車内にて
エレベーターに乗る。途中の階から乗ってきたおじさんと黒川さんが挨拶していた。ご近所さんなのだろう。私も挨拶を返す。こっちを見てニヤニヤするので落ち着かない。でも黒川さんは涼しい顔をしている。
私はきっと、動揺が顔に出ているに違いない。この時間にここにいると言うことは、そういうことだから。何も無いんだけど、このおじさんに説明する訳にもいかない。
チンと鳴って一階に到着した。おじさんの後を追うように正面玄関に行こうとしたら、腕を掴まれた。
「こっち。」
黒川さんはそう言って、私の手を引いて別の場所に連れて行く。手を繋がれていることに恥ずかしさを覚えながら、黙ってついていった。
「ビビった。よりによって黄瀬さんに出会うとは…。」
黒川さんはポツリと呟く。
「ビビってる様には見えなかったですよ?」
「あまり顔に出ないだけ。結構動揺してた。」
「そうなんですか?」
「そう。こうしてるのも結構恥ずかしい。」
手を繋いでる事を示して言う。ちょっと可愛く思えて笑ってしまう。
黄瀬さんに知られたら、来週中にはマンション中に知れ渡ってるとの事。嫌なわけじゃないんだけど、結構恥ずかしいらしい。成る程、動揺するかも。
「顔に出ないって良いですね。羨ましいです。」
私はすぐに顔に出てしまう。
「良い事ばかりじゃないよ。気になる人に気になってるって言っても冗談に思われたり。」
彼は私を見て悪戯っぽく笑う。それはあの時の事だろうか?本気だったのか。
別の出入り口らしき所の自動ドアの先は駐車場だった。
ピピッと開錠の音がして、 シルバーのコンパクトカーのライトが点滅した。あの車が黒川さんの車なのだろう。
助手席のドアを開けてどうぞと言ってくれる。意外とジェントルマンなんだな。
そう言うと姉の洗礼を受けたとの事。
「あんたは背の高さ以外は普通だから、こういうところでポイント稼ぎなさいって言われたの。好感度上がった?」
「ふふ。上がりました。お姉さんと仲良いんですか?」
「良い方かなぁ?他の家はわかんないけど。二年前ぐらい前は近くに住んでたから。今は出産して実家で暮らしてる。」
結婚してと言っていないから、そう言う事なのだろう。
私はシートベルトを締める。
「住所教えてくれる?ナビに入れるから。」
私が住所を教えると黒川さんは入力していく。距離が近くて少しドキドキしてしまう。
車が動き出す。三駅分しか離れていないので、すぐに着いてしまうだろう。
「あの、わざわざありがとうございます。」
「ちゃんと送って行くって赤城さんに約束したからね。」
「そうでしたね。あ、聞きたい事があったんですけど、良いですか?」
「何?」
「私って自分で着替えたんですよね?」
「…うん。そう。」
何だ?今の間は。
「本当に?」
私は黒川さんをジッと見て言う。
「本当だよ。寝てると思って部屋に入ったら、下着姿で寒いって言うからスウェットを出したら自分で着てたし。」
なんですと?下着姿?
「見た?」
恐る恐る聞いてみた。
「…見た。でも暗かったし、じっくり観た訳では無いんだけど。でもアレは不可抗力だと思う。ノックしなかったのは悪かったかなと思うけど、寝てると思ってたから…。」
うわぁぁぁ。顔に血が上って行く。耳まで熱くなってきた。
「穴があったら入りたい…。」
私は手で顔を覆う。恥ずかし過ぎてどうにかなりそうだ。
「意外だったけど。」
「何がです?」
「いや、別に…。」
気になるんですけど。体型だろうか?冬だから気を抜いてたかもしれない。自分のウエストを服の上から確かめる。
後悔がぐるぐる頭を支配している間に、着いてしまった。ハッとして我に帰る。
アパートの近くで車を路肩に止めてくれた。シートベルトを外して頭を下げる。
「あの、ありがとうございました。」
「どういたしまして。」
彼はドアを開けて手を差し出す。
「デート、どこ行きたいか考えといてね。それと、綺麗だったから気にしなくてもいいと思うよ?」
一瞬何を言われたかわからなくて、後で理解が追い付く。
「じっくり観てないって言ったじゃないですかぁ!」
私はまた真っ赤になって彼に言う。
「大丈夫。そのうち、もっとじっくり観る予定だから。」
そう言って彼は笑う。
「…そうかも知れませんけど。もう少し待ってくださいね。」
主に気持ち的な意味で。急激な展開に頭も気持ちも整理出来ていないのだ。
「楽しみにしてる。」
そう言って彼は車に乗って帰っていった。
自宅へ帰り、着替える。ベッドに寝転び、はぁと息をついた。
色々あったなぁ。なんか実感がないや。でも…と手の平を見て感触を思い出す。付き合うことになって本当に嬉しかった。だって好きだったんだから。
けれど…翻弄されてばかりの自分が悔しい。あの飄々とした態度を崩してやりたい。
「今度はギャフンと言わせてやる。」
主導権を握るにはどうしたら良いのか?
相手が夢中になってくれればいいんだけど。難題だなぁ。