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僕達の日常  作者: さきち
37/135

桜の樹の下で1

私達は重箱を持って花見の場所の公園に向かう。重箱に詰めきれなかったおかずも、余っても仕方ないので別の容器に入れて持っていく事にした。緑川さんなんかは、自分用に莉子に頼んで詰めてもらって、満足そうだ。


八分咲きの薄紅色の桜の花が、晴れ渡った青い空に映えている。桜の樹の下は何処も人で溢れていて、ビニールシートが敷き詰められていた。黒川さんが青木さんに電話して場所を聞いている。

「どの辺ですか?」

「あっちの方みたい。」

黒川さんの指差した先に、広めのスペースを確保した青木さんが見えた。私達に気付いて手を振っている。まだ誰も来ていないのか、青木さん一人だ。

「お疲れ様。」

黒川さんは青木さんをねぎらっている。

「先輩、いい場所でしょう?」

褒めて褒めてと尻尾を振る様に、黒川さんに近付く青木さんって犬みたいだ。

「えらいえらい。」

頭を撫でてもらって、更に尻尾が振られている様に感じた。犬だ、犬がいる。いい大人が頭を撫でてもらっているのって、どうなんだろう。…ちょっと、いや、かなり羨ましい。

黒川さんが他の人に大体の場所を連絡している間に、靴を脱いで荷物を置いていく。青木さんは隣のマダム達にお礼を言っていた。緑川さんも隣のマダム達にお礼を言っている。イケメン効果か、歓声が上がっていた。さすが緑川さん。もしかして青木さんに張り合ってる?莉子を見ると呆れた顔で、見ていたのでそうみたいだ。


数分後、誰かが来た様だ。あれは…莉子の住んでいるアパートの家主さんの灰原 美穂さんでは無いだろうか?何度か莉子の家に遊びに行った時に顔を合わせているので、すぐに分かった。莉子も目を丸くして驚いている。

隣にいるのは、黒川さんのお姉さんの明美さんだ。本当に綺麗な人だなぁとつい見惚れてしまう。子供の瑠璃ちゃんもいる。にこっと笑い掛けてくれたので、私も笑って初めましてと挨拶をした。

さっきよりも勢い良く尻尾が振られた状態の青木さんが、明美さんに近付いて行った。うん、分かりやすい。


「母さん、やっぱりなぁ。」

緑川さんが美穂さんに話し掛けている。この二人って親子だったんだ。そう言えば、莉子から話を聞いたことがあった様な気がする。確かそこが切っ掛けで付き合い始めたって。

「何で愁がいるの?」

「黒川に誘われたんだよ。」

「あぁ、司君も同じ営業だったわね。」

「美穂さんと先輩って親子だったんですか?…と言うことは…。」

珍しく黒川さんが驚いた顔をしている。

そこにやって来たのは、見覚えのある顔のダンディな男性、社長の緑川 武だった。

「父さんまで。」

緑川さんは苦い顔をしている。今、社長の事を父さんって言わなかった?どうなってるの?そう言えば同じ名前だ。莉子は珍しく緊張して固まっている。

「何で社長が居るんですか?」

青木さんが黒川さんに呑気に聞いている。…意外と大物かもしれない。私も黒川さんに目線で説明を求めた。


「まず、座って話そうか。」

黒川さん自身も少し混乱しているらしい。

と、そこへ黄瀬さんともう一人は誰だろうか?ロマンスグレーの生真面目そうな男性がやって来た。黒川さんが桃井さんと呼んでいる。そこに二人の奥様方も遅れてやって来て、それぞれ円形に座って、自己紹介が始まった。

青木さんはちゃっかり明美さんの隣に座っている。その様子を見て、黒川さんが少し心配そうな顔をしたのを、私は見てしまった。私は黒川さんの隣に座って、隣は莉子だ。その隣が緑川さん(愁)。


「じゃあ、僕から。緑川 武です。ウチの社員がこんなにいるのは、嬉しいねぇ。僕達はみんな、司君の叔父である誠司の友人なんだよ。司君の彼女に会えるのを楽しみに来たんだけど、息子の彼女にまで会えるとは思わなかった。二人とも美人でビックリしたな。愁、家にも連れて来て欲しいんだけど。」

「その内、紹介しようとは思ってたんだけど。今日母さんと父さんが来るのは予定外だったんだよ。」

緑川さんは肩をすくめてみせる。

「灰原 美穂です。愁の母です。知ってる人の方が多いと思うけど、緑川武とは18年前に離婚して旧制に戻ってます。莉子ちゃんは私の所有しているアパートの住人なのよ。莉子ちゃんと愁は、そこで知り合ったのよね。莉子ちゃんの友達の結衣ちゃんが、司君の彼女だって初めて知ったから驚いたわ。」

私も驚きました。

「結衣ちゃんと会ったことがあるのは、俺だけだと思ってたのに美穂さん知り合いだったんだね。俺は黄瀬 努、不動産会社を経営しています。司君と同じマンションの住人だよ。隣は妻の涼子です。」

