表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の日常  作者: さきち
128/135

病室にて2(番外編)

 ずっと立ち話だった事に気付いて、ああ、ごめんなさいと言いながら、マリンちゃんは俺達に椅子を勧めた。個室のソファーに座ったら、マリンちゃんは冷蔵庫から紙パックのジュースを取り出し、手渡してくれる。

 おそらくお店の様子が気になって、それどころじゃなかったのだろう。莉子が手伝いを申し出た事で、少し安心した様だ。

 そういえば倉田さん、もうそろそろ着く頃だと思うんだけど、道が混んでいるのだろうか…?俺は時計を確認してしまう。


「若い頃から煙草吸ってたから、自業自得よね。」

 フッと自嘲気味に笑って、自分用のジュースを持ったまま、彼女は軽くベッドに腰掛けた。

「だからって、倉田さんに内緒は無いんじゃない?」

「だって、心配されたくなかったんだもの。」

 何でもないことのように、彼女は言う。手術自体は難しいものではないとは言え、失敗する確率がゼロではないのだ。

「口からだから、首に痕も残らないし、バレないかなって。」

 いやいや、そういう問題じゃない。夫に内緒ってどうなんだ?って話なのだ。

「本当は違うでしょ?何を心配してんのさ?」

 やっぱり彼女の行動は、不合理だと俺は感じてしまう。

「…怖かったり、不安だったりしないと、逆に不安だからさ…。」

 ポツリとマリンちゃんは呟く。

「どう言う事?」

「総司が一緒にいてくれたら、安心してしまうでしょう?」

「それの何処がいけないの?」

 やっぱり、よく分からない。家族に付き添ってもらって不安を和らげる事は、普通の事だと思ってしまうんだけど。

「…私達みたいな女は、色々な物を切り捨ててここまで来たわけ。だから一番欲しいものを手に入れた今、他のものを失うんじゃないかって怖くて仕方がないの。」

 チラリと聞いた覚えがある。家出同然で飛び出してきたらしく、実の家族とは絶縁状態なのだとか。

「自分が病気だって知った時、ホッとしたんだよ?なんでか分かる?」

「……分からない。」

「バランスが取れたと思ったんだ。こんな幸せが、いつまでも続く筈がないと思ってたから…。ああ、やっぱりって。でもこの程度なら、良いだろうって。病気が、彼や私の周りの人じゃなくて、私のところに来てくれた事に、感謝したぐらいだよ。」

 そんな風に思っていたなんて…。飄々とした態度は、病気を受け入れた結果だからなのだろうか?それでも不安な方が、ある意味安心するって、どうなんだろう?幸せ過ぎると怖いだなんて…。

「ずっと家族が欲しかった。私のありのままを受入れてくれる家族が…。幸運な事に、それを私は手に入れた。一度手にしてしまった幸運が、手のひらからこぼれ落ちる様に…なくなってしまう事が、どれだけ怖いか分かる?」

 マリンちゃんの手は震えていた。俺は立ち上がって、その手を思わず握る。

「…そんなの、もうずっと前に手に入れてるじゃないか。少なくとも母さんは娘だと思ってるし、俺は姉だと思ってるよ。」

「……。」

「マリンちゃんにもしもの事があったら、俺は誰に相談すれば良いんだよ?困るんだよ。そんなの!」

 ああ、もう!ただの八つ当たりだ、こんなの!もっと、頼ってよ。俺は、マリンちゃんに、昔よりは頼れる人間になってると思って欲しいんだ。

「…愁。」

「マリンちゃんが幸運なのは、マリンちゃんが努力した結果だ。この手からそれが離れる事は無いんだよ…絶対に!」

 この世に絶対なんてない。だけどそうは思っても、信じたかった。絶対に大丈夫なんだと…。


「大丈夫だよ。」

 その場を柔らかい空気で包む様な、静かな声が聞こえた。

 倉田さんがいつの間にか部屋に入っている。ふわりと異国の風を感じた気がした。

「総司!何でここに居るの?」

 マリンちゃんは、目を丸くして驚いている。

「地球の裏側にいても、君に何かあれば駆け付けるって言っただろ?今回はせいぜい、飛行機で五時間ぐらいの距離だけど。」

 俺はマリンちゃんの手を離す。ちゃんとバトンタッチしなくては…。

「愁君から聞いたんだ。何で大事な事を黙っておくの?僕達はもう家族だろ?」

 倉田さんはツカツカと歩いて、マリンちゃんの前に立つ。

「…胸の時と同じ様に、知らない内に済ませておきたかったの。」

 彼の視線から逃げる様に、横を向く彼女。

「僕は、君が不安な時には側にいたいって思ってるよ?」

 彼女の逃げた視線の先に、倉田さんは自分を移動させた。

「私は…あなたにそんなとこ、見せたくないもの。不安は、自分でなんとかしないといけないものでしょう?それを人に頼ったら、自分がどんどん弱い生き物になってしまう気がして…。」

