ドラッグストア
3月も半ばを過ぎ、だんだん寒さが緩んできた。頬を刺すような寒さがなりを潜め、雪が降る回数も少なくなっている。もちろんまだ、コートは手放せないのだが、少しずつ春の気配がしてきていた。会社を出て駅に向かって歩く。
姉から花を贈ると良いと聞いて、始めはそんなことでいいのかと思ったのだが、花屋で注文する段階になって、意外とハードルが高いことに気付いた。あの時程、自分のポーカーフェイスが役に立ったと思った事は無いかも知れない。
ネットで注文したら良いのでは?と言ったら、センスの良い花屋じゃないと駄目だと姉からお叱りを受けてしまった。アンタ営業なんだから、良い花屋ぐらい熟知しておきなさいとまた叱られる。結局姉から紹介してもらった花屋で注文した。
花を贈った次の日に、彼女が毎日クレオパトラな気分で過ごせると嬉しそうに言う。どんな気分なのかよく分からなかったけれど、喜んでくれてる様だから、まぁ良いか。こんなに喜んでくれるなら、また贈ろうかなと考えた。
電車の中で、洗剤が少なくなっていたなぁと思い出す。シャンプーのストックも無かったかもしれない。帰りに買って帰ろうか。マンションの近くのドラッグストアは遅くまで開いていて便利なのでよく利用している。
ドラッグストアでカゴを持ち、商品を入れていく。そうだ、アレも買わないとと思い棚の前に立つ。前のが残っているのだが、そんな物を使う訳にはいかない。またデリカシーがないと言われてしまうだろう。どれが良いかと迷っていると、黄瀬さんに出会った。近所だから仕方ないが、何故今出会うのか。舌打ちしたくなる。
「こんばんは、司君。順調なようで何より。」
ニヤニヤしながら話し掛けてくる。
「こんばんは、黄瀬さんこそ夫婦仲が宜しい様で。」
僕も負けずに返す。こんな事で狼狽えていたら、この人達とは付き合えない。
「いやぁ。妻が私にベタ惚れだから。」
悪びれもせずに返してくる。
「…逆では?」
どっちかと言えば黄瀬さんの方がベタ惚れだと思う。
「コレの買い出しは私担当なんだよ。」
「まぁ、普通は男が用意するものだと思いますけど。」
「オススメはコレかな。」
黄瀬さんは指差す。
「ご助言ありがとうございます。」
マニアックなものじゃ無かったので、それをカゴに入れた。
「あ、そうだ。ちょっと付き合ってよ。」
そう言って黄瀬さんは別の棚に僕を連れて行く。何だろうか?そう思ったら、生理用ナプキンの棚だった。奥さんについでに買って来てと頼まれたらしい。
「さすがに恥ずかしくて。」
あははと笑いながらメモを見ている。
「アレは平気なのに、コレは恥ずかしいんですか?」
別に商品棚に並んでいる以上、同じだと思う。
「司君平気でしょ?」
何故知っているかと言うと、姉の家にお見舞いに来た黄瀬さんに見られていたからだ。
「ええ、まぁ。それだけは姉に誉められましたから。」
姉が産後家から出られない時、頼まれて色々買ってきていた。オムツや授乳パッドや生理用品も平気だ。姉には、自分で頼んだ癖に妙に感心されてしまった。内心申し訳なく思っていたらしい。
「良い夫になりそうだよね、司君は。」
黄瀬さんはそう言ってレジに商品を持っていった。
僕も後を追う。
中が見えない濃い色の袋に商品を詰めてもらいながら、黄瀬さんが思い出したかの様に言った。
「ああ、そうそう、花見の日は彼女連れて来てね。みんな会いたがってるから。」
当たり前の様に言われてしまった。
「彼女が良いって言ったらですよ?」
それで良いと言う事なので、一安心する。
「取って食う訳でも無いんだし、警戒しないでよ。ついでに重箱も頼んでくれる?」
黄瀬さん、奥さんには頼めなかったらしい。
「それも良いって言ったらです。」
ダメ元で言ってるから大丈夫だと黄瀬さんは笑う。
「じゃあ、言っといてね。」
そう言い残し、さっさと店を出て行ってしまった。
僕はお金を払いながら、彼女にどう切り出そうかと考えた。