少し歳をとってはいるけれど、綺麗な人だと思う。華がある感じの美人さんだ。

「初めまして、莉子ちゃんと結衣ちゃん。そちらのイケメンの男の子も。愁君とは小学生くらいの頃しか会ってないから、覚えてるかしら?大きく頼もしくなってる姿を見られて、今日は凄く嬉しいわ。息子が三人いるんだけど、今日は来てません。糸の切れた凧みたいに好き勝手やってるわ。」

ロマンスグレーの穏やかそうな男性が、じゃあ次は私と言った。

「私は桃井 稔、小さな弁護士事務所をやっています。同じく努や司君と同じマンションの住人です。今日はこれだけしか集まれなくて寂しく思っていたんだけど、愁君とその彼女や、司君の彼女や後輩君にも会えて本当に嬉しいよ。隣は妻の桃井 聡子です。」

隣のタレ目で優しそうな瞳をした眼鏡の女性が、微笑む。

「初めまして、夫と同じく弁護士をしています。二人娘がいるんだけど、留学中なので今日は来てません。後で写真撮らせてくれないかしら?司君や明美さんには妹の様に可愛がってもらってたから、近況を教えてあげたいの。」

「もちろん良いですよ。」

黒川さんが返事をして、周りのみんなも頷いている。

「次は僕で良いですか?青木 歩です。緑川先輩や黒川先輩には可愛がってもらっています。社長まで来てて驚きましたけど、今日は気にしなくていいですよね?」

青木さんはニッコリと笑いながら言った。

「そういう性格好きだなぁ。私の事はあまり気にしないでくれると嬉しい。社長じゃなくて、名前で呼んでくれると嬉しいな。緑川だと愁と被ってややこしいから。」

「えっと、もうみんなにバレてしまったんだけど、緑川 愁です。こんな所で秘密がバレるとは思わなかった。黄瀬さんや桃井さん達も、お久しぶりです。多分、留学する前に自宅に来てくれた時以来だから、十年以上前ですね。聡子さんや涼子さんには、小学生の頃以降は殆ど会ってませんよね。」

「本当にね。人懐っこい可愛い男の子だったのに、いつの間にかこんなになってたのねぇ。歳を取るはずだわぁ。昔は将来涼子さんと結婚するって言ってくれてたのに。」

「涼子さん!」

「昔から面食いよね、愁は。」

「母さん!」

恥ずかしそうな緑川さんを、莉子は楽しそうに眺めている。

「愁さんとお付き合いをさせて頂いてます。赤城莉子です。今日はビックリしましたけど、皆さま気さくな方達で安心しました。彼の色々な話を聞かせて欲しいです。」

「一杯あるから期待してて。」

武さんが莉子に答えた。

「父さん!」

「えっと、黒川さんとお付き合いをさせて頂いています。白石結衣です。莉子も言った通り、気さくな方達で安心しました。重箱の中身は、料理上手な莉子を中心に私と黒川さんの三人で作ったので、期待しててください。力作ですから!」

みんなから歓声が上がった。莉子は少し照れている様だ。

「黒川 明美です。この子は瑠璃です。弟がお世話になってるみたいで、これからもよろしくお願いします。特に結衣さん、司は一言多いのは昔からの癖で、聞き流してくれると嬉しいわ。虐められたら仕返ししてあげるから、いつでも連絡してね。」

「…姉さん。」

苦い顔で明美さんを見詰める彼に、笑いが込み上げてくる。はいと返事しておいた。

最後に黒川さんが口を開いた。

「驚くことも一杯ありましたけど、今日は花見です。お酒を飲んで、料理を食べて楽しく過ごしましょう。」

早速重箱の中身が披露される。周りから歓声が漏れた。次々に料理が並べられていく。

プラスチックコップを配って、飲み物を注いで回っている青木さんを見て、こういう所が可愛がられてる要因だろうなと思った。


みんながワイワイと食べ始めて話をする中、明美さんに話しかけている青木さんが見えた。しばらくすると、瑠璃ちゃんの手を引いて遊びに行ってくると席を外す。ソワソワしだした明美さんが、見に行ってくると席を外した。

「青木君って、男気あるね。」

黄瀬さんが感心した様に呟いた。

「何も考えて無いだけじゃないですか?」

苦い表情でビールを飲んでいる黒川さんが、黄瀬さんに返事をしている。心配なんだろうか。

「司君厳しいね。でもひょっとしたらひょっとするかもしれないよ?普通尻込みすると思うから。」

「お兄さんって呼ぶことになるかも?」

桃井さんも同調する。

「青木がお兄さん!?い、嫌だ!」

「ほら、まだ上手くいくかどうかも分からないし。」

私は黒川さんを落ち着かせる様に言った。

「でも、父性なんて言うのは結局の所、後付けだからさ。」

黄瀬さんの言葉を神妙な顔で聞く黒川さんは、そうなんですかね…と呟いた。何を考えているんだろう。大丈夫かなと顔を覗き込むと、苦笑いして、私の頭を撫でた。

「…なる様になる。」

そう言って料理に手を伸ばした黒川さんの表情に、もう憂いは見えなかった。

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