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僕達の日常  作者: さきち
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出会い

二日酔いの気持ち悪さと頭痛とを我慢しながら、手早く身支度をすませた。化粧ノリは悪い。二時間ほどしか眠っていないのだから当然か。一晩泣き明かした目元は腫れぼったい、蒸しタオルを目に当てて少しはマシになったはず。明らかに何かあったと周りに思われたくなくて、いつもと同じ時間に起きて、いつもと同じ電車に乗る。


五月の半ば頃、今の自分の気分と全く違う晴れ渡った空を見上げて顔を顰める。


彼氏が浮気をしているのを知ってしまった私は、昨夜友人を道ずれに自棄酒に付き合ってもらった。自分の事を全て否定された様な気分になって、惨めで涙が止まらなかった。なんでこんな思いをしなければいけないのか。何がいけなかったんだろうか。思い出すと泣けてくるが、今日はもう泣かない。化粧が落ちてしまう。

大丈夫と自分に言い聞かせる。鏡の前では上手く笑えなかったが、何とかなるだろう。


電車の揺れが気持ち悪さを増幅させて、しゃがみこみたくなる。何とか踏ん張って、電車の壁に頭を預けて目を閉じた。


「大丈夫ですか?」

目を開けると、背の高い男の人が自分に声をかけていた。眼鏡の奥の瞳が心配げにこっちを見つめている。

「ただの二日酔いなんで、気にしないでください。」

私は無理矢理笑顔を作って彼に返した。

「降りなくても平気ですか?」

相当辛そうに見えたのだろうか。

「次の駅で降りるので大丈夫です。心配してもらってありがとうございます。」

それで終わりだと思ったのに。


「すこし椅子で休んではいかがですか?」

そう言うと彼は、私と一緒に電車を降りてしまった。

「あの、本当に大丈夫ですから。」

彼が会社に遅れないか心配になる。

「ここに座って少し待っていてください。」

私はベンチに腰掛ける。少し楽になって、息をつく。目を閉じると世界に一人取り残されたような気がした。周りの喧騒が意識から遠ざかる。いつまでそうしていたのか、それとも少ししか時間が経っていないのか。男の人の声で我にかえる。

「これ、二日酔いによく効くドリンクなんですけど、どうぞ。」

彼は私に視線を合わすためにしゃがんでいた。優しい人だなぁと思いながら、受け取る。

「ありがとうございます。」

ドリンクの蓋を開けて、一口飲むと不味さに顔をしかめてしまった。

「ものすっっごく不味いんですけど、良く効くんですよ。」

「飲む前に言ってください。」

思わず突っ込んでしまった。なんだか可笑しくて、笑ってしまう。彼もすみませんと言いながら笑っている。

飲み干してしばらくすると、楽になった気がした。

もう大丈夫だと思ったのか、仕事の時間が迫っていたのか、彼はではと言って歩き出す。

「待ってください。お礼がしたいんですが、お名前教えて頂けますか?」

私は慌てて呼び止めた。

「黒川です。お礼は結構です。大したことしていませんから。気にしないでください。」

彼は私に微笑む。

「でも。それではこっちの気がすまないのですが。」

私は言い募る。

「じゃあ、そうですね。今度出会えたら、僕とデートしてください。」

「は?」

私は間抜けな声を出してしまった。

「冗談です。気にしないでください。では。」

私が呆気にとられている間に、電車に乗って行ってしまった。

「変な人だったな。でも優しい人。」

また、会えたら今日のお礼を言おう。そう考えながら私は立ち上がる。


楽になったのは身体だろうか、心だろうか。冷えていた心に、暖かさが戻った気がした。


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