電話
いつもの様に彼と電車で別れた。
失敗した。あんな事言うつもりじゃなかったのに。
ただ一緒に居たかっただけなのに、自分の気持ちを分かって欲しいと思ってしまった。彼は正しい。正しいけれど、それを当然の事だと切り捨てられたく無かった。これは欲なのだと思う。嫌われてしまったらどうしよう。後悔で胸が押し潰されそうだ。
家まで送って行くと言ってくれたのに、断ってしまった。なんて可愛くないんだろうか。
でも、同情で気を引きたくはなかった。そんな事で彼に甘える事は出来ない。強情な性格だと自分でも思う。
そんな事を考えているうちに家に着いた。
さっさとお風呂に入って寝よう。今日は色々あり過ぎた。
ゆっくり湯船に浸かる。このまま不安も溶けて流れてしまえばいいのに。いつもよりノロノロと風呂場に居座り続ける。もうふやけてしまうという直前まで浸かり続けた。手がシワシワだ。
顔の手入れをして髪を乾かす。そういえば、鞄の中にスマホを入れぱなしだった事に気付く。
充電しておこうと手に取ると、黒川さんからメッセージが届いていた。その内容に驚く。電話しても良いですか?来た時間を見ると一時間以上経っていた。これまだ有効かな?はいと送って待っていたが、来ない。もう時間切れかぁ。残念。
歯を磨いて寝ようと洗面台へ向かう。あくびをしながら歯を磨いた。そう言えば寝不足だったと思い出す。今日はふて寝だな。
充電器にスマホを繋いで、電気を消した。ベッドに寝そべる。
心配してくれたのにな。キュッと胸が締め付けられる。ありがとう、そしてごめんなさい。そんな事を思いながら、布団を被って目を閉じた。
電話のコール音が聞こえる。誰だろう?寝ぼけた頭で考える。条件反射ではいと電話に出る。気を抜くと目が閉じてくる。
「…もしもし。寝てたの?」
低い声が耳に心地いい。ああ、黒川さんだ。
「…夢かな?黒川さんの声がする。」
「夢ではないと思う。寝てたならまた掛け直すけど。」
「駄目です。」
あなたの声が聞きたいんです。
「眠いんじゃないの?」
「眠いですけど、駄目です。」
「…。」
「なんか喋ってください。」
「…今日はごめんなさい。君を傷つけた事をもう一度謝りたくて…。」
「私こそごめんなさい。本当に可愛くないですよね。」
「君を可愛くないと思った事なんてないけど。」
「…本当に?」
「本当に。何でもするから許してください。僕のできる事に限られるけど。」
「…何でも良いんですか?」
「うん。」
「じゃあ、私が寝るまで電話を切らないでください。」
「わかった。」
「なんか喋ってください。」
「う〜ん。そんな事言われても。」
「好きなんです。黒川さんの声。聴いてると安心する。」
「僕の声は子守唄がわりですか。」
「…はい。…大好きですから。」
「…それって声のこと?」
「……。」
「…寝た?」
「…おやすみ。」
私は微睡みの中、耳元で優しい声が聞こえた気がした。
次の日に目が覚めたとき、夢だったのでは?と思ったが、着信履歴に彼の名前があることに、頬が緩んだ。
でもふと気付く。なんでも良いって言ってたのなら、付き合ってくださいと言えばよかったと後悔した。
まぁ、そんな歪な関係はうまくいかないと分かっているので、チラリと思っただけだけど。それにしても、あれ程心地良く眠りについたのは久し振りだ。
「声、録音させてくれないかな?」
そんな事を考えたが、そんな事を提案したらドン引かれることは請け合いである。さすがに変態認定はされたくないので諦めるしか無かった。
愛情とは違っていても、距離は縮まった気がする。少しずつ近付いて行けたらいいな。