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僕達の日常  作者: さきち
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お礼

「何をしてもらおうかな?」

彼はそう言って笑う。右手は彼の手に包み込まれている。大きくて暖かい手だ。恥ずかしいけれど、嫌だとは思わない。

「何でも良いですけど。できる範囲でお願いします。」

私は恥ずかしくて視線を逸らす。

「じゃあ、言ってた通りデートしてもらおうかな?」

思わず彼の顔を見る。眼鏡の奥の瞳が楽しそうにこっちを見ている。

「覚えてたんですか?」

「さっき思い出した。ドリンク渡した時。」

「何であの時そんなこと言ったんですか?ずっと聞きたかったんです。」

「ちゃんとは覚えて無いんだけど、多分また会えたら良いなぁって思ってた。可愛い子だったから。」

「忘れてられてましたけどね。」

「…悪いと思ってます。」

許してくれる?と顔を覗き込まれた。私は視線を逸らした。

「忘れてて当たり前ですから。」

そうは言ったけれど、本当は気付いて欲しかった。忘れられていた事も悲しかった。何度馬鹿みたいだと自嘲しただろうか。

「あの、そろそろ手を放してください。」

拗ねている事を気付かれたくなくてうつむく。

「嫌。こっち向いてくれてないから。」

彼の声が真剣味を帯びる。

「許してくれる?」

もう一度彼は言う。捨てられた仔犬のような目で私を見ている。なんだか可愛く思えてきて仕方ないなぁと心の中で呟いた。

「許してあげます。」

今度はちゃんと彼の目を見て答えた。

「良かった。」

ほっとした様に彼は笑った。


ふっと手が緩んで離された。自分で離してくださいと言ったのに、寂しく思う。

「何か食べられる?簡単なもので良ければ作るけど。」

「手伝います。」

二人でキッチンに立つ。


壁一面の食器棚に目をやると沢山の器が仕舞われていた。思わず目を見張る。凄い!和食器から洋食器まで、色々な産地と種類があった。もっと良く見たくてうずうずしてしまう。

「器見て良いですか?」

「どうぞ。」

有田焼きの染付の青色に魅入る。信楽焼の大皿に萩焼の汲み出し、志野に織部、九谷焼、沖縄のヤチムンまである。備前焼の皿には一度割れたものを修復した金継ぎの跡が残っている。

「大事にされてたんですね。」

「叔父は料理が趣味だったんだ。だから自分で買ったりするのが好きだったんだよ。そうすると貰う事も多かったみたいで、どんどん増えていったみたい。」

海外土産なのか洋食器も多い。ベネチアングラスにイギリスのスリップウェア、ボーンチャイナ、うっとりして見つめてしまう。宝の宝庫だ。

引き出しには可愛い箸置きが沢山ある。カトラリーも銀製やステンレス製のものから木製のものまで可愛い。きっと素敵な人だったに違いない。何年もかけて集められたコレクション達はそれぞれ個性を放っていた。

「ここに住みたい。」

ぼそりと呟く。毎日の料理がきっと楽しくなるだろう。


「箸置き取ってくれる?好きなので良いから。」

気が付いたら良い匂いがしていて、すっかり用意されていた。

しまった!夢中になって周りが見えなくなってしまう。悪い癖だ。

「すみません。手伝うって言ったのに。」

急いで、きのこの箸置きを二個選んで軽く洗う。布巾で拭き取りランチョンマットの上に置いた。かき卵うどんが置かれて湯気を立てていた。ネギの緑が綺麗だ。

「早く食べないと伸びるよ。座って。」

箸を渡しながら彼が言う。

「はい。いただきます。」

ふんわりとした玉子と、モチモチしたうどんがお腹に優しい。二日酔いに嬉しいメニューだ。

「美味しいです。」

「冷凍のうどんだけどね。冬の朝には温かい物が食べたくなって、良く作るんだ。麺つゆ使えば簡単だし。」


「そう言えば、熱心に観ていた様だけど、詳しいの?器とか。」

「好きなだけです。目利きとかは出来ません。」

「使うの前提だから、そんなに高い物は無い筈だけど。」

「そうですか?骨董の類は分からないですけど、蒔絵の漆器とか薩摩切子も有りましたけど。」

「そっかぁ。結構お金かけてたのかな?」

「長い時間かけてコツコツ集めたのかもしれないですね。」

あまり興味が無かったから話半分に聞いていたかもしれない。だって、辰砂の赤がどうのとか、この貫入の入り具合がどうのとか、刷毛目の勢いがどうのこうのと言われても解らないじゃないか。

「理解してしてくれる人が現れて器も喜んでるかも。」

きっと叔父さんも喜んでる。会わせたかったなぁ。

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