男子会2
僕達は、おじさんグループが、ソファーの上やラグの上でだらしない格好で眠っている様子を眺めた。
「死屍累々。」
僕は呟く。
「ホントだな。」
「死んでません!死んでませんから!」
卓に突っ伏して寝ていると思っていた青木が、ガバッと顔を上げた。
「青木、起きてたのか。」
「布団敷くの手伝って。死体運ぶのも。」
「せめて酔っ払いと言ってあげてください。」
どうせ寝てるし、聞こえてないよ。
青木と二人で和室に布団を敷いていく。
「先輩、みんなの襟元緩めておいてあげてください。」
「了解。」
ふと、スマホを見ると、桃井さんの家に泊めてもらうとメッセージが届いていた。今日はもう結衣に会えないのか。キスだけでもしたかったなぁ…。
コイツらの所為だと、フツフツとさっきの苦々しさが蘇る。アルコールが入っているだけ、怒りの沸点が低い。
「何見てんの?男の、しかもオッサンのボタン外すの見ても面白くないでしょ?どうせなら女の子の服のボタンが良いよな。」
「それは同感ですけど。片手で器用だなって。外し慣れてますよね。」
「そりゃ、片手で外せた方が良いだろ?するときとか。」
「料理はあんなに不器用なのに。」
少し意地悪したくなって、言うなって言われたけど、青木の前で言ってしまう。
「料理?」
「黒川!青木の前で言うなって、言っただろ?」
「良い所を邪魔したお返しです。」
これくらいは許されるだろう。
「今度すれば良いだけだろ?」
何でそんなに怒ってんの?と不思議そうな顔をされてしまった。
「やっと、イケるかもと思ったのに…。」
「…もしかしてまだヤッってないの?」
「ええ!そうなんですか!?」
「…まだです。悪いですか?」
「…なるほど。…ゴメンね。邪魔して。」
「分かれば良いんです。」
みんなを布団に寝かせて、ひと仕事終えた気分だ。
「腹減った。黒川く〜ん。何か食べたいなぁ〜。」
緑川先輩が、上目遣いで僕を見る。いくらイケメンでも男なので可愛くない。
「冷蔵庫の中身、適当に食べて良いですよ。って言ってもウインナーと玉子ぐらいしかないですけど。」
「…焼いて?ほら、俺、料理ダメだから。」
ニッコリ笑って先輩は言う。開き直ったな。
「え〜、この時間からフライパン使うの嫌です。」
「ケチ!」
「壊滅的な料理の腕前を、今、ここで、克服しますか?」
「…青木!黒川がいじめる!」
「あー、よっぽど根に持ってますね。酔ってるから余計かも。」
いいもん!何か探すから!と先輩は言って棚を探し出した。意地悪し過ぎただろうか。
「カップ焼そば発見!食べて良い?」
子供みたいな期待に満ちた顔で言われると、少し可愛く感じてしまう。仕方ないから邪魔されたのは許してあげることにした。
「良いですけど。この時間だと太りません?」
「明日ジム行くから平気!俺は塩焼そばにする。青木は?」
「じゃあソースで。」
「黒川は?」
「ソースで。って僕のです。」
「ラーメンはないんだな。」
「ラーメンは、出来れば結衣と食べに行きたいですから。」
これは自分の中に起こった小さな変化だ。
僕は電気ケトルに水を入れて、カチリとスイッチを入れた。
「お前さぁ、もう少しちゃんとしたもの食べたら?」
先輩がカップ焼きそばのビニールを剥がしながら、呟く。
「自炊出来るときはしますけど、仕事で疲れて帰ってから料理するのって、面倒じゃないですか。コンビニ弁当とか、こんなのになってしまいますね。」
「まぁ、そっか。独り暮らしは大変だな。」
「先輩は実家ですか?」
「そう、吉田さんが作ってくれるから。」
「吉田さん?」
「俺の家の家政婦さん。」
「本当にお坊ちゃんなんですね。」
「しょうがないだろ?母さんが出て行ってから男所帯なんだから。祖母は歳だし、お嬢様育ちだし。」
「その割にはカップ焼そば好きなんですね。」
「母さんの所で部活帰りに食べたりしてたから。たまに、無性に食べたくなるんだよな。」
「その気持ちは分かりますね。僕も夜中に食べたくなりますもん。弟が食べてると、匂いにやられてしまいます。」
青木って、弟がいるんだな。そう言えば、聞いた事あったかもと思う。
「白石さんと、一緒に住めばいいんじゃないか?料理作ってもらえば?」
「…そんな段階じゃないです。」
「そうだよなぁ、まだなんだもんなぁ。」
お湯が沸いて、お湯を注いでいく。先輩のは1分で、僕と青木のは3分と表示に書いてあった。スマホのアラームをセットして、喋りながら待つ。
「前にもう少し待って下さいって言われたんですけど、もう少しってどの位の時間だと思います?」
「付き合うのはOK貰ったんだろ?俺だったら即いくけどな。」
「……。」
「…黒川に今、役立たずって顔された!」
