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僕達の日常  作者: さきち
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後悔

聡子さんがデザートに使うスプーンを入れ忘れたと言ったので、私は聡子さんに買って来ますよと言った。じゃあ愁君と行ってきてとウインクされる。ああ、そうか。時々ふっと彼の表情が曇っていたのに気付いたのだろう。


私と愁はコンビニにやって来た。花見のシーズンだからか、すぐに見つかって買い物を済ませる。

すぐに戻ろうとする愁を私は引き止める。聡子さんは愁の抱えたモノを、軽くする役割を私に託してくれたのだから…。

「表情が曇ってる。何を抱えているの?…私には言えない?」

私は彼の手を握った。愁は私を見詰めて、少し迷った様な表情をする。

「…私は、愁の弱い部分も知りたい。もし出来るなら、話して欲しい。」

彼の瞳が揺れていた。沈黙が続いていたけど、根気良く待つ。焦らせない様に、ただ、彼の手を握っていた。

彼は黙ったまま私の手を引いて、公園への道を進む。私では駄目なのだろうか。私では彼の力にはなれないのだろうか。無力感に唇を噛む。寂しさが胸を支配する。


人気のないベンチの前にやって来た時、彼は躊躇いがちに口を開いた。ポツリと言葉を放つ。

「…莉子に心配させてるなんて、本当に情けない…。」

「私は、心配したいからしているの。情けなくてもいいじゃない。そういう愁も私は見てみたい。」

彼は苦笑いして、長い溜息をついた。二人並んでベンチに腰掛ける。

「…俺、マンションの扉の前で、思い出した事があって。あ、俺ここに来たことあるって思ったんだ。中から黒川が出て来ただろう?アイツその時、眼鏡かけてただろう?あ、あの時の男の人だって思ったんだ。俺が中学生だった頃、母さんとここに来た時に、俺を出迎えてくれた男の人。…俺が拒絶してしまった彼だって。」

それは黒川さんの叔父さんの、誠司さんの事だと言う。彼と美穂さんは、結婚の話があったらしい。

「俺の祖母は結構キツイ人でね。俺の前で平気で母さんの悪口言うんだよ。俺、子供心に、このババア馬鹿じゃないかって思ってた。自分の親を馬鹿にする人間を、好きになれると思う?母さんはやたら干渉してくる祖母から、俺を守ってくれてた。でもとうとうある日、母を追い出したんだ。精神的に追い詰めて。」

私は黙ったまま頷く。

「近所の人や、父さんまで味方につけてさ。小学校五年生の時、両親は離婚した。俺の周りには、まともな人間は居ないのかって、絶望したよ。」

後で聞いた話によると、辛かった母さんを支えていたのは誠司さんだったのだと言う。

「小学校六年生の時、母が小学校の前で待っていて驚いたよ。すっかり明るい母さんに戻っていたから。今、莉子が住んでるアパートに連れて行ってくれたんだ。いつでも来たらいいてさ。小中学校に近い場所だったのは、俺の為だったんだな…。母さんがその場所を用意してくれたのは、父さんだって言うんだ。父さんは僕を心配してるって。最初は信じられなかった。俺の中で父は憎い人だったから…。」


「普通は中学生ぐらいになると、親に反発するだろう?でも俺の反発する対象は、祖母と父だったから、母とは上手くやってたと思う。中学生の時には、すっかりその場所が俺の大事な居場所になってた。家が息苦しかったから、余計にね。家や学校の愚痴をこぼしたりしてさ。」

「…だから、結婚の話を受け容れられなかった。自分の居場所が無くなってしまうと、危機感を持ってしまったんだ。」

愁が拒絶したからか、結婚の話は無くなったのだと言う。

「あの時、俺が彼を受け容れてたら、母さんは彼ともっとずっと長い時間を一緒に過ごせていたのかも知れない。俺は、母さんと彼の時間を奪ってしまたんじゃないかって。彼が亡くなった時にそう思ったんだ。…それから、ずっと後悔してるんだ。」

彼の瞳が揺れている。私は、少しでも彼の支えになりたくて、彼の手を握る。

「その時、あなたはまだ中学生だったんでしょう?まだ子供じゃない。難しい年頃でもあるし、仕方なかったと思うわ。誰もあなたを責めたりしない。」

「うん。分かってるんだけど…。」

まだ揺れている彼の瞳を見詰めながら、更に強く手を握った。安心して欲しくて言葉を続ける。

「それに、ちゃんとみんなの顔見てた?あなたの成長した姿を見て嬉しそうにしてた。楽しそうに笑ってたわ。私は、あなたが、みんなから愛されてるんだって思った。」

「…うん。」

「もし、あの時、彼を受け入れていたら、黒川と親戚になってたかもな。」

「こういう場合も従兄弟になるのかしら?」

「はは、どうだろう?」

笑顔になった彼に少し安堵する。


「ねぇ、私、あなたが社長の息子だって知らなかったんだけど?」

「…ごめん。ちゃんと俺を見て欲しくて。社長の息子としてじゃなくて、ただの一人の男としての緑川愁を見て欲しかったんだ。」

「私はちゃんとあなたから聞きたかった。それを含めてのあなたではないの?」

「それが無くても、君が俺を選んでくれた事が、俺の自信になってる。ちゃんと言うつもりだったんだよ?」

苦笑いをして、彼は私を見詰めた。

「今日は思いがけず父に紹介する事になってしまって、莉子には悪かったと思ってる。」

「嫌だとは思ってないわよ?嬉しかったし。ただ、緊張しちゃった。」

「って言うか、言わない黒川が悪い。」

拗ねた様な顔で言う彼に苦笑いが漏れる。

「あなたとの関係を知らなかったんだから、仕方ないわよ。」

「それもそうか。」

「でも、楽しいわよ。色々な人が居て、あなたの色々な話も聞かせてもらって。」

「…俺は恥ずかしいんだけど?」

少し頬が赤くなった彼を、可愛いと思ってしまう。

「もう少しその恥ずかしい話も聞きたいし、戻りましょうか?スプーンも買ったし。」

ベンチから立ち上がった私の手を、彼が握った。彼の真剣な表情が目に入る。


「莉子、…自由な時間はもうすぐリミットを迎える。多分、生活がガラリと変わってしまう。それでも、俺と一緒に居てくれる?」

不安そうな瞳で私を見詰める彼の抱えたものは、きっと沢山あるのだ。私は今、そのほんの一部を分かち合ったに過ぎない。

「あなたが私を必要としてくれるなら、力になりたいと思ってる。」

私が彼の目を真っ直ぐに見つめて答えると、彼は私をギュッと抱きしめた。

「…ありがとう。君が側に居てくれたら、俺はどんな事も乗り越えられる気がする。」

彼の言葉に嬉しさを感じる。必要だと思ってくれているんだと、胸が熱くなった。暫くそのまま抱き合っていた。

「…いつもは人前だと嫌がるのに。今日はいいの?」

私を抱きしめたまま、彼は私の耳元で囁く。

「…特別、大サービス。」

私が言うと、彼は私にキスをしようとした。

「キスは駄目。」

「…はい。」

がっかりした様な彼に、私は囁く。

「…後でね。」

「うん。」

二人で笑いあう。手を繋いで、私達は歩き出した。みんなの待つ、桜の樹の下へ。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。少々重い話が続きましたが、最後まで読んで頂いて感謝です!次回は重くありませんので、ご安心ください。花見編は次回で最後になります。

私事ですが、先週は風邪で寝込んでしまいました。気温差が辛いです。あなたもお風邪を召されませんように。

ではまた♪


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