悩み
君にいつもの様に、別れ際にキスをする。本当は帰したくないんだけれど、またねと手を振る。僕は平静を装えているだろうか?いつになったら君は、僕を受け容れてくれるのだろうか…。許可待ちってしんどいなぁ。はぁ、と溜息をつく。
君は別れ際には、寂しそうな目をするのにな…。
さっき別れたばかりだと言うのに、もう恋しくなってしまって、彼女にメッセージを送る。週末のデートの約束を取り付けて、嬉しくなっている僕の恋の病は末期だろうか。
次の日の朝、いつもの様に結衣と一緒に電車に乗って、カフェで別れた。コーヒーを飲んでから出社すると、緑川先輩を見つけたので、いつもの様におはようございますと挨拶する。
「緑川先輩が教えてくれたイタリアンレストラン美味しかったです。彼女も喜んでました。」
雰囲気も良かったし。大満足だ。
「どう?上手くいった?」
「何がです?」
「何がって…ヤレた?」
「…まだです。」
「このヘタレめ!」
「何で、僕がヘタレになるんですか?聞き捨てなりませんね!大体、次の日仕事なのに誘えませんよ。」
「泊まって、一緒に出社すれば良いだけじゃないか。」
「先輩と一緒にしないでください。」
今の段階では、そこまでの我儘は言えないと考えてしまう。これでも、それなりに気を使ってるんだ。
「何で週末にしないんだよ?」
「予約が取れなかったんです。」
「…タイミングとか考えろよ。もう少し先に伸ばしても良かったじゃないか。」
「それが、週末に限って、結婚式の二次会とかの貸し切りの日が続いてたんです。」
「…持ってないな、お前。」
今度は一転して、可哀想なものを見るような目で見られる。…同情はいりません。
「僕が悪い訳じゃないですよ?気候が良くなってきたので、仕方ありません。」
この前の花見の日から、緑川先輩は何かと僕達の事を気にかけてくれている。有難いんだけど、進展具合を報告しなければならないのが、結構面倒くさい。
「アルコールの力を借りてみれば?バーに誘うとか。」
「お酒を飲むと寝ちゃうんですよ。って言うか、別にそういう事ばっかり考えてる訳じゃないですし。」
一緒に居られれば、結構満足していたりするから。ただやっぱりそれだけじゃ、満たされない部分もある。
「でもさぁ、セットだろ?恋愛には。」
「まぁ、そうですけど。焦るのも違うかなぁって思うんですよ。多分、タイミングってあると思うんですよね。」
「俺が口出す事じゃないけど、普通に聞いてみればいいんじゃないの?言えないだけかも知れないし。」
言えない、なんて事あるだろうか。割と遠慮なく、喋るイメージがあるんだけど。でも、普通女性からは言いにくいかな。
まぁ、気長に待ちますと僕が言うと、お前がそれで良いなら良いけどさと緑川先輩は引き下がってくれた。
デスクに戻ると、青木が眉間に皺を寄せてスマホを見詰めていた。挨拶すると、やっと顔を上げる。
「おはようございます。黒川先輩。」
「何、悩んでんだ?」
「子供と一緒に出掛けるとしたら、やっぱり遊園地とか動物園でしょうか?」
「瑠璃と姉さん?」
「そうです。誘ってみようかと思って。」
花見の日から、結構頻繁に連絡のやり取りをしている様だ。
「瑠璃は犬は苦手だから、動物園はどうかなと思う。大きい動物は怖がるかも?」
散歩中の犬が走り寄って来た時に怖かったらしく、それ以来駄目らしい。確かに、身長の低い子供にしたら、犬ってデカいよね。
「そうなんですね!参考になりました。ありがとうございます!」
「いや、参考になったなら良かったけど。」
「遊園地の方が良いですかね?ヒーローショーとかもやってるんで。でも、遊具は身長が低いと乗れない物も多いんですよね。小さい子が遊べる場所が多い遊園地を探します。」
う〜ん、どこが良いかなと呟きながら、またスマホで検索している青木を眺める。
「…お前も意外と悩んでるんだな。」
「でも、悩んでる時って楽しくないですか?どうしたら喜ぶかなって考えるのって、僕は結構楽しいです。」
「どうしたら喜ぶか、ね。」
「女性が洋服を選ぶ時って、迷いながらも楽しんでるじゃないですか?それと一緒ですよ。先に楽しい事が待ってると思うと、悩む事も苦じゃないし。」
確かに、先に楽しい事が待ってる悩みなら、苦じゃないかも。逆は嫌だけど。悩みを楽しむだなんて、コイツは大人だなぁ。
「青木を見直した。」
僕も悩むのを楽しもう。楽しみが待ってるのは確かなんだし。
「何ですか、急に。」
「良い事を教えてやろう。姉さんは、ああ見えて、可愛いものに目がないんだ。可愛いものを探せ!」
自分では着ないけど、瑠璃にはフリフリした洋服着せたり、子供の頃のぬいぐるみを未だに大事にしているのを僕は知っている。可愛さに負けて、余計な物を買ってしまったとよく言ってるし。
「え?そうなんですか?へぇ、…意外ですね。」
可愛いものか…と呟いてまた検索している。
青木がふと、スマホから顔を上げて僕を見た。
「…今更ですけど、黒川さん応援してくれるんですか?」
「うん?」
「だって、興味本位で近付くなって言ってたじゃないですか。」
ああ、気にしてたんだな。やっぱり、軽い言動とは裏腹に真面目な奴だと思う。
「姉さんが良いなら、良いんだよ。それに、人としてのお前は信用してるから。」
青木は目を見開いて、少し赤くなった。何故かそわそわしだす。
「…抱き付いて良いですか?」
「男にされても嬉しくないから、やめてくれ。」
結構な人数が出社して来てるので、本当にやめてほしい。一部のお姉様方から、またからかわれてしまう。
「照れなくても良いのに…。先輩は恥ずかしがり屋ですね。」
「もう、それで良いから…。調べてたんだろ?」
「はい!よし!探すぞ!」
青木は鼻歌を歌いながら、スマホに集中した。 僕は青木の頑張りが、姉さんに伝わる事を祈る。
そんな青木を眺めながら、さっきまで一緒に居た彼女にメッセージを送った。今度のデートは映画とか一緒に観に行かないか?という内容だ。丁度、観たい映画があると返信が来て、思わず顔がにやけた。以心伝心かなぁ。
こんな事で舞い上がってしまう自分は、本当に末期症状かもと思う。早く喜ぶ顔が見たくて、週末が待ち遠しく思った。
楽しさとセットなら、悩む事も悪くない。
いつもお読み頂きありがとうございます。
段々寒くなってきましたね。ブックマーク件数が増えてきて、驚くと同時に有り難さを感じています。あなたが、少しでも楽しい時間を過ごせたら、これ程嬉しい事はありません。
雨音が聞こえる夜に♪ではまた☆