 視線の逃げ場をなくしたマリンちゃんは、俯く。

「どんな君でも、僕は好きだよ?人間で興味があるのは、君だけだって言っただろ?」

「それは凄く嬉しいよ?でもね…私がいなければ、あなたはもっと高く飛べるかも…って思ってしまうんだよ。」

 彼女は、更に俯いてしまう。どんな表情をしているのかは、前髪で隠れて見えなかった。

「…君がそんな風に思ってしまうのは、僕の羽根が脆弱だからだ。君を乗せて飛んでも、びくともしないくらいの強さがないからだ。」

「違う!違う!そんな風に思っていた訳じゃないの!」

 ハッとしてマリンちゃんは、顔を上げて倉田さんの目を見つめた。

「違わない。君を不安にさせてしまったのは、やっぱり僕のせいなんだよ。」

 寂しそうに、マリンちゃんを見つめる彼は、不甲斐ない自分を責めている様に見えた。

「…それに責任も感じてるんだ。」

「責任?」

 訝しそうな表情の彼女は、首を傾げる。

「僕達がまだ付き合う前だけど、休憩室で君は煙草を吸っていただろう?僕は君の煙草の灰が落ち切るまでの間しか一緒にいられないから、もう一本吸ってくれないかな…なんて願ってた。そうなったらラッキーってさ。もちろん身体に悪い事なんて知ってる上で。だから…僕にも責任はあるんだよ。」

 弱々しく笑う彼は、遠い日の自分の感情を恥じている様に見えた。

「馬鹿!そんなの、あなたのせいじゃないじゃない!」

「君がどう思おうと、僕はそう思ってしまうんだ。病気になってしまったのは僕にも責任はあるんだから、側に居させてよ。」

 倉田さんはマリンちゃんの手をそっと手に取ると、ぎゅっと握った。その様子が、本当に大切なものを扱うかの様に感じられて、俺の胸を打つ。

「…馬鹿。」

 彼女の瞳に涙が溢れて、流れ落ちた。…泣き顔なんて初めて見た。

 倉田さんは僕達の前でも気にせず、マリンちゃんを抱きしめる。頭を撫でて、背中をさすると、小さな嗚咽が聞こえてきた。



 マリンちゃんが落ち着いて涙が引いた頃、倉田さんはバックパックから何かを取り出した。

「はい、お土産。」

 それをマリンちゃんに得意げに見せている。

「何?」

「棒付きキャンディ。口寂しいかなって。星形なんだよ?好きだよね?」

「…ありがとう。」

 受け取ろうとした彼女の手は、空を掴む。彼がキャンディを一度高く上げたからだ。

「はい、アーン。」

 倉田さんはにっこり笑うと、そう言う。少し恥ずかしそうにしたものの、マリンちゃんは大人しく口を開けた。

「…尖ってるから食べにくい!」

 正直な感想だな。

「ありゃ、ハートにしとけば良かったかな?」

 失敗したかな?と笑いつつ、気にしないところが倉田さんだ。

「君達もどうぞ。」

「ありがとうございます。」

 俺達にはアーンではなく、もちろん手渡しだ。愛の差だろう。

「あ、ホントに食べにくい!」

 甘いキャンディの匂いが、病室に漂う。苦手な消毒液の様な匂いが消えて、俺は少しホッとしてしまった。それは目の前の二人の様子を見たから、という理由もあるのだろうと思う。


「…甘い。」

 莉子はキャンディを舐めながら、チラリと俺を見て笑った。本当に甘い。このキャンディも、目の前の二人も。

 倉田さんがくれたキャンディは、海外のものらしく、毒々しいくらいの赤い色をしている。それが、彼女の唇や舌を赤く染めていて、艶かしさを感じ、少しドキドキしてしまった。

「本当。」

 二人で顔を見合わせ、笑い合う。

 俺達もこんな関係になれたらな…。莉子を見つめて思ってしまう。少しずつでも良いからさ。

 今週はお休みだと言ってしまったのですが、連休で時間が取れたので、投稿いたしました。話が中途半端なのが気になっておりまして…。楽しんで頂けると、嬉しいです。

 ではまた☆もう少しで完結ですが、よろしくお願いいたします♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