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僕達の日常  作者: さきち
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思い出話(番外編)

 会社が定時に終わったので、何気なくマリンちゃんのお店に足を運んでみた。暑い日だったので、ビールが飲みたくなったという理由もある。

「いらっしゃい、愁!良かった!明日から少し休むから、今日来てくれて嬉しいわ!」

 いつものハグで迎えてくれる。莉子に許可は貰っているので、いつも通りだ。

「休むってまたどっか身体いじるの?」

 彼女はプロ意識が高いので、仕事には手を抜かないイメージだ。

「うん、まぁ、そんなとこ。」

 彼女の稼いだお金だから、好きに使ったら良いと思うけど、この前豊胸手術したばっかりじゃなかったっけ?身体に負担にはならないのだろうか…。

「そんな顔しなくっても大丈夫よ?ただのシミ取りだから!」

 パチパチってやって終わり!と彼女は笑う。

「シミなんてないでしょ?」

 手入れされた綺麗な肌には、シミなんて見当たらない。

「ファンデーションで隠してるだけ。顔だからしばらく休むだけよ?」

 フィルムみたいなのが取れるまでは、お客さんに顔を見せられないし、なんて彼女は言う。

「もう、ママったら、今回は急なんだもん!いつもは用意周到なのに…。」

 カウンターの中から手招きをしてくれた、蘭ちゃんが言う。

「ゴメンって。ちょっと思い付きでね。みんなが居るから大丈夫だと思ったの。」

 いざとなったら、裏方として駆けつけるからなんて笑っている。

「イイけどぉ、ママ目当てのお客さんの予定入ってるのに、ママらしくないって言うかぁ?」

 確かに、仕事は完璧主義者のマリンちゃんらしくはない。

「今回だけ!頼りにしてます!」

 そんなにシミが気になるのだろうか?こういう仕事をしているから、死活問題なのだとしたら、頷けるんだけど。

「はぁい!頑張りまぁす!」

 そんな会話に違和感を覚えながらも、俺はいつもと事だと思い直す。


「で、どうなの?順調?」

 俺がいつものカウンター席に座ると、マリンちゃんも隣に腰掛けた。

「この前デートしてたらさぁ、戻って来たら車に鳥の白いウンチが…もうガックリだったんだよ。」

「正確には白いのはウンチじゃなくってオシッコ。黒いのがウンチね。」

 鳥は飛ぶために身体を軽くしていたいため、排泄物を貯めて置けない。正確にはどっちも肛門からするから、混じるのだと言う。

「詳しいね。あ、倉田さん?」

「そう。あの人熱心に、鳥のフンの話をしてくれたのよ。まだ付き合ってもいない頃だけど。」

「あはは、何か想像つく!」

 それにしても鳥のフンなんて、色気のない話だ。そこが倉田さんらしいと笑えてくる。

「休憩中に他の動物の話なんかも、色々ね。楽しくてつい、いつも一本だけって決めてた休憩中のタバコの回数が、二本に増えちゃったこともあったっけ?」

「次はいつ帰って来るの?」

「う〜ん、今度は長いみたい。写真集が売れて資金の心配が減ったから、なかなか帰ってこないんだよ、最近は。」

 写真賞の受賞前と受賞後では、収入が全然違うらしい。確かに彼の名前を耳にする機会が増えていると、俺も感じていた。

「寂しい?」

「…まぁね。」

「でも、どうしてもって、連絡すれば帰ってくるんじゃない?」

 倉田さんは優しい人だし、何よりマリンちゃんに惚れている。留守中、俺にマリンちゃんの事を頼んで行くぐらいには。もちろん、倉田さんの事だから、他の仲のいいお客さん達にも、頼んでいるに違いないのだ。飄々としている割には、意外と心配性だと笑えてくる。

