可愛い人
明美さんの第一印象は綺麗な人だった。沢山綺麗な人はいるけれど、何故か気になってしまった。黒川さんと一緒に居たせいもあるだろうけど、何故か頭から離れなかった。先輩に興味本位で近付くなと言われても、諦められなかった。僕はそれ程執着心はない方だと思う。それなのに、どうしてだろうなんて、自分自身が一番戸惑っていたかも知れない。
僕はこの出会いを運命だと思う事にしたんだ。それで、この気持ちを納得させようとしたんだ。もし、また会えたら、迷わずに進もうと心に決めていた。
だから、また会えた時、僕の気持ちは心から震えた。やっぱり運命だと思ったんだ。
でも接するうちに、この人は強い部分と、弱い部分も持っていて彼女なんだと知った。僕は色々な彼女が知りたくなったのと同時に、そんな彼女を守りたいって思ったんだ。
一緒に初めてデートした時、瑠璃ちゃんももちろん一緒だったんだけど、僕の彼女への印象は可愛い人になってしまった。
「わぁ、くまだ!可愛い!」
遊園地の中にあるカフェで、カフェラテを頼むと、ラテアートのくまがカップの中で笑っていた。それを見て、目を輝かせて嬉しそうに瑠璃ちゃんに話し掛けている明美さんを見た時、クールなイメージとのギャップで、僕はやられてしまったんだと思う。心臓を撃ち抜かれた様な気分だった。
スマホで熱心に写真を撮って、その写真を見て嬉しそうに笑っている彼女が可愛くて、黒川さんの助言に感謝した。正直、こんなに素直に喜んでくれるとは思ってなかったから。
そして今、四度目のデートで、前に花見に来た公園に来ていた。瑠璃ちゃんのリクエストだ。遊具が気に入ってるらしい。
僕は今日、正式に付き合って欲しいと明美さんに告白しようと思っていた。会う度に、どんどん好きになってしまって、この気持ちを手放せと言われても、どうすれば良いのか分からないくらい。
瑠璃ちゃんは、たまたま来ていた同じ歳ぐらいの男の子と、仲良くなって遊具で遊んでいる。僕達は瑠璃ちゃんを見守りながら、ベンチに腰掛けた。
「明美さん、僕と付き合ってくれませんか?」
僕の言葉を聞いて、明美さんは、数秒黙った。そして、躊躇いがちに口を開く。
「…私と付き合ってるって、ご両親に言える?子持ちの未婚の女なのよ?」
彼女は真剣な表情で、僕に告げた。試されてるんだろうか…。
「もちろん言えますよ。僕の両親は、気にしないと思います。」
「…そんな事、分からないじゃない。」
彼女の瞳が、寂しげに僕を見詰めている。きっと、不安なんだ。彼女の不安を取り除きたかった。周りの環境じゃなくて、僕を見て欲しい。お願いだから、僕を見て。
「僕の名前、青木なのに、歩って名前、変だと思いませんでした?」
「…変とまでは思わないけど。よっぽど、歩って名前にしたかったのかな?とは思ってた。」
「母の連れ子なんですよ、僕。父とは血は繋がってません。」
「…そう、だったんだ。」
「普通、青木って姓に歩って付けないでしょう?前は別の姓だったからですよ。昔は嫌だったんですけど、今は気にしてません。7つ年の離れた弟がいるんですけど、弟は、今の父と母の子供です。でも、父は本当に僕の父だと思ってます。前の父親の記憶もあまりないので。自分達のした事を、子供の僕に駄目だと言わないと思います。」
「…そっか。」
「僕となら、何の障害も無いって言ったでしょう?安心しましたか?」
「……。」
彼女の顔に、まだ迷いが見て取れる。
「僕はあなたが好きなんです。明美さんの気持ちを聞かせてください。」
「…もしも、あなたの家族が反対したら、もう会わないって決めてたの。誰かを不幸にしてまで、一緒には居られないって思うから…。」
「反対する事は無いと思います。あなたが心配なら、今すぐ親に聞きましょうか?」
