拠点へ
先の虐殺劇を目の当たりにし、胃の中に酸っぱいものが込み上げてくる不快感から、無言のままナイトコフィンを走らせて、彼是1時間程だろうか。
青々とした草原の緑が、いつの間にか、倒壊した建物やら何やらの瓦礫に取って代わられていた。
見れば、マンションやら高層ビルの名残であろう物体が、風化しつつも残っている。
滅亡した都市の名残がそこにあった。
初見では覚えられない程の複雑な道順を辿り、そして、倒壊したビルを抜けた先で、俺は"鋼鉄の骸"を見た。
各所を完膚なきまでに破壊され、活動を停止し、廃棄されても尚、威風堂々とそこに鎮座する巨大な影。
俺はあれをよく知っている。
そして、恐らくはあれがルナシェやアリサの言う拠点なのであろうこと察すると同時に、この世界がどこなのか理解してしまった。
「見えたわ、あれが私達の拠点よ。どう? 度肝を抜かれるでしょう?」
「……」
ルナシェに声を掛けられたが、反応することができない。
あれはまさしく、山と見紛う巨大な戦車とでもいうべきか。
片方のキャタピラだけでも幅100メートルは超えていそうな、規格外の図体を持つそれは、かつて、トラセコ2のストーリーにおいて、ラスボス一歩手前の大型ボスとして登場した――
「――強襲制圧型移動要塞、ティタノマキア」
懐かしさと同時に、妙な寂寥感が胸の内に去来する。
あれは、まさしく胸が熱くなる激戦だった。レーヴェがいなければ、恐らくは攻略できなかったであろう程に。
ラスボスが霞む程のキチガイ的な強さを誇り、ネット上で、今尚倒せないと嘆きコメを残す熟練プレイヤーは多い。
ゲーム自体の人気の高さ故に、テレビでも取り上げられ、特集が組まれた事もあるほどだ。
そんな、仮想でも現でも、ひとつの時代を制した鋼鉄の塊が、目の前にいた。
こいつの構造は良く知っている。
ギルティアを総数140機、戦闘機100機、戦闘ヘリ60機を搭載できる常識外の移動要塞。
武装にしても、アホかとツッコミたくなるほどの物量を誇る。
今のこいつはその機能を停止させてるとはいえ、内部に存在する全ての区画が破壊されているとは思えない。無事な区画を補修するだけでも、立派な基地足り得るだろう。
拠点にするだけの価値は、確かにある。
トラセコ2における人類衰退の元凶が、大破壊を経ても尚人間に利用されているとは。
ここにレーヴェがいたら、どんな反応をみせるだろうか。
……酷薄に笑うかもしれないな。
「つくね?」
「――! ああ、何?」
ルナシェの声に意識が現実へ戻される。
「もうすぐ拠点に着くけど、貴方の身の安全は私が保障する。だから、怒って暴れたりしないでね?」
「……なんか、拠点に行きたくなくなる忠告だなぁ」
凄く不安になる事を言われた。俺、何されるの?
「だ、大丈夫です! 私もつくねさんが嫌な思いをされないように皆に言って聞かせますから!」
「いや、もう帰っていい?」
「「ダメ」です!」
うへぇ……。
◆◆◆
ティタノマキアの残骸の麓へ辿り着き、ルナシェとアリサの先導で内部へ入ること数分。
ゲームの仕様では、ティタノマキアの内部へ侵入することはできなかった為、地味に感動している。
トラセコ2の時代から何百年も経過しているはずなのに、金属の腐食などはみられず、破壊された箇所を除く区画は想像以上に綺麗だった。
で、そんな感動に浸っていられたのも束の間。
恐らくは格納庫として使っていると思われる広い空間で、多数のレプリティアに囲まれた。黄色いメインカラーに黒いラインが特徴的で、この状況と合わせて、何だか蜂を思わせる。
そのなかで、リーダー格と思われる暗い緑色のレプリティアが姿を現した。
右腕に装備された巨大な釘打ち機……もとい、パイルバンカーが目を引く機体だ。左腕でロングソードを持つ仕様らしい。
「そこの黒いレプリティア、動くな。下手な真似をすれば、容赦無くコクピットを貫く」
壮年らしい渋い男の声が外部スピーカーを通して聞こえてくる。
掘るとか言われなくてよかった……とか、馬鹿な事を考えている場合ではない。
そんな脅し文句と共に、周囲を囲む複数のレプリティアは、これ見よがしに武器を振り被って見せる。
なんだか寒気が奔るんだが……主に尻のあたりに……。いや、これは風評被害というものか。
「ルナシェの嘘吐き。やっぱ囲んで棒で叩く展開じゃねーか、ふざけんな」
「みんなっ! ちょっと待って!」
俺がそう叫ぶと、ルナシェは焦ったように機体を前に出す。
「つくねは……この人は私とアリサの命の恩人なのよ! 無礼な真似は私が許さないわ!」
「ルナシェの言う通りです。今すぐ武器を下ろして、包囲を解きなさい。この方は、私達の客人としてお招きしたのです」
俺を庇うルナシェを援護するように、アリサの機体も前に出た。
2人が揃って強気に出たことで、周囲に動揺が広がっていく。
ふむ? あからさまに上からの物言いに、萎縮するような周りの反応……この2人、もしかすると、この拠点の中で、かなり重要な地位に就いているのかもしれない。
「ルナシェ様、アリサ様……しかし――」
「しかし、じゃないの」
「二度は言いませんよ……?」
リーダー格の男が尚も言い繕おうと口を開くが、それを捻じ伏せるように底冷えするような声音でルナシェとアリサが言葉を被せる。
「……畏まりました。皆、武器を下ろせ」
男がそう告げると、周りのレプリティアも戸惑うように武器を下ろした。
だが、包囲を解くつもりはないらしい。
嫌な圧迫感はそのまま。どうやら、相当に警戒されているようだ。
まぁ、仮にもホームに見知らぬ人間が現れたら、普通は警戒するだろう。こんな血生臭い世界なら、猶更。
「こほん。えーっと……私達の拠点へようこそ、歓迎するわ。少なくとも、私とアリサはね?」
気を取り直すようにルナシェが言う。
歓迎も何も、現在進行形で居心地最悪なんですが?
とは、周りが怖くて言えなかった。
「とりあえず、