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僕達の日常  作者: さきち
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男子会1

僕と結衣は空になった重箱を抱えて、マンションに戻った。二人でキッチンで洗って丁寧に拭いていく。

僕は結衣を背後から抱き締める。ずっと隣に居たけど、みんなの前でいちゃつく訳にもいかないし。彼女の匂いと温もりを感じて、気持ちが満たされていくのを感じた。君の耳が赤くなっていることに気付いたけれど、僕はやめてなんかあげない。赤い耳が美味しそうだと思う。耳にキスをすると、ピクリと反応する。あぁ可愛い。

「酔ってます?」

上ずった様な君の声がした。

「うん。酔ってる。君は?」

「それ程飲んでませんから。皆さんの前で酔い潰れる訳にはいかないじゃないですか。」

「寝ない?」

「…誕生日の時の事を言ってますか?」

「うん。」

「…根に持ってます?」

「少しだけ。今日は寝ない?」

「寝ませんから。」

そう言って彼女は僕に向かい合う。キスをしようと彼女の唇に僕の唇を近づけた瞬間、ピンポーンと呼び出し音がした。

思わず舌打ちをしてしまった。誰だよ?邪魔するのは。

玄関に向かうと、ディスプレイに緑川先輩達が映っていた。黄瀬さんや桃井さんや緑川さんまで。

「何か用ですか?」

声が不機嫌になってしまうのは仕方ないと思う。

「黒川の家で飲もうって事になって、酒とおつまみ買ってきた。」

「今、取り込んでるんですけど。」

「…取り込んでるって、お前、何やってるんだよ?とにかく中入れろ!」

僕は溜息をついて、仕方なく玄関のドアを開けた。

「…なんだ。ちゃんと服着てるじゃないか。」

「先輩と一緒にしないでください。」

とは言ってみたものの、そういう事を考えていたので、偉そうには言えない。またお預けかぁ。って言うか、さっきのって許可貰ったって思っても良いよね?…良いのかな?だんだん自信が無くなってきた。勢いを削がれたせいだ。コイツら…。少し苦々しく思ってしまう。


桃井さんの家で女子会をやるので、行かないかと結衣が赤城さんに誘われている。でも、もう決定事項なんだろうな、きっと。彼女が上目遣いで僕を見る。行きたそうなので、僕は苦笑いをして女性陣を送り出した。

見事に男ばっかり残ったな。う〜ん、華がない。イケメン率は高いけど、全然嬉しくない。

「先輩!お邪魔でした?」

青木が気を使った様に聞いてきた。

「うん。邪魔された。」

僕は不機嫌に答える。

「今日は諦めろ!コッチは男子会だな!」

酔って機嫌が良くなっている緑川先輩は、居座る気満々だ。

「そうだよ!花見の後は、独身の誠司の家に集まるのは恒例行事だったから。」

「そうそう。恒例行事!」

黄瀬さんの言葉に、桃井さんや緑川さんまで追随する。みんな酔ってる。まぁ、僕もだけど。

「花見、盛り上がりましたね。」

「瑠璃の独壇場だったけど。」

「まだ4歳で、アレは凄いと思います。」

青木の言葉に気を良くしてしまう。

起きた瑠璃は、聡子さんのデザートをペロリと平らげて、スマホの音楽に合わせて、韓国アイドルグループの完コピの振り付けを踊っていた。姉によると、タブレットで動画を見て、いつのまにか覚えていたらしい。叔父バカの僕は天才かも知れないと思う。キッチリ動画も撮ったので、後で編集しよう。



いつのまにか、飲み会は、おじさんグループと若者グループに分かれている。

「誠司さんてどんな人だったんですか?」

青木がビール片手に聞いてきた。

「寛容で優しい人。」

僕はチラリと緑川先輩を見る。叔父さんの話をして大丈夫かな?僕の視線に気付いた先輩は、ふっと笑った。

「俺も聞きたいな。」

「本当に人の事を考えてる人。姉さんの話は知ってますか?」

「いや、少しだけ。」

「姉さんが妊娠して、一人で産んで育てるってなった時、結構大変だったんですよ。」

「そうでしょうね。」

青木が頷いた。


「僕が言うのも何だけど、姉は優等生って言うか、人生を真っ直ぐに歩んでた人で、今まで問題を起こした事も、親に迷惑をかけた事もない普通の人だったんですよ。本人なりには色々あったのかも知れないけれど、僕達家族はそんな風に見てました。だから、普通に進学して、就職して、普通に結婚してって人生を歩む人だって、勝手に思ってたんです。」