「すみません。顔には出さなかったつもりなんですけど。」
お酒で表情筋が緩んでるのかな?確かに、役に立たない助言だと思ったけど。
「…やっぱり思ってたんだ。ショック!」
緑川先輩は卓に突っ伏した。そして顔を上げると、少し焦った様に言う。
「ちゃんと考えるから!役立たず認定はやめて?えっと、一ヶ月ぐらい?」
「え〜、三ヶ月くらいじゃないですか?」
青木が異を唱えた。
「う〜ん。見事にバラバラですね。」
「時間の感覚って人によって違うからなぁ。」
う〜んと、みんなで唸る。
「このカップ焼そばみたいに、食べられるまでの時間が分かったら良いのに。」
「お前顔には出てないけど、相当酔ってるだろ?」
先に時間が来た先輩が、お湯を捨てながら呆れた様に僕を見た。
「当たり前です。」
「でもきっと分かっちゃったら、楽しくないんだろうなぁ。」
青木が卓に頬杖をついて呟いた。先輩は調味液を入れて箸で混ぜている。
「確かに。」
いただきますと言って、先に美味しそうに、先輩は塩焼きそばをすする。
アラームが鳴った。僕らはお湯を捨てて、ソースを入れて混ぜている。ソースの良い匂いがしてきた。太るかもと、思いながらもこの匂いを嗅いだら、抗うことは出来ないんだよな。
「結局、結論は出なかったなぁ。役に立てなくてゴメンね。」
緑川先輩はしょげている。自信がなさげな先輩なんて、先輩らしくない。
「仕事では頼りにしてますよ。」
ちゃんと機嫌取っておかないとな。
「え?本当?ふふ、そっかぁ。良かった。」
「…緑川先輩ってチョロい。」
「黒川先輩!心の声がダダ漏れですよ!」
あれ、口に出したつもりは無いのに、やっぱり結構酔ってるな。
「…お前らって普通だよな。俺に対して。」
先輩は箸を止めて、僕達をじっと見た。
「?普通ですか?ちょっと砕け過ぎかなとは思いますけど、緑川先輩がツッコミどころ満載なのがいけないんじゃ…。」
「じゃなくて、一応次期社長よ?」
「あー、大丈夫かな。うちの会社。チョロいもんな…先輩。」
「おい!」
確かに、段々、言動に遠慮がなくなってきているなと自分でも思う。でも、仕方ないよね?ね?
「僕が定年退職するまでは、保たせて下さいね。」
青木も結構、言うね。
「…お前ら!ってそういうところが、普通だって言ってんの。態度が。」
「だって、今更、態度変えろって言われても困りますよ。先輩は先輩だし。」
「そうですよ。威厳が地の底ですから。」
そこまで言うか、青木よ。いくら、僕でも、そこまでは思ってない。
「いきなり態度変えられたら嫌だろ?普通。安心したって言うか…。これからもそのままでいてくれると嬉しいな…。」
「会社の外なら、こんな感じで良いと?」
「うん。」
緑川先輩が照れた様に言う。ちょっと可愛い…。男だけど。
「デレたな。コレがデレるってやつか…。」
「そうですよ、黒川先輩。きっと、会社一の美女を射止めたのは、このデレが関係しているのではないかと。」
「会社一の美女は、結衣だろ?」
何言ってんだよ、青木。
「莉子に決まってるだろ?」
ここは譲れないとばかりに、緑川先輩が主張する。
「会社はちがうけど、一番の美女は、明美さんじゃないですか?」
青木…。嬉しいけど、納得は出来ない。
「…この答えは、きっと永遠に出ませんね。」
三人で顔を見合わせる。
「本当だな。感覚が違うから、人って面白いのかも知れないな。」
「あー、一応結論出ましたね。感覚は違うから面白いっていう。」
そっか、そうだよなぁ。感覚っていうのはみんな違うから、厄介でもあり、面白くもあるんだなぁ。その違いを楽しむくらいじゃないと、余裕のある大人とは言えないのかもなぁ。でも、難しいな。
「お腹いっぱいになったら、眠くなってきた。そろそろ寝る。」
「僕も眠いです。」
「僕も。」
あくびが出てきた。先輩たちの布団もさっき敷いたので、後は寝るだけだ。洗面台で歯磨きをして、コンタクトを外す。着替えます?と聞いたら、要らないと二人は答えた。
おやすみなさいと僕は寝室に向かった。…明日、もう今日か。僕もジムに行こうかなぁと、考える。結衣に幻滅されたくないし。
次の日、結衣から電話で起こされた。玄関のドアを開けると、女性陣がいた。それぞれ目当ての人物を起こしていく。
「こっちは恋バナでした。そっちはどんな事話してたんですか?」
「…人の感覚の違いについて。」
「…その話、楽しいんですか?」
君が首を傾げる。
「うん。まぁ。結構盛り上がったかな…。」
帰り際に、桃井さんが、死体処理ご苦労様とニヤリと笑う。…意識あったんだな。緑川先輩には、おっさんのボタンでゴメンねと、言っているのが聞こえた。先輩の顔が引きつっている。…人が悪いよ?コレだから、侮れないんだよなぁ…。