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僕達の日常  作者: さきち
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桜の樹の下で2

青木と瑠璃と姉さんは席を外していたけど、宴は続く。

聡子さんがデザートで使うスプーンを忘れたと言って、困った表情をした。僕が席を立とうとすると、目線で制される。黙っていたら、赤城さんが私買いに行きますと言い、緑川先輩とコンビニに行ってしまった。


「悪いね、気を使わせてしまって。聡子さん。」

緑川さんは赤城さんたちが離れてから、聡子さんに謝っている。

「大丈夫よ。」

何か思惑があったのだろう。先輩、段々口数が少なくなっていたなと思い出す。

「僕が誘ったのが駄目だったんでしょうか…。」

この場は先輩にとって、苦痛だったのだろうか。

「大丈夫だよ。アイツはそんなに弱くないから。」

緑川さんは僕に微笑む。改めて聞くと、先輩と声が似ている事に気付く。

「…誠司さんの話題も沢山していたから、気を使わせてしまったかも知れないわね。ちょっと反省。」

美穂さんが自嘲する様に言った。黄瀬さんや桃井さんも神妙そうな顔をする。


緑川さんは、僕や結衣を見詰めて口を開いた。司君は知らない話だと思うけど、聞いてくれるかい?と僕らに語りかけた。僕らは頷く。

「僕の母が厄介な人でね。徹底的に子供を管理したがる人でさ。父は親同士が決めた結婚に反発していたから、後継の僕が生まれたら殆ど家庭に寄り付かなくなったんだ。今思うと、母は寂しかったんだろうな…。僕はそれが息苦しくて、よく祖父と祖母に甘えに行っていたよ。祖父と祖母は僕の両親の仲が良くないことも知っていたし、責任を感じてもいたんだろうね。逃げ込める先があったのは、僕には救いで。高校は寮生活の所を選んで、遠くにしてもらったんだ。大学は近くだったけど、独り暮らしにしてもらったから、あの頃は自由だったな…。美穂とは大学生の時に出会ったんだよ。誠司や努や稔とも。」

みんなが大学時代の友達なのは、叔父さんから聞いて知っていた。叔父さんは大学は違うけど、バイト仲間だったって言っていたっけ?それから良く一緒に過ごす様になったんだって。


「大学を卒業して系列会社に就職してさ、経営の勉強をしていたんだ。その頃には自宅に戻っていた。父と接する機会が増えたら、意外と良い人でビックリしたよ。父親に向かって良い人って、普通の家庭で育った人には変に思うだろうね。父は祖父や祖母から僕の近況を聞いててさ、心配してくれていたらしいんだ。父親っていう感覚は正直言ってなかったけど、悪い人ではなかったんだね。でも母にしたらそれは面白くなかったんだよ。僕の口から父の話題が出る度に、嫌そうな顔をするんだ。仕方ないとは思うけど、やっぱり息苦しくてさ。仕事に没頭することで、自宅に帰る時間を遅くしていたな。その頃には祖父や祖母も相次いで他界して、自宅に逃げ込める先はなかった。早く自分の安らげる場所が欲しくて、大学時代から付き合っていた美穂と結婚したんだ。」


「初めは美穂は母と上手くやっていたと思う。でも愁が大きくなる度に母が、子育てに口を出す様になってきた。伸び伸びと育てたい僕や美穂の意見に耳を貸さず、自宅に家庭教師を呼んでさ。友達と遊ぶ時間まで奪ってしまう母に、美穂は我慢できなくなってしまったんだ。次第に対立する様になった。その頃私は正式に後継として、父に付いて回って忙しかったし、美穂の抱えた不満を中々聞いてやる事が出来なかった。」

そう言って緑川さんは、苦笑いをした。


「涼子さんや聡子さんと、家族ぐるみの付き合いをして仲良くなっていたけれど、私は専業主婦で、百貨店の店員だった涼子さんや、弁護士の聡子さんとは時間が合わなくてね。私早く結婚しちゃたから、他の友達とも時間が合わないし、近所の主婦に愚痴って変な噂が立つのも嫌だったし。平日、家事を終えると誠司の働いていた建築事務所に押し掛けていたな。所長さんが良い人で、いつでも来たら良いって言ってくれたの。誠司は仕事をしながら、私の愚痴を根気良く聞いてくれたわ。変な助言はせずに、大変だねって耳を傾けてくれたの。愁が小学校から帰る頃には自宅に帰ってっていう毎日だった。」