「…そこまでしなくてもいい。分かったから…。」
彼女は苦笑いして、ほっと息をつく。
「明美さんは僕の事どう思ってますか?」
会ってくれてるから、嫌われてはいないと思ってるけど、正直言って自信はなかった。好きでいてくれてるような気はしてるんだけど、ちゃんと返事を貰えるまでは不安で、心臓の鼓動が早くなっている。僕は祈るような気持ちで、彼女の言葉を待つ。
「…私も、あなたが好き。」
彼女は僕の目を真っ直ぐに見詰めて、そう言った。嬉しくて、思わず自分の顔がにやけるのが分かる。
「本当は、好きになる前に、会うのをやめなきゃって思ってた…。でも、会うと楽しくて。瑠璃にも優しくしてくれるし…。もしかしたら、母としての私もひっくるめて、こんな私でも受け入れてくれるかも知れないって、希望が捨てられなかった…。」
「始めから知ってたんですから、当たり前じゃないですか。」
「…それでも、やっぱり、…怖かった。」
そう言って僕を見詰める彼女の瞳は潤んでいて、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。やっぱり、明美さんは弱くて強くて、そんな所が愛おしい。抱き締めたい衝動に駆られたけれど、何とか我慢して、代わりにハンカチを渡す。彼女は受け取って、涙を拭った。
明美さんは、ありがとうと言って微笑む。その笑顔に胸がキュッとなる。我慢出来なくなって、僕は彼女の手をそっと握った。彼女が僕の手を握り返してくれて、嬉しさが込み上げてくる。幸せ過ぎて、ちょっと怖い。夢だったらどうしよう…。
「付き合うのを承知してもらったって、思って良いですか?」
「はい。よろしくお願いします。」
「やっぱり運命でしたね。僕の言った通りでしょう?」
「…そう、なのかなぁ?」
「そうですよ。」
少なくとも僕は信じてる。あなたと、僕と、瑠璃ちゃんとの未来を。
「あ〜、あゆむ君とママ、手ぇつないでる〜!」
僕達の繋がれた手を指差して、瑠璃ちゃんはそう言った。男の子は帰ってしまったらしい。
「歩君は明美ちゃんが大好きだからね。」
僕は瑠璃ちゃんに笑いながら答える。
「瑠璃もママ大好き〜!だからぎゅー。」
瑠璃ちゃんが明美さんに抱き着く。僕もして欲しい。
「あゆむ君は?」
「あゆむ君も大好き、ぎゅー。」
ああ、可愛すぎる。どうしよう。もう嫁にやりたくないと思ってしまうなんて。
「あのね、ママもあゆむ君大好きだよ。あゆむ君といる時、ママ楽しそうなお顔してる〜。」
「ホント?」
「ホントだよ〜。」
明美さんは恥ずかしそうに、顔を横に向けた。耳が赤くなっていて、やっぱり可愛い。
「ねぇママ!あゆむ君!今、風のピューって声がした。」
「声?」
「ああ、瑠璃ね、音の事声って言うの。音って言うより素敵でしょ?だから直さずそのまま。」
「素敵ですね。」
「ふふ、ありがとう。そんな風に言ってくれるから、あなたの事好きなのかも。」
目を細めて明美さんは微笑んだ。
「…不意打ち。」
僕は胸に手を当てた。サラッと好きなんて言われると、また心臓を撃ち抜かれた気分になる。
風の声に耳を澄ます。さわさわと木々を揺らす優しい風の声。三人で感じる世界は、一人で感じる世界より、素敵かも知れない。
僕は先に駆けて行ってしまった、瑠璃ちゃんを追いかける。
耳元でまた、風の声がした。
いつもお読み頂いてありがとうございます。
私の中で、青木君は一番しっかりしているイメージです。明美の境遇に動じなかった謎が解けたでしょうか?
彼と家族のエピソードなども、今後描けたら嬉しいのですが。どうなるかなぁ?
ではまた☆あなたの貴重な時間を、使って頂いてありがとうございます♪楽しんでくれていたら嬉しいです♪