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僕達の日常  作者: さきち
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明美と歩2

僕達は人気の少ない樹々の間を歩く。瑠璃ちゃんを抱っこしながら歩いていると、ベンチを見つけたので座った。彼女も横に座る。もらったと言うビールを僕に勧めてくれた。

「どうぞ。」

「良いんですか?僕が飲んで。戴きますけど。」

「飲まないから、この時間は。」

「どうしてです?呑めるんですよね?」

「あぁ、子供ってすぐ熱出すのよ。車運転したい時に出来ないと大変だから。家の父は晩酌好きだから、夜は役に立たないし。母も夜道の運転は怖がるし。子供が寝た後じゃないと呑まないの。」

「真面目ですね。」

僕はビールのプルタブを開けて、ゴクリと一口呑んだ。

「ははは、大抵のお母さんはそうだと思うけど。」


「司から聞いてる?私の事。」

「少しだけ。興味本位で近づくなって言われました。」

「…そう。あの子優しいから。」


「瑠璃は不倫で出来た子なの。」

彼女は瑠璃ちゃんの頭を撫でながら、呟くように言う。

「そうですか。」

きっと気持ちを吐き出したいだけだと思い、相槌を打つ。

「始めは既婚者だなんて知らなかったの。指輪もしてなかったし、彼も何も言わなかった。普通の関係だと思っていたけど、ある時人から聞いてしまって目の前が真っ暗になった気がしたわ。」

彼女は淡々と話し出す。


「知った後は向こうの奥さんへの申し訳なさで一杯になったわ。自分がそんな事をしていた事を後悔もした。自分にはそんな事は起こらないと思っていたもの。ここで別れたら良かったんだけど、向こうが別れたくないって言うの。愛しているのは私の方だと言って。その時には私はもう彼の事が好きだったから、突っ撥ねることも出来なくて。奥さんへの優越感もあったかしら、私の方を選んでくれたんだと思ってた。」

ただ前だけを向いて、遠くを見つめるように彼女は話す。彼女の声だけが辺りの景色に響くように聞こえた。


「それで関係が続いた。でもなかなか奥さんと別れてくれないの。本当に別れる気があるのかと問い詰めたけど、今すぐは無理だけど、ちゃんとするって言って。」

彼女は苦笑いをする。


「私は疑いつつも、彼の言葉を信じた。でも、今思うと私は騙されていたかったのかもしれない。薄々気付いていたけれど、気付かない振りをしていた。彼が私を愛していると言った言葉も、妻と早く別れたいという言葉もただの嘘でしかなかったのに。」

自嘲する様に彼女は笑う。


「もしかしたらと、そんなはずは無いの間で揺れ動いていた心は、気付けばもう引き返せない所まで来ていた。嘘でも良かった。今ここに、彼が私の所に来てくれるのなら。いつの間にか、そんな風に考えるようになったの。」

諦めた様に溜息をつく。


「着けてくれない事が何度かあって、やめてと言ったけれど、責任は取るからと彼は言ったのよ。その責任の取り方と言うのが、私の思っていたものと違うと気付いたのは、妊娠を打ち明けた時だった。堕胎の費用を出すというのが彼の責任の取り方だったみたい。この時実感したの。私は、私が思っている程彼に愛されていない事が。」

彼女の目が哀しみを含んで、潤んでいる様に見えた。泣いてしまうんじゃないかとハラハラしてしまう。


「私はエコーの写真を見た時から、堕ろすという選択肢は消えていた。その写真を見て、可愛いと思ってしまった。だから、一人で産んで育てる事に決めたのよ。と、まぁ、良くある話よね。」

彼女はまた溜息をつく。

「本当に馬鹿みたいだと思うけれど、私は今思い返してみても、この結果しか選ばなかったと思う。」

人はあの時こうしていればと思ってしまうけれど、その時の選択を自分で否定しないのが彼女の強さなのだろう。


「結局一人では育てられなくて、司や親に助けてもらっているけれど…。さっき見たのは彼が家族と楽しそうにしている場面でね。瑠璃と同じぐらいの子供が居たわ。本当に馬鹿みたいよね。」