美穂さんは思い出す様に、遠くを見つめながら話す。


「美穂はそうやって精神の均衡を保っていたんだと思う。でも母はそれが気に入らなかったんだろうね。探偵を雇って美穂の行動を調べた。不倫してるって僕に言うんだよ。僕は母の言葉を信じてなかったんだけど、誠司の所に行ってるて聞いて少し不安にはなったかな。誠司は美穂の事が好きだったから…。誠司に話を聞くと、事務所には来てるけど二人で会ってはいないって言ってくれた。もちろん美穂も同じ事を言っていたし。」


「僕が応じないと母は近所の人を味方に付けた。美穂が不倫してるなんて噂を流して居づらくしたんだ。本当に美穂は精神を病んでしまった。誠司が心配して病院に付き添ったりしてくれていたらしい。僕は情けないんだけど、その事にすら気付いてなくて…。母が今度は美穂と誠司が二人でいる写真を出してきた。僕は二人で会っていないと言っていた彼女と誠司に裏切られた様な気分になってしまって、美穂を責めたんだ。」

緑川さんの瞳が揺れている。後悔している事が、ありありと伝わった。


「病院に行っていただけだと彼女が言っても、耳を貸さなかった。誠司の言葉も信じられなくなっていた。美穂はそんな僕の言動に傷付いて、益々精神的に追い詰められてしまった。彼女が別れを申し出た時、母は笑っていたんだ。その時にハッとした。自分の行動を振り返ってみて、誠司や美穂からもう一度冷静になって話を聞いたんだ。事務所の所長さんや努や稔にも。彼等の話が本当だと気付いた時には遅かった。もう美穂との関係は、修復は難しい状態だった。」

辛いことを話してくれていると感じて、僕なんかが聞いて良いことだろうかと少し戸惑う。でも同時に、話してもらえる事に、信頼されている感じがして、嬉しくもあった。


「彼は謝ってくれたけれど、信じてもらえなかった事がショックでね。その時はどうしても許せなかったの。」

美穂さんも寂しげに話す。


「僕は罪滅ぼしに、アパートを彼女に渡して暮らしが立ちゆく様にした。愁の逃げ込む先にもなればって思ったんだ。彼女をずっと支えていた誠司と、美穂が惹かれ合うのは自然な事だったと思う。誠司が僕の所に来て、真剣な表情で言うんだ。美穂が好きだって。お互いが好き同士なら、僕が口を挟む様な事じゃないだろ?でも律儀に僕にお伺いを立ててくる誠司が、僕は好きだった。誠司になら彼女を任せられるって思ったんだ。」

笑顔が漏れた緑川さんに、少し安心してしまう。


「二人の結婚の話が出たのは、愁が中学生の時だったと思う。僕達は、もうわだかまりもなくて、友達づきあいを続けていたんだ。」


「武の目論見通り、私のアパートは愁の逃げ込む先になっていたの。結婚の話が出た時、誠司のマンションに愁を連れて行った。私は愁の気持ちを考えてなかったのね。私のいる場所が愁を支えていたと知っていたのに…。誠司は彼の居場所を奪うくらいなら、結婚という形にこだわらなくてもいいと言ってくれたの。だから結局結婚はしないまま。」


「愁は責任を感じているんだと思う。誠司が亡くなってしまった時、私に向かってごめんて謝ったの。私は何故謝られたのか分からなかったけど、愁はごめんて繰り返すの。責任を感じてるんだと気付いて、幸せだったから気にしないでって愁に言ったわ。」

「でも、どうだろう。あの子は今も気にしているのかもしれないな。」

「…そうね。」

寂しそうに二人は話す。


「莉子がいるんで大丈夫ですよ。」

結衣は信頼のこもった眼差しで、緑川さんと美穂さんを見詰める。

「…そうだな。アイツを支えるのは、もう僕らのの役目じゃないのかも知れないな。」

「嬉しいような、寂しい様な…。」

そう言って二人は笑い合う。



僕は薄紅色の桜を見詰めた。その樹の下には本当に沢山の人が居る。

色々な人がいて、色々な人生がある。時に、それらは交錯し合う。僕と彼女も、先輩も、赤城さんも、青木も、姉さんも。

ここに居ない彼らを、思う。辛い事も楽しい事もあるだろうけど、今この瞬間が優しい時間であれば良いと思う。きっとそれは、僕だけじゃない、ここに居るみんなの願いだ。

どうか、みんなの優しさが、彼らに届きますように。

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