青木
黒川さんと出会ったのは会社の研修の時だった。新人教育を任されていた黒川さんと他数名の先輩について学んでいた。僕は同期のの中でも出来る方だと言われていた。本当はついていくので精一杯で、置いていかれない様に頑張っていただけに過ぎない。
ただ使えないと、役に立たないと思われるのが怖かった。
学生生活と違う環境で、慣れなかったのもある。少し体調が悪かったが、気にせず出社した。黒川さんは早く来るので、それより早く行かなければと思っていた。
「青木君、僕より早く来る必要はないですよ。それに君は頑張り過ぎだ。今すぐに出来なくても良いんだよ。ゆっくり覚えれば。」
「大丈夫です。」
僕は答えたが、納得してくれない。
「こっちで少し休みなさい。」
黒川さんは仮眠室に僕を連れて行く。まだ時間はあるから少し寝なさい。と言って扉を閉める。僕はアラームをセットして仕方なく横になった。
アラームが鳴って眼が覚める。結構熟睡していたみたいだ。少し身体が軽くなっているのに気付く。黒川さんの元に行くとコーヒーを淹れてくれた。カップを渡される。僕が寝ている間に、沢山の人が出社していた様で、ガヤガヤと人の話し声がした。
「少しは楽になった?」
「はい。ありがとうございます。」
「無理はしないように。」
そう言って僕に釘をさす。
「…はい。」
それから黒川さんは、早く来なくなった。
僕が気を使わない様にしてくれたんだろう。優しい人だ。
研修が終わって、営業に回されると黒川さんと同じチームになり、ペアになった。そして今に至っている。
優しいところは変わらない。真摯に向き合ってくれる所も。
白石さんと付き合ってると言われた時は驚いたけど、不思議と悔しいと思う気持ちは芽生えず、納得してしまった。彼女が見ていたのは僕じゃなく黒川さんだったのだ。
もうすぐ黒川さんの誕生日がある。白石さんに黒川さんの好きな物を教えてあげよう。
「本当は白石さんにリボンかけてあげるのが一番良いと思うけど。」
「そんな事出来ませんよ。」
彼女が顔を赤くしているところを初めて見た。黒川さんの事になると反応が可愛くなるんだな。白石さんが黒川さんの事が好きなのが良く分かる。
「男って単純だからそんなんでいいと思うけど。」
「本当ですか?」
彼女は上目遣いで僕を見た。まだ少し顔が赤い。
「本当だよー。」
「…青木さんありがとうございます。色々教えてもらって。」
「どういたしまして〜。」
黒川さんの為だし、大したことはない。
「黒川さんとベタベタするなコノヤロウと思っていた事を謝ります。」
「…思ってたんだ。」
何気にショックなんだけど。
「だって仲良すぎじゃないですか?私あらぬ疑いをかけたことがありますよ。」
「あらぬ疑い?」
何だそれは?黒川さんも言ってたな誤解されたとか。
「正直に言うと嫉妬してました。」
「本当?まぁ、仲が良いのは認めるけど。僕愛されてるから。」
「…少しくらいは許す事にします。」
ベタベタする事を?笑いが込み上げる。
「許可してもらってありがとう。」
「…少しだけです!」
彼女の様子に今度は声を上げて笑ってしまった。
「まぁ、黒川さん大好き人間同士、仲良くしようよ。」
「そうですね。じゃあここに黒川さん大好き連盟を発足します。」
何だそれは。活動の趣旨は分かりやすいけれど。
「これからも色々教えて下さいね。」
「はは、了解!」
僕は彼女と別れて自分のデスクに戻る。
少しの胸の痛みはある。だって、好きだったのだから。でも、二人の幸せを願う気持ちも、僕の中では大きくて。ただ、胸の痛みは隠しておくのが大人というものだと僕は思う。そういうことが上手くなるのが、大人になるという事だと。
切り替えの早さは、僕の長所でもあるから大丈夫だろう。何処かにいい出会いが転がってないだろうか。この人とならと心から思える人に出会ってみたいなぁ。
隣の黒川さんを見ると、コーヒーを飲んで寛いでいる。昼休みはもうすぐ終わるけど、仕事モードに切り替わらない。
「何処かに良いひと、居ないですかね?」
僕は黒川さんに問いかける。
「…まだ出会ってないだけだろ。多分。」
「出会い、あるでしょうか?」
頬杖をついて、溜息と一緒に不安を吐き出す。
「モテ男が何言ってるんだ。…でもまぁ、気持ちは分からないでもない。」
「僕、運命の出会いを信じてるんですよ。」
「…ロマンチストだな。意外と直ぐそこまで来てるかもよ?運命の出会い。」
なんの根拠もない言葉だけど、黒川さんが言うと本当にそうかもと思ってしまうから不思議だ。
「じゃあ、その言葉を信じます。」
信じなければ始まらないよな。
僕は何処かに居る運命の人に、想いを馳せた。