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僕達の日常  作者: さきち
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奇跡(番外編)

 この日、母さんの家に行ったのは、たまたま足が向いただけ。


 落ち込んだ様子を、会社の誰かに気取られたくは無い。だけど無理をしていると、やっぱり疲れてしまうもので…。のんびりぐうたらしたい時は、母さんの家に行く。これはもう、小学生の頃からだから、癖の様なもの。

 プラプラと街を歩いて、美味しそうな海老煎餅を見つけたので、母さんへのお土産に持って行こうと二、三袋ほど買った。母さんは一人暮らしだけれど、アパートの大家をしているので意外とお客が多い。それに俺も食べるから、すぐに無くなるだろう。

 一階、二階には学習塾がテナントで入っているけれど、三階より上は賃貸アパートと母さんの住んでいる部屋がある。フリースペースは住人や近所の人が使えるようになっていて、たまに貸し出したりもしているらしい。もちろんセキュリティーはしっかりしている。なんせ、父が心配性だから…。だからなのだろう、住人ほぼ全てが女性なのだとか。


 ほぼと言ったのは、身体が男性でも心は女性な人もいるから。何故そんな事を知っているかというと、結構な古株の住人で、大家の息子の俺を昔から可愛がってくれているからだ。夜のお店で働くその人は、源氏名をマリンちゃんと言う。大人になってお酒が飲める様になった今は、たまに彼女に会いに、お店に行く様になった。いろいろ相談に乗ってくれる彼女は、俺にとって姉みたいなもの。恋愛相談は母ではなく、彼女にしているくらいだ。

 そろそろ彼女の力が欲しい…。愚痴も聞いてもらいたいし、今夜辺り行ってみようか…。


 落ち込んでばっかりもいられないから、次の作戦を練らないと…。そんなことを考えながら、母さんの家に着いた。留守の様だけど、そんな事は気にしない。鍵も持っているので、勝手に中に入る。部屋の窓が開いたままなので、そう遠くには行ってないだろうと見当をつけたが、案の定母さんにメッセージを送ったら、すぐ戻ると返事が来た。

「窓開けっ放し…。出かける時はちゃんと閉めろって言ってんのに、何度言われても直らないのは何でだろう?父さんが心配するじゃないか…。」

 折角のセキュリティーも、住人の無防備さの前には完敗だな…そんな事を考えながら、お土産の海老煎餅をキッチンに置いた。

 ソファーにごろんと横になる。頭にはクッションを敷き、肘掛けに足を乗せて、行儀が悪いが止めるつもりはない。家では煩いババアが居るので、こんな事すら出来なかった。


「縁があるって、どういう状態なんだろ?」

 偶然バッタリ…みたいな?ないない!少女漫画じゃあるまいし…。飲み会以来彼女には会えていないのは、避けられてたりするんだろうか…?もしそうなら…。

「泣きそう…。」

 思わず、本音と共に為息が出た。

「やっぱり…マリンちゃんに相談しようかな…。」

 今日行っていい?と早速マリンちゃんにメッセージを送ると、もちろん良いよ!とハートマーク一杯のメッセージが来た。彼女はいつもキスマークや、ハートマーク一杯の絵文字を使う。お客さんには、サービスなのだろう。…目がチカチカする…まぁ、一応お客だしね。


 ピンポーンとインターフォンが鳴って、ドアを開けてみたら見覚えのある顔が…。え?え?え?これは夢ではないだろうか!僕の心を掴んで離さない人物が目の前にいる。

 その後はもう必死に、彼女を引き留める事を考えていた。何とか成功して、夢みたいな時間はあっという間に過ぎていく。


 彼女が部屋に戻ったであろう頃に、聞き出した連絡先にデートのお誘いのメッセージを送った。母さんが莉子ちゃんはビール好きと教えてくれたので、会社帰りに一緒に行こうと誘ってみたけれど…。

 返事はまだかと、スマホをじっと見詰めて既読になるのを待っている自分は、何て女々しいのだろうか。営業のエースと言われても、中身はこんなモノだ。

 『良いですよ』と返事が来た時は、天にも登る気分で…。ふわふわした気分で、しばらく良いですよの文字を眺めていた。あ!日程決めなきゃ!と慌てて自分のスケジュールをチェックする。やっぱり金曜日の晩の方が良いだろうと決め、彼女に打診すると『大丈夫です』と返事が。ふわふわした気分は、次にそわそわした気分に変わる。

 近くに彼女の住んでいる部屋があると考えるだけで、嬉しくて…。いつかその部屋に入ってみたい…なんて、気が早過ぎる事まで考えている自分は、側から見れば馬鹿みたいだろうな…。だけど…、奇跡的な縁で繋がってるって思いたい!これは運命だと…。

 

「晩ご飯食べてく?」

 母さんが俺に聞いた。

「ん、要らない。マリンちゃんの店に行って来る。」

 土曜日の早めの時間なら、お客が少ないだろうから、ゆっくり話せるだろう。

「あら、作戦会議かしら?」

 …母にはお見通しらしい。ニヤニヤ顔をして俺を見ている。

「愁に会いたがってたから、丁度良いわ。行ってらっしゃい!」

「…行ってきます。」

 俺は夕方になっても、まだ明るい空を見上げる。この奇跡的な偶然を縁と呼ぶなら、それを絶対に繋げてみたかった。

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