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僕達の日常  作者: さきち
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ラーメン3

今日は彼女の姿が見えない。休みだろうか?朝も居なかったが、たまたま席を外しているだけだと思っていた。気になって赤城さんに聞いてみた。

「急用で遅れるみたいです。」

少し困った顔をして言うのにひっかかる。

「そうなんだ。何かあったの?」

「…私の口から言うのは気が引けるので、本人に聞いてください。」

では失礼しますと席に戻ってしまった。


そういう言い方をされると益々気になる。メッセージを送ってみようか。でもと考える。ラーメン友達程度の僕が聞いて良いことだろうか。スマホを弄びながら文面を考えた。思い浮かばなかったので伏せて仕事に集中する。


昼休みに青木が誘いに来て、社食に行った。食事を受け取り空いてる席に着く。

近くに座っている女性達が噂話をしていた。聞くつもりは無かったのに、彼女の名前が出てきたので思わず聞き耳を立ててしまった。

事務の白石さんが痴漢にあったらしいという内容だった。見ていた人がいたようだ。

成る程、赤城さんが言葉を濁す筈だ。僕はいつもと同じ様に食事の写真を撮って彼女に送った。ついでに今日の夜、ラーメンどうですか?とも送ってみた。

ラーメンで癒される彼女には必要だと思ったのだ。すぐに行きますと返事が来る。僕は何処に食べに行こうかと考えながら、昼食を食べた。


仕事が終わって、前と同じ様にカフェで待ち合わせる。二人で移動して店に着くと、店内はあまり混んでいなかった。ほぼ定時で仕事を終わらせたからかもしれない。席について注文する。

「ここ、青木に聞いたんだけど貝の出汁が効いていて美味しいんだって。」

「楽しみですね。」

笑顔で言う彼女は、普段と変わりない。もう少し落ち込んでいるかと思っていたから、拍子抜けした感じだ。

「どうかしましたか?」

僕は彼女をジッと見ていた事に気付き、何でもないと視線を逸らした。

「もしかして知ってます?」

彼女は苦笑いしながら僕を見た。

「…たまたま、小耳に挟んだだけ。」

僕は少しばつが悪く感じてしまう。気付いてない風に装っていたつもりだが、大根役者ぶりが露呈してしまった。迂闊だったかもしれない。思ってる事があまり表情には出ないタイプなんだけどな。

「なんか、見られてたみたいで。会社でも知られてしまってる様ですし、気にしてませんから。」

「そう?」

「逃げようかと思っていたら、逃げられなくて困りました。ついてないです。」

少し困った顔で彼女は言う。

「…何で、君が逃げるの?悪い事した訳じゃないでしょ?」

「だって、面倒くさいじゃないですか。」

「面倒くさい…。でも犯人は罰せられるべきじゃないかな?」

僕は、納得できなくてつい咎めるような口調で言ってしまう。

「それは正論ですけどね。知ってますか?警察で、何処をどんな風に触られたか詳しく聞かれるんですよ。どういう状況だったかの写真も撮られるし、文章が出来たらそれを声に出して読み上げられて。それをするのが女性警察官であるとは限りません。それに、犯人に私の名前も知られてしまいますし、弁護士から示談にしてくれっていう不愉快な電話もかかってくるし。そういうことの一切を、避けて通れたら通りたいと思う事は悪い事ですか?」

彼女の言葉から怒りが伝わってくる。いや、傷付いているのか。そうだ、傷付いていない筈がなかったのに。

「私だって、どうするのが正解かなんてわかってます。でも傷付くのが嫌だと思ってはいけませんか?ただでさえ、傷付くんです。こっちは暗い道を一人で歩けなくなるくらい恐怖を感じるのに、犯人が罰せられなかったらやり切れません。やり切れないけれど、罰せられたとしても、私の気持ちが晴れる訳ではありません。目に見えない傷が何年も残る。なら、もうこれ以上傷をえぐりたくないと思ってはいけませんか?」

彼女は縋るような目で僕を見た。

「…ごめん。無神経だった。」

「私も八つ当たりです。」

彼女は自嘲する様に顔を手で覆った。


その日のラーメンはいつもよりしょっぱく感じた。

家まで送ると僕は言ったけれど、彼女に断られた。

「暗闇が怖いって言ってなかったっけ?」

「それは昔の事です。今回はそれ程でもないですし。もう大丈夫ですから。同情されたくて話した訳ではありません。」

「同情じゃなくて心配のつもりなんだけど。」

同じ事ですと彼女は言う。

「それに…こんな事はよくある事です。」

…よくある事。確かにそうかもしれないが。当人がそんな片付け方をしたい筈がないと、僕は思ってしまう。


いつもの様に電車の中で彼女と別れる。

同情されたくないと、こんな事はよくある事だと言った顔が姉のそれと重なる。

こんな僕でも、力になれることもあるんじゃないかと考えるのは傲慢だろうか? でも結局今回も、何も力になれなかったという無力感だけが残った。

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