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僕達の日常  作者: さきち
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相談(番外編)

 彼女がやって来たのは、偶然ではないだろう。インターホンの音と一緒に、彼女はやって来た。


 赤城莉子ちゃん。私のアパートの住人で、愁の惚れている相手だ。確かに華がある美人だけれど、派手な格好をしている訳ではなく自然体な感じ。ビール好きなところが、私と気が合うところで、その上料理が趣味だとたまに自信作を持ってきてくれたりする。大抵はビールに合いそうなおかずか、おつまみだったりするのだけれど、今日は違う。紅茶に合いそうなスコーンと、フルーツタルトに、サンドイッチだった。お茶の時間だからだろうか…。

 お菓子はあまり作らない彼女なのに、色鮮やかなタルトがある。もちろん私は甘いものも好きだけど、もっと喜びそうな人物に心当たりがあった。…調子に乗りそうだから、伝えない方が良いだろうかなんて意地悪な事を考えてしまう。愁はもう少し苦労した方が良い。苦労した分だけ良い男になる気がするからだ。

 お茶の時間にでもどうぞと言って、彼女はそれらを差し出した。ありがとうと受け取る。

「…あの、えっと…。」

 何か聞きたそうな彼女は、言葉を探す様に俯いた。

「愁は、今日は法事で来てないけど?」

「…そうですか。」

 これは知っている顔だな。じゃあ何だろう?愁の連絡先を知っているはずなのに、どうして私の所に来たのだろうか?

「何か聞きたい事でもあるのかな?」

「はい…。あの、大した事じゃないんですけど…。」

「でも聞きたいんでしょ?」

「…はい。」

 何が聞きたいのかと思ったら、愁の好きな物らしい。次のデートは彼女が考えると言ってしまったのだとか。順調そうだなぁ。

「私が考えるって言ってしまった手前、どうしたらいいのか分からなくなって。何が好きかも分からないし…。」

 困った様に、眉毛が下がっている。真面目な所があるから、考え込んでしまって、袋小路に陥っていまってるらしい。

「何でも良いと思うけど?だって愁はあなたと居るだけで嬉しいはずだから。」

「…もう少しヒントをください。」

 すがる様に私を見詰める彼女。私は、こういう顔に弱いのだ…。

「ああ見えて、甘い物好きなのは知ってると思うけど。後はそうねぇ…。」

 私は愁の好きな物を指折り数えながら、彼女に教えた。

「ありがとうございます!」

 来た時とは打って変わった様に、明るい笑顔で彼女は帰って行った。


 間も無く、再びインターホンが鳴る。誰だろうと玄関を開けたら、マリンちゃんだった。

「今のって、住人の子よね?何度かエレベーターで出会った事あるわ。挨拶ぐらいしかした事ないけど。」

 ああ、莉子ちゃんに会ったのか。

「そう、綺麗な子でしょ?赤城莉子ちゃんって名前なの。愁がお熱になってる相手よ。」

「あの子がそうなのね…。」

 マリンちゃんは興味深そうに頷く。

「どうなの?順調そう?」

 やはり、愁に相談されてるのだろう。気進展具合が気になる様だ。

「それが、面白くないんだけど、順調そうなのよ!」

「面白くないって…。」

「だって、あの子、あまり恋愛で苦労した事ないじゃない?もう少し凹まされても良いと思うの。」

 もう少し上手くいかない事とかあって欲しい。そう思ってしまうのは、…韓国ドラマの見過ぎだろうか。

「そうでもないよ?今までと違って、一喜一憂してるもの。彼女の事では。」

 そうなの?息子の恋愛事情は、マリンちゃんの方が詳しいらしい。

「マリンちゃんはどうしたの?こんな明るい時間に。」

「美穂さんにお願いがあるんだけど…。」

 私より背が高い彼女だが、視線を低くして上目遣いで私を見る。頼られると嬉しいもので、私はそうやって住人のお願いを聞いてしまうのだ。

「玄関先じゃなくて、中に入って。莉子ちゃんが持って来てくれたお茶受けがあるから。」

 お邪魔しますと彼女は、慣れた様子でリビングのテーブルに腰掛けた。紅茶をセッティングして、タルトやスコーンが乗ったお皿を真ん中に置いた。マリンちゃんは、わぁ、美味しそう!と笑顔になる。朝ごはんをまだ食べてないと笑う彼女にとって、この時間こそが朝なのだろう。


「美穂さん、これにサインくれない?」

 私は彼女の持って来た書類を受け取った。中身を確信して、思わず息を飲む。

「…彼は、知ってるの?」

「…知られたくない。」

 二人の間に沈黙が落ちる。マリンちゃんは頑固な所があるし、それが意志の強さの表れでもあるのだけれど、少し危うさも感じるのだ。一本の木は折れやすいが、束になると強い様に、誰かに…、彼に頼れば良いのに…。だけど、私は彼女の性格を知っている。長い付き合いだから。

「…言っても聞く様な、あなたじゃないものね。分かったわ。」

 思わずため息が出る。一応私には頼ってくれたから、良しとしようと心を納得させる。そして心の中で、彼に謝った。

「ありがとう、美穂さん!」

 弾んだ声に、やれやれと思う。

 詳しい説明を聞きつつ、お茶の時間を過ごした。近況なんかも交えて話すと、時間は瞬く間に過ぎて行く。

 私は書類にサインをしながら、全てが上手くいって、笑って彼に話せる様にと願った。


 帰り際に玄関で彼女を見送る。

「困った事があったら、言うのよ?あなたはもう少し、他人に甘えた方が良いわ。あなたを支えたがってる人間は、あなたが思っている以上に多いのよ?私も含めて。」

 驚いた様に少し目を見開いた彼女は、次の瞬間ふっと笑って深く頭を下げた。


 管理人の仕事をしていると、秘密を抱え込む事も多い。少し胃が重たく感じるのは、食べ過ぎか、抱え込んだ秘密のせいか…。

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