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僕達の日常  作者: さきち
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観葉植物と君(番外編)

 君を見たのは、ある朝の後ろ姿。観葉植物に水をあげていた君。

 スカートの裾から覗くスラリと長い足が目に入る。スタイルが良いな。どんな顔をしているのだろう…。

 彼女は俺に気付きもせず、用事が終わった途端、スッとその場から離れた。

 少しクセのある髪が、ふわりと舞う。少し甘い残り香を残して。

 …顔、分からなかった。


 それが君との出会い。君は、気付いてさえいない。



 俺は、誰に何も言われないのに、植物の世話をしている人が好きだ。自分以外の物に気を配る事が出来る人は、きっと優しい人だと思うから。

 オフィスや店に飾られた植物が、生き生きしているのは、良い会社や店だと思っている。逆に枯れたままの植物を、放置しているのは悪い会社や店だと思う。悪いと言うより、そこで働く人に余裕がないのだろうなと思ってしまうのだ。これは俺の偏見かも知れないけれど、強ち間違いでもない様な気がする。そう言う場所にいる人の顔は、どこか疲れた感じがするから…。


 それから何度か、君を見かけた。植物を慈しむ様な、優しい眼差しに俺は釘付けになった。挨拶ぐらいはするようになって、名前や綺麗な顔をしている事や、事務部で働いている事、仕事が出来ることも知った。知りたくは無かったけど、彼氏がいる事も…。まぁ、仕方ない。美しい花に気付かない男などいない。いない方がおかしいだろう。

 俺はモテる方ではあるけれど、向こうから来られるよりは、自分で行きたいタイプだ。何故なら攻略したいと思うから。つれない相手の方が、攻略しがいがあるというもの。

 君は全く俺に興味がなさそう。挨拶も笑顔なものの、それ以上は踏み込ませない気配が漂っている。素っ気ないくらいの、塩対応が逆に俺に興味を持たせてしまったのを、君は気付いていない。まぁ、彼氏がいるから当たり前かも知れないんだけど。


 気にはなりつつも、仕方ないので、仕事に打ち込んだ。だけど諦めてはいなかった。事務部の同期の女友達に、赤城さんの様子を時々聞いていたのだから。



 そのニュースは、瞬く間に会社を駆け巡った。事務の赤城さんが彼氏と別れたらしいと。みんなが大っぴらに噂をしている訳ではないけれど、密かに静かに、だけど確実に知れ渡っていた。それはもちろん俺の耳にも入る。

 俺は他の人より早く耳に入った方だと思う。いや、多分事務部の人間以外では一番早かっただろう。事務部の例の同期に、聞いたのだから。俺は誰よりも早く手を打った。この時を待っていたと言っても過言ではない。合コンの準備を整えて、彼女に赤城さんを誘ってもらう様頼んだ。


 昼休みに廊下で出会った、例の同期に、ありがとうと礼を言う。彼女はふっと笑って、胸を張る仕草をした。

「私がたまたま、縁結びの神社の写真を待ち受けにしている、彼女のスマホ見て分かったんだから、感謝してよね。」

 そうなのだ。良く気付いた!と手放しで褒めて褒めて、褒めちぎったら、彼女は呆れた顔をした。あれ?自分なりの感謝の表し方だったんだけど?

「前から思ってたんだけど、緑川君って理想高くない?」

「そう?」

「機会を伺ってたでしょう?赤城さんがフリーになるタイミング。」

「まぁね。」

「他で手を打ったりしないの?」

「気になって仕方ないんだから、しょうがないだろ?」

 偉そうに聞こえるかも知れないけれど、綺麗なだけじゃ駄目で、しっかりしていて気配りも出来る人が理想なんだ。俺はいずれ、この会社を継ぐのだから、結婚相手は慎重に選ばないといけない。俺もいい歳だし、遊びの恋愛にうつつを抜かしている場合では無いから。付き合う時に、結婚を考えてしまうんだ。それが恋愛の先にあるのなら、理想的だと思う。彼女は俺の理想に近かった、いや理想そのものと言ってもいいくらいだ。他が目に入らないくらいに、俺は夢中になっている。何故こんなに気になるのか、自分でも不思議なくらい…。


「完全に恋の病だね。他にもいるから、君だけが例外ではないけど。」

「他にもいるのは知ってるよ。ライバルを出し抜くために加藤さんに頼んだんだから。」

 スピードは重要なんだよ。恋も仕事も。あと、計画性とタイミング。

「高嶺の花なのが功をそうしているかも。自分にある程度自信がないと、誘えないタイプでしょ?赤城さんて。頭も良いし、顔も良い、性格も良いと三拍子揃ってる。」

 緑川君じゃなくても、夢中になるのは分かるよと加藤さんは苦笑いだ。

「自信はないけど、当たって見なけりゃ分からないだろ?」

「当たって砕けない様に、祈ってるよ。」

「彼女を誘ってくれて感謝してる。さすが加藤!できる女は違うね!」

「誘うの、結構苦労したんだからね!とにかく健闘を祈るよ。」

 彼女は、くるりと背を向けて、ヒラヒラと手を振った。もうすぐ昼休みが終わる。


「ところでさ、何でその神社知ってたの?」

 彼女の背中に質問をぶつけると、首だけで加藤さんは振り向いた。俺は神社の名前を聞いても、全然知らない所だったんだけど。

「…聞かないで。」

 彼女は目を逸らす。…ああ、なるほど。

「…合コン、良い男見繕っておくよ。加藤さんの為にも。」

「絶対だからね!」

 その言葉に、必死さを感じたのは気のせいではないだろう。コレは、人選が大変だ。



 店は予約したけれど、人選びはまだだった。俺は仕事が終わった後のデスクで考え込む。

 フリーの営業の男は、それ程多くない。だけど、いないわけでもない。問題は、無難な人選。

「青木は…無いな。」

「僕がどうかしましたか?」

 背後から声を掛けられて肩が跳ねる。知らずに呟いていたらしい。

「びっくりした!居たのか。」

「真剣な顔で悩んでるなぁって思ってたら、僕の名前が聞こえたんで。何が無いんです?」

「合コンのメンバー。」

「え!行きたいです!」

 青木は分かりやすく目を輝かせた。

「駄目。」

「何でですか?」

 …認めたくはないが、俺が霞む。それにこの人懐っこさは、女性受けが良いのだ。

「…若いから。」

 言い訳を絞り出す。加藤さんの年齢に合わせた方がいいだろうとも思うから、強ち外れてもいないと自分を納得させた。

「そうですか、残念ですね。あ、黒川さんはどうですか?」

「アイツは…。」

 黒川は…意外とモテるんだよ。それに、あの高身長は強いよなぁ。今更俺の身長は伸ばせないし…。いや、俺だって低くは無いんだけどね。赤城さんの好みは分からないけど、危険は侵したくない。

「無いな。」

 人選は慎重に…。俺以外が気に入られない様に、気を付けなければ…。かと言って、加藤さんをガッカリさせては、嘘をつくことになってしまう…。

「そうですかぁ…また機会があれば、誘ってくださいね。」

 と青木はその場から離れて行った。悪いなとは思いつつ、こっちもなり振り構ってる余裕はないんだ。


 何とか人選を終えて、ため息をつく。


 誰でもいいだなんて言う恋愛はしたくない。その程度ならこんなに必死になっていない。 俺は君だから、君だからこそ手に入れたいと思うんだよ。

 あの眼差しが、俺に向いたら、どれ程嬉しいだろう?そんな想像をしてしまうくらいに、俺は…。

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