忘年会
秋頃の事だっただろうか。事務に綺麗な子が入って来たと、後輩が騒いでいる。興味本意で覗くと、成る程綺麗だ。サラサラとしたロングの黒髪に、綺麗なアーモンド型の眼、スッと伸びた鼻筋にぷっくりとした形の良い唇。何処かで見たような気がしたが、気のせいだろう。こんな美人は忘れない。
仕事も出来るらしく、同期の事務職は手放しで褒めていた。
尻尾を振った犬の様に、後輩が彼女に近ずくが、緊張してるのか警戒してるのか、彼女の表情は強張ったままだった。
「コラ、サボるな。行くぞ。」
後輩の頭を小突く。
「ごめんね。」
彼女に謝ると、首をブンブン振って目を伏せた。人見知りみたいだな。そんな感想を抱きながら、その場を後にした。
その後は挨拶ぐらいかしなかったが、たまたま忘年会で隣の席になった。
「ビールで良いですか?黒川さん。」
彼女が名前を覚えてくれていたのに驚いた。
「名前知ってたっけ?」
「一応覚える努力はしています。」
「ありがとう、白石結衣さん。」
「…名前。」
「君は有名だから。」
フリーの男どもを騒つかせるぐらいには美人だし。
「…そうですか?」
「そうですよ。」
人見知りだと思っていたのに、彼女は喋りやすかった。適度に相槌を打ち、質問してくれる。たわい無い話をしながら唐揚げをツマミにビールを呑む。お酒は軽くしか呑んでいないが、色々料理を摘まんでいる姿は見ていて楽しい。
「結構いっぱい食べるねぇ。」
感心しながら僕は言う。
「デリカシーが無いって言われませんか?黒川さん。」
彼女は半眼で僕を見る。
「…それで振られた事がある。」
「納得です。」
「褒めたつもりなんだけど。」
少食よりは見ていて気持ちいい。
「大抵の人には、通じないんじゃ無いですか?」
「そうかなぁ?」
「そうですよ。」
「褒めたんだよ。」
「ハイハイ、わかりましたって。」
苦笑いをしながら彼女はビールを注いでくれた。
店員が焼きそばを運んで来た。
すかさず、彼女はいります?と聞いてくる。
「焼きそばよりも、ラーメン食べたい。」
「それは同感ですけど、無理でしょうね。」
メニューは予め決まってるだろうし、勝手に頼んだら予算オーバーになってしまうだろう。
「帰りに食べようかなぁ。」
ポツリと呟いた独り言に返事があるとは思わなかった。
「良いですね。」
彼女はニッコリと笑って答えた。
「まだ食べるの?」
失言に気付いた時、彼女は半眼で僕を見ていた。あ、マズイ。
「ごめんなさい。ラーメン奢るから許してください。」
「やった。約束ですよ。」
笑顔に戻った彼女に、僕は負けたと思った。