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僕達の日常  作者: さきち
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誕生日1

3月に入り、初めての土曜日。今日は黒川さんの誕生日で、デートらしいデートだ。仕事終わりで、一緒に食事に行ったりはよくしているのだが、一日中一緒というのは初めてかも知れない。この前の家具選びは、黒川さんがポロリと漏らした言葉に私が飛びついた形で、午後からだったし。

プレゼントは喜んでくれるだろうか。青木さんが教えてくれた事を参考にしてみたんだけれど。持って歩くには支障があるので、家に置いてきた。帰りにでも渡せたらいいなと思う。


私の方の最寄駅で待ち合わせて、電車に乗って映画館に向かった。3月とはいえまだ寒くて、コートをきっちり着て、ブーツを履いて寒さを凌ぐ。でもそれとは対照的に、繋いだ手に温もりを感じて幸せな気分になる。彼の手は温かい。

映画を観て、ランチを食べて、ウインドウショッピングを楽しむ。彼に連れて来られたカフェは、中国茶が飲めるカフェだった。


「素敵なカフェですね。」

「青木に教えてもらったんだけど、杏仁豆腐が美味しいんだって。」

「じゃあ、それ頼みましょう。お茶は何にします?」

メニューを見ながら私は彼に聞く。

「凍頂烏龍茶にする。君は?」

「茉莉花茶にします。花の香りが好きなんですよ。」

注文して待っている間に、言わなければ。

「お誕生日おめでとうございます。プレゼントは持って来られなかったので、帰りに渡しますね。」

「ありがとう。持って来られないものって何?」

不思議そうに彼は聞いた。

「青木さんが、黒川さんは物より時間の方が喜ぶって言ってたので、ワインとか缶のおつまみとかチーズとかの詰め合わせにしました。今度一緒に呑みましょう。」

「…今度じゃなくて、今日でも良いんじゃないの?」

彼はそう言って、私に笑いかける。

「そう言われてみれば、そうですね。」

そんな事を話していたら、お茶が来た。茉莉花茶は、ガラスのポットに入れられた丸い塊が、花の様にふわっとお湯の中で広がって、真ん中には本当に花が咲いていて綺麗だった。彼の方のポットもお茶の葉っぱが広がって甘い匂いがしていた。お盆の上には、クコの実と松の実とかぼちゃの種が一緒に小皿の上に盛られている。

「良い匂いですね。」

「本当だね。」

そう言って笑い合う。

遅れて杏仁豆腐も運ばれて来て、二人で喋りながらゆっくり時間を過ごした。


「君の家にプレゼントを取りに行ってから、僕の家で呑まない?ソファーが来てから、家に来てないでしょ?」

「そうですね。じゃあ、そうします。」

カフェを出て、私の家に向かうために電車に乗った。座席に座ってガタンゴトンと揺られていると眠くなる。欠伸をしている私に彼が話しかけてきた。

「お疲れ?」

「いえ、今朝…。」

言いかけてハッとして、言葉を飲み込んだ。

「今朝?」

「…何でもありません。」

私は彼に笑いかけて誤魔化す。危ない、喋ってしまうところだった。彼は怪訝そうにしながらも、追及して来なかったので安堵する。


家に着いて彼に玄関で待っていてもらおうとしたら、中が見たいと言われた。そう言えば、部屋に入れた事は無かったと気付く。寒い外で待っていてもらうのも申し訳ないので、中に入ってもらった。面白いものなんてないんだけどなぁ。

「なんか、甘い匂いがする。お菓子の様な…?」

部屋に入った彼が、そんな事を言った。私はギクリとして、冷蔵庫に仕舞ってあったチーズ類を取り出す。用意していたワインなどが入った紙袋を持って、さっさと部屋を出ようと彼を促す。

「何か隠してる…。」

彼が私の顔をジッと見詰めるので、私は目を逸らした。

「早く行きましょう。」

「喋ってくれたら行く。」

う。こういう所は鋭いんだよなぁ…黒川さんは。

「…今朝、ケーキを作ってたんですけど、上手く出来なくて封印してしまおうと…。」

私は彼から視線を逸らしたまま、話す。

「どこにあるの?それ?捨てたりしてないよね?」

「…冷蔵庫の中にあります。」

「見て良い?」

「…はい。」

私は紙の箱に入れた、小さめの苺のホールケーキを見せた。恥ずかしい。

「失敗には見えないけど?」

「莉子に教えてもらって作った時には、もっと上手く出来たんです。」

「これも持って行って良いよね?」

「でも…。」

もっと上手く出来たやつを食べてもらいたかった。

「良いよね?」

「…はい。」

私は諦めて、保冷剤を箱に入れた。

「気付かなかったら、言わないつもりだったの?」

「…はい。」

彼は溜息をついて、私を抱き締めた。抱き締められたのは初めてで、ドキドキしてしまう。暖かくて大きな身体に、私はすっぽり収まってしまった。

「ちゃんと言って?黒焦げでも食べるから。」

「さすがに黒焦げにはしませんよ?そこまで酷くはありません。」

「それは失礼。」

私達は笑い合う。


「結衣、好きだよ。」

彼の顔が私に近付く。私はそっと目を閉じた。彼との初めてのキス。

私はキスをしながらその水音を聴いていた。頭がぼぉっとして何も考えられなくなる。

あぁ、溺れてしまう。私はこの恋に溺れてしまう予感がした。

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