「多分そうだけど…、仕事の邪魔したくないしね。分かってて一緒にいるんだから。それに…。」

「それに?」

「飛び回ってる方が、あの人らしい。それこそ鳥みたいに…。私は彼の重荷にはなりたくないし、どこまでも自由でいて欲しいんだよ。」

「倉田さん、マリンちゃんを重荷だとは思ってないと思うよ?」

「知ってる。私が望むなら、地球の裏側にいたって、飛んで行くって言ってくれるんだもん。」

「倉田さんってそんな事言うんだ?愛されてるねぇ。」

「帰る場所があるから頑張れるって。だから私はここに居るんだよ。」

 ここは彼の家の一つだし…、もちろんみんなの家でもあるし、愁の秘密基地でもあるけどね、と彼女は笑う。

「それはどんな気分なの?待ってるのって。」

「待ってるつもりはないかな?私は私で進んでるし。全然別の事をしてるけど、一緒に前に進んでるって思ってるよ。そうじゃなきゃ、置いて行かれそうだもの。」

 少しだけマリンちゃんは遠い目をした。

「置いて行かれないって。倉田さんなら、一緒に立ち止まってくれるんじゃない?」

「そうかなぁ?彼のメディアでの露出が増える度に、何とも言えない気分になる。一緒にいるのが私で良いのかって…。彼が自由に飛ぶために、私は邪魔かも知れない…。」

 いつになく弱気な発言が、彼女らしくなくて戸惑う。それとも、これも彼女の一部なのだろうか…。

「私は彼が高く飛ぶ為なら、切り捨てられても構わないのにな、それこそフンみたいに…。」

「そんな事…倉田さんが聞いたら、悲しむよ?」

「彼には言ってないから大丈夫!ゴメンね、愚痴って。」

 だけど、俺は嬉しかった。愚痴を言ってくれるって事は、気を許してくれてるという意味だと解釈しておく。でももし、好きな相手ほど、弱さを見せられないのだとしたら、それは少し寂しい。

「そういう事も言ってみなよ。愚痴ったぐらいで、倉田さんは嫌いにならないよ。だって、心が広い人だもん。」

「…知ってるよ。知ってるから、余計に自分で良いのかって思ってしまうんだよ。私は…彼には強い自分を見せたいんだ。」

 ああ、やっぱり…。ねぇ、もっと、楽に生きてよ…。


「…俺は倉田さんじゃないから分からないけど、俺なら全部見たいよ?強い部分も、弱い部分も。」

「莉子ちゃん?」

「そう、一人で泣いて欲しくない。たとえ力になれないのだとしても、辛い時にも、不安な時にも、一緒にいるぐらいは出来るだろ?」

 俺は莉子を思い出す。意外と繊細な性格だと知ってしまってから、大袈裟だけど守ってあげたいと心から思う様になった。

「…良い男になったね、愁。」

 しみじみと彼女は呟く。

「おかげさまで。マリンちゃん達の、教育が行き届いてますので。」

「教育ねぇ…これは、社会貢献した事になるのかしら?」

「良い男を世の中に一人増やしたんだから、立派な社会貢献じゃない?」

「自分で言う!?」

「自分で言う!」

 だって、誰も言ってくれないもん。

「…そっか。それは良かった。私は、子供は産めないからね…。」

 また…彼女らしくない弱音だ。それとも本音なのかな?

「…それだけが、社会貢献じゃないよ?」

「知ってるけど、心は女なのよ?私。」

 ふっと彼女は笑う。マリンちゃんは、憧れはあるのだとポツリと呟いた。

 ああ、やっぱり複雑なんだろうなぁ…。性同一性障害と診断されているので、マリンちゃんの戸籍の性別は女になっていると聞いた。だから結婚も出来るのだけれど、ただ子供は産めない。どんなに望んだとしても…。

 もしかして、彼女の私で良いのかという言葉には、そういう思いも含まれているのかも知れなかった。

「海外では養子をもらう同性のカップルもいるんだから…どんな形でも良いんだよ。一緒に進めればさ。」

「…そうね。」

 本当に良い男になったねと、マリンちゃんは笑いながら俺の頭を撫でた。わしわしと少し乱暴なくらいの強さで。


 俺は思う。信じてあげて欲しい、倉田さんの想いを。どんなに愛されているのかを、知って欲しい。それはマリンちゃんが思っているよりも、もっと大きな愛だと思うから…。

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