雨と傘(番外編)
会社帰りのデートは、とても楽しかったのが自分でも意外だった。もっと尊大な性格だと思っていたのに、気さくだったというのもある。彼は聞き上手で、色々話してしまった。話の流れから、来週の日曜日にデートの約束をしてしまうほどに。
その事を電話で結衣に話したら、縁結びの神様の御利益だと弾んだ声で言ってくれた。私も縁が欲しい!と笑う声で言う。心配していたけれど、この様子だと元気そうだ。転職するまでの我慢だと割り切って、仕事をこなしているらしい。面接の日程が決まったから、その報告もしてくれた。どうか通ります様に…。
雑貨屋巡りが好きだと言ったら、彼も好きだと言った。一緒に行こうという話になって、ついでに映画と食事もと本格的なデートになってしまっている。
待ち合わせの時に、彼が今日はパンツスタイルなんだね…って微妙な顔をされたので気になった。雨の予報だからって言ったら、こういう場合はどっちなんだ!?と小声で呟いていた。…まぁ、いっか。気にしないでおこう。
予定通り、何軒か雑貨屋を巡る予定だ。雑貨屋で、木彫りの可愛いウサギの人形に出会った。13センチくらいのウサギちゃんは、二匹並んで笑っている。
「まるで恋人みたい…。」
ポツリと呟いた声に、店員の女性が、実はそうなんですと答えた。
「この人形は、同じ木から掘り出されたんです。作家の方が、恋人同士として作ったそうですよ。もちろん単品でも大丈夫ですけどね。」
「…でも、離れ離れになったら可哀想ですね。」
「そうですねぇ。」
値段を見て考える。手彫りな上、作家物なので良いお値段がする。一匹だったら手が出るけれど、二匹分だと躊躇してしまう値段だった。貯金には手を付けたくはないし…。う〜ん、せめて給料日後だったらな…。
仕方ないので諦める事にした。ため息をついて、気持ちを切り替える。今日は、縁が無かったんだろう。
「買わないの?」
彼は首を傾げて私を見詰める。
「うん。」
もしかしたら、次に行った時にまだある可能性も考えて、ショップカードを店員さんに貰ったら、俺もと言って彼もカードを手に取った。
店の外の出ると、いつのまにか雨が降り出している。傘を持って来て良かった。折り畳み傘を鞄から取り出す。彼も自分の持って来たビニール傘を開いた。
ランチを済ませ、トイレに行って戻って来ると、彼が電話をしている光景が目に入った。
私に気付くと、慌てて電話を切る。そんな事で怒ったりしないので、気にしなくて良いのにな。
映画を観終わり、辺りが明るくなる。傘袋に入れて隣に置いておいた、彼の傘が無くなっていた。
「あ、傘無くなってる。ビニール傘だから間違えられちゃったのかも。」
彼の隣の席に、忘れられた傘があった。彼は席を立ってそれを持ち、館内のスタッフに忘れ物ですと手渡した。
外に出るとまだ雨が降っている。止む気配がない雨を見詰める、彼の横顔には困った様子もなく、ただその事を普通に受け止めているのだろう。私も含めて人は、天気の良し悪しを自分の都合で考えてしまいがちだけれど…。
「私の傘、使いますか?」
「コンビニで買うよ。」
「勿体無いですよ。」
「でも、また使うし…。」
「折り畳み傘だから、大きくないんですけど、それでも良ければ入ってください。」
「相合傘だけど良いの!?」
大袈裟に言う彼の様子に、思わず笑ってしまう。
「あ、やっぱり小さいですね。」
「大丈夫!」
彼の方が背が高いので、俺が持つと傘を持ってくれた。
傘に雨粒が当たる音を聞きながら、並んで歩く。隣の彼の腕の体温を感じていた。くっ付かないと濡れてしまうからだ。物理的な距離の近さが、心の距離を縮めている様な気がするのは何故だろう?その距離が、嫌ではないのは…何故だろう?
「今日が雨で良かったな。」
そう言って笑う彼が、可愛く感じてしまう。もしかして、私は…。
アパートの部屋の前まで送ってくれた。私は濡れなかったけれど…。
彼の肩が濡れているのを見て、申し訳ない様な、嬉しい様な何とも言えない気分になる。
「タオル持って来ます。」
「この位、大丈夫だって。」
「でも…。」
せめて傘を手渡そうとしたら。
「母さんの家に傘あるから、それ使うよ。」
「じゃあ、また!」
笑顔で手を振る彼に、手を振り返す。私、彼と離れるのが、少し寂しいと感じてしまっている。そんな自分の気持ちに、戸惑う。
まだ数回しか会っていないのに…何故?
もしかして、私は…。
次の日の朝、外のドアノブに紙袋がぶら下がっていた。中を見るとメッセージカードが入っている。
『傘を貸してくれたお礼 緑川 愁』
紙袋の中身は、私が買うのを諦めた、恋人同士のウサギだった。
ちょい遅くなりました。すみません…。