あの頃より少し大人になった今は、普通って言うのは人によっても違う。その一見普通な中にも、色々な事があるんだって分かったけれど。

「それが、もう堕ろせない週数になって初めて、妊娠を親や僕達に打ち明けた。一人で産んで育てるって宣言したんです。もう、大騒ぎですよ。母は泣きじゃくるし、父は凄い剣幕で怒って、相手の男をここに連れて来いって。僕なんか、どうしたらいいか分からなくてオロオロするばっかりでした。」

自然と苦笑いが漏れる。あの時の無力な自分を思い出す。

「光景が、目に浮かびますね。」

青木が呟いた。

「そんな中、叔父さんだけは冷静と言うか、本当に姉の気持ちに寄り添ってたんです。僕達家族は相手の男にどうやって責任を取らせようとか、攻撃する事ばかりを考えてしまっていました。姉は大事な家族だから、そう思ってしまうのは反射みたいなもので、仕方がなかったとは思うんです。叔父さんだって、そういう気持ちは確かにあった筈なんです。その男を殴ってやりたいと思うくらいには。」


「でも、姉さんの気持ちは別にあった。叔父さんが言ったんです。明美はその男と決別する事を選んだんだって。きっと明美は、もう関わりたくないから、そう決断したんだって。その男が明美を捨てたんじゃなくて、明美がその男を捨てたんだって。だから、僕達にできるのは、生まれてくる子供と明美の助けになる事だって。」

叔父さんは、自分のするべき事をちゃんと分かってた。先を考えていた。

「父はその言葉で冷静さを取り戻して、姉に聞いたんです。そうなのかって。姉はそうだって答えました。堕胎費用を出すと言われたけれど、私が産みたくなったんだって。それで別れたんだって。そしたら、父は、その選択は正解かも知れないと言いました。自分の子供を堕ろせなんて言う男は、捨ててしまった方がいいって。」

そう言って、父は姉を見詰めながら、少し笑ったんだ。悔しい気持ちに蓋をして。姉さんは自慢じゃないけど、男から振られたことはないって言って、そしたら父さんは、その男はお気の毒だななんて言って、二人で笑ったんだ。そんな時でも、笑い合えたんだ。それって、凄い事だと思う。そのきっかけを作った叔父さんは凄い人だって。

後になって、あの時僕は殴ってやりたいとしか思わなかった、叔父さんは冷静だって言ったら、殴ってやりたかったに決まってるって笑っていた。


「自分なら、そんな言葉を言えただろうかって、考えてしまいます。瑠璃が成長してそんな風になってしまったら、相手の男をやっぱり殴りたくなると思うし…。本当に優しい人って言うのは、こういう人の事かも知れないなって。男の真価って言うのは、いざという時にどう動けるかだとその時思ったんですよ。叔父さんも、姉さんの意思を尊重した父さんも、カッコイイなって。自分はダメダメでしたから。」

「男の真価か。お前その時いくつ?」

「24です。」

「ガキだよなぁ、24なんて。仕方ないだろうけど、悔しかったのか?」

「狼狽えることしか出来なかった自分が、情けなかったですね。」

「大人だよなぁ、自分の気持ちを優先するんじゃなくて、相手の気持ちを優先するって、なかなか出来ないよなぁ。自分を通してしか、考える事は出来ないし。いざという時どう動けるかなんて、その時になってみなければ分からない…。」

「黒川先輩は十分優しいですよ?それに助けて貰ってるって、明美さんは言ってました。」

青木が言ってくれた言葉に、少し励まされる。あの時よりは、少しでも成長しているだろうか。

「いい見本がいるんだから、頑張れば良い。行きたい場所が見えてるなら、辿り着ける。」

「そうですね。」

少しずつでも、近づけたら良い。彼らの背中は大きくて、簡単には辿り着けそうにないけれど。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。花見編は、後一話で終わる予定だったのですが、男子会が予想以上に盛り上がり、二話に分けました。後半は軽い感じになる予定です。次回で花見編は終わります。

虫の声が聴こえる、静かな夜に。ではまた♪


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