知りたくなかったと考えているのだろうか。やり切れないと思っているのだろうか。


「だから、貴方が思っている程良い女じゃ無いわ。」

僕への牽制なのか、彼女はそう言った。

僕は未だに彼女の心を揺り動かす男が、憎く感じてしまう。もう解放されても良いのではないだろうか。


瑠璃ちゃんを抱っこしていると暖かくて、気持ちいい。父性では無いかもしれないけれど、愛おしいと思う。

「僕となら障害は無いですよ?」

「私の話を聞いて無かったの?」

彼女は呆れた様に言った。

「連絡先を教えてください。始めからラブを求めてません。ライクで良いですから。もしかしたらその先にラブが待ってるかも知れないじゃないですか。」

「…もの好き。」

彼女は諦めた様にスマホを差し出した。

「良い女を求めるのは、男の本能です。」

僕もスマホを差し出して、連絡先を交換した。予想を上回る成果に、頬が緩む。

「良い女じゃないってば。未婚の母だし。」

「未婚の母って言う形に、自分を無理やりはめ込まなくても良いんじゃないですか?型に嵌める事によって逆に歪になる事もあると思うし。未婚の母って言う言葉は、あなたを表す記号の1つであるに過ぎません。女だとか会社員だとかと一緒ですよ。あなたは、黒川明美っていう人物であって、世界に一人の人間です。僕は黒川明美さんに興味があるんですよ。」

「何で私なのかしら?他にも女の人は一杯いるでしょう?」

「直感です。先輩と歩いていたあなたを見たときに、運命を感じました。」

「直感と運命…。私は感じないんだけど?」

「大丈夫です。僕は感じていますから。未来は流動的で未知数なんですから、明美さんも運命に身を委ねてみてください。」

僕はにっこり笑って彼女を見詰める。

「今を生きるのに精一杯で、未来なんて考えられないわ。」

彼女は目を逸らして、小さな声で呟いた。

「まぁ、縁があったら、なるようになりますよ。」

「楽観主義者?」

チラリと僕を見て言う。

「ネガティヴよりは良くないですか?」

「まぁ、確かに。」

そう言って彼女は僕を見詰めてふっと笑った。やっぱり笑うと可愛いな。さっきの泣きそうな顔よりずっと良い。


「戻りましょうか?少し遅くなっちゃったし。」

辺りは薄暗くなっていて、遠くに提灯とライトに照らし出された桜が見えた。

「そうですね。心配しているかも知れないし。」

僕達はベンチから立ち上がり、桜の樹に向かって歩き出す。

「先輩と明美さんの周りって良い人ばっかりですよね。あ、叔父さんの友達でしたっけ?」

「そう。みんな良い人なのよ。私や瑠璃のことも心配してくれて。私は恵まれてる方だと思うわ。周りが助けてくれるの。」

「あなたが周りに恵まれてると感じるのは、明美さん自身も周りを大切にしてるからですよ。きっと。」

「叔父の人的な遺産ね。」

「叔父さんは素敵な人だったんでしょうね。」

「うん。心配ばかりかけちゃったけど。」

そう呟いた声が、寂しそうだった。思い出しているんだろうか。

「心配かけた分だけ、幸せになれば良いんですよ。ちなみに、僕とかおススメです。」

「…ハイハイ。」

彼女は苦笑いして、僕を見る。瑠璃ちゃんを抱っこしたまま、桜の下を歩いてみんなの元に戻った。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。少し重い話になってしまったのですが、最後まで読んで頂いた事に感謝です。花見の話はもう少し続きますが、お付き合い頂けると嬉しいです。あなたの愛に励まされて、書けています。あなたにとって、この時間が、少しでも楽しい時間になっています様に。(^ ^)

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