負けず嫌い
黄瀬さんが提案していた通り、お花見をする事になった。四月の初め頃には満開になる予報だったので、それに合わせてみんなに連絡しておいてくれた様だ。
彼女は花見への出席は快く承知してくれたが、重箱の中身を作るのは一人では無理だと言った。そうだよなぁ。ダメ元で言ってみただけなので大丈夫だ。
今日は行きつけの居酒屋にやって来ていた。店内はガヤガヤと居酒屋特有の騒がしさに満ちている。取り敢えずビールで乾杯した後、例の花見について話し出した訳なんだけど。やっぱり重箱はハードルが高いみたいだ。
「莉子ならなんとかなりそうなんですけど。」
赤城さんは料理が趣味と言う事で、来てくれれば心強い。
「赤城さん、誘ってみても良いかな?緑川さん付きだったら来てくれるかな?」
「ちょっと連絡してみます。」
そう言って彼女はスマホでメッセージを打つ。
「青木も誘うか。拗ねそうだし。」
僕も青木にメッセージを送った。
二つ返事で行きます!と返ってくる。他に予定はないのかと少し青木が心配になった。姉さんも来るんだけど、大丈夫だよな?この前、紹介してくださいと言っていたのを思い出した。まぁ、姉さんはしっかりしているから、適当にあしらうだろう。
「あ、良いみたいですね。」
彼女がスマホを見詰めながら、呟いた。
「僕の家で料理してくれて良いって言っておいて。緑川先輩も一緒に来てくれって。」
「はい。」
また彼女はスマホに打ち込んで返事を書いていた。
「問題が解決したところで、はい、食べよう。」
僕は丁度運ばれて来た料理を受け取る。
「そうですね。お腹すきました。」
珍しく店主自ら運んで来たのは、何か言いたい事でもあるのだろうか思ったら、案の定そうだった様だ。
「今日も美人連れですね。イケメン君と言い、黒川さんの周りは綺麗な人ばかりですね。」
「うん。周りはね。」
本人はイケメンではないのは自覚してるよ?
「今日は同僚の方ですか?」
「…そう。」
「初めまして、黒川さんと付き合ってる白石です。」
と答えた彼女にビックリしてしまう。思わず、彼女の顔を見詰めてしまった。
「そうなんですか!黒川さんにもやっと春が…。」
店主はニマニマしながら、ごゆっくりと厨房へ去って行った。
「…秘密なのでは?」
「会社じゃないから大丈夫ですよ。知られるの嫌でしたか?」
「まさか。出来るなら、吹聴してまわりたい気分だよ?」
「ふふ。良かった。黒川さんの驚いた顔が見られて、得した気分です。」
何故か機嫌が良くなった彼女は、美味しそうに海老しんじょを食べている。意外と負けず嫌いなのかもしれないと思った。
僕達はビールを飲みつつ、料理をつまむ。
「あ、さっき店主さんが、今日も美人連れって言っていたってことは、お姉さんと来ていたんですか?」
「そうそう。大変な目にあったんだよなぁ。」
「何ですか?大変な目って。」
「酔っ払った姉さんに、パセリかサラダかどっちか食べろって言われたんだよ。」
「食べたんですか?」
「うん、パセリをね。情報の対価として。」
「何の情報ですか?」
彼女は不思議そうな顔をする。
「…君の気持ちを掴む情報。」
「…もしかして薔薇の花?」
「そう。」
君の顔が少し赤くなったのは、お酒のせいじゃないと思う。ニヤリと笑って君を見詰めた。僕はやられっぱなしでは嫌なので、これでおあいこかな?
「これが姉だよ。隣が姪っ子。」
僕はスマホで写真を見せた。
「本当に綺麗な人ですね。姪っ子ちゃんも可愛い!」
「そう、めちゃくちゃ可愛いんだよね。」
僕は姪っ子が誕生日プレゼントありがとうと喋っている動画を観せた。思わず頬が緩んでニヤニヤしてしまう。
「黒川さんって良いお父さんになりそうですよね。」
彼女がクスクスと笑いながら僕に言う。
「…それは、催促?」
「え?」
目を丸くして驚いた後、顔が見る見るうちに真っ赤になってしまった。
「ち、違います!!そう言う意味じゃ…。」
「…そこまで全力で否定されると、傷付くんですけど?」
「う、そういうつもりじゃ…。」
狼狽えている彼女を見ていたら、我慢できずに声を出して笑ってしまった。
「!!からかってますよね?」
彼女は機嫌を損ねた様に、拗ねてそっぽ向いてしまった。あ、やり過ぎたかなぁ?反応が面白くて、つい。
「ごめんね?許して?」
僕は彼女の顔を覗き込む。彼女は横目でチラリと僕を見た。
「…赤い薔薇の花言葉を、目の前で私に言ってくれたら許してあげます。」
う、そう来たか。
「……後で良いですか?」
僕は恥ずかしくなって、懇願する様に彼女を見詰める。
「良いですよ。」
彼女はニッコリと笑って、真っ直ぐに僕を見る。勝ち誇った様な顔をしていた。
やっぱり、彼女は負けず嫌いみたいだ。