んな訳ないか。

「へぇ、凄いね。本当に運命的な出会いなんだな。」

「…だからさぁ、悪い事ばっかりじゃ無かったよ?もう気にしなくて良いから。達也もね。」

彼が、私と彼女が辞めた直後、会社で針の筵状態だったと聞いていた。それでも一生懸命に仕事に取り組み、今、彼の評価は上がっているらしい。きっと父親になる覚悟も関係しているのだろう。達也も報いを受けている。辛かったのは、私だけじゃない。

「…ありがとう。やっぱり会って良かった。」

「私も、会って良かったよ。」

莉子の助言通り、スッキリした。達也の笑顔を見て、彼もそうなのかも知れないと思う。

「アンタに虐められたら、私に言うように志保ちゃんに言っておいてね。」

「…はい、ちゃんと伝えます。」

達也は最後にまた、今日はありがとうと言い残して去って行った。達也がお父さんになるんだなぁ。カフェオレを飲みながら、感慨深げにその背中を見送る。

さて、私も帰ろう。結婚祝いも考えないとね。あの頃は、こんな風になれるなんて考えてもいなかった。背中を押してくれた莉子に感謝だな…。



私は席を立って、出口に向かう。何気なく視線を感じて振り返ると、さっと顔を隠した男の人が目に入る。手に持った雑誌で顔を隠す男の人に見覚えがあった。っていうかあり過ぎる。アレで隠れているつもりなんだろうか?体型で誰だか丸分かりなんだけど。私は近付いて彼の前に立つ。

「…何で司さんが居るんです?」

「…バレた。」

「バレバレです。」

「…金曜の夜にデートを断られたら、気になると思う。最近ぼぉっとしてる事多かったし、気になって…。赤城さんと会うのかと思ったら、違うって言うし。赤城さんが、この時間にこの店に行けば、会えるかもって意味深に言うから…。」

彼はスマホを撫でながら、バツが悪そうに目を逸らす。

やっぱり情報をリークしたのは莉子だったか。時間と場所を話したのは、莉子しかいない。元彼に会う事までは言わなかったんだなと、策士の莉子らしいと感心してしまう。

「元彼に会うって言いにくかったんですよ。嫌な思いをさせるだけかもって思って…。」

心配してくれてたんだな…。ちゃんと言っておいた方が、良かったかも知れない。

「イケメンが来た時は、どうしようって思った。僕ここに居ても良いんだろうかって迷ってたんだけど、席を立ったら気付かれるだろうし…。そしたら、会話が聞こえて来たから、聞き耳を立ててしまったんだ。ごめんなさい。」

彼はシュンとした顔をして、相変わらずスマホを撫でていた。

「…別に何もなかったですよ?」

「うん。聞いてしまったから、分かってる。本当にごめん。」

「さっきから、何でスマホ気にしてるんです?」

「…二回ほど、テーブルの上に落としてしまったから。壊れてないかなって。」

もしかして、ゴトッて聞こえていたのは、司さんが立てた音だったのか?そう言えば、彼の話を達也に話している時だったな…。

「…結衣は凄いなぁって思ってた。」

「凄くなんてありません。人を憎み続けるのって大変なんですよね。許せるなら、許した方が楽なんですよ。それだって、自分が今幸せだから出来た事です。だから、司さんのお陰でもありますね。」

「…そう言えるのって、やっぱり凄いと思うよ?」

「ふふ。ありがとうございます。惚れ直しましたか?。」

「ずっと惚れてるから。」

冗談で言ったのに、普通に返されてしまった。

「…。」

「顔赤いよ?自分で聞いたクセに照れるんだね。」

そう言って彼は笑った。

「赤城さんに、賄賂贈って良かった。」

「今回は何贈ったんです?莉子が口を割るなんて…。」

「秘密。」

私達はカフェを出て、駅に向かって歩き出した。初夏の日はまだ明るい。隣を歩く司さんと、早く手を繋ぎたくてウズウズしてしまう。

早く会社から離れた場所にならないかなぁ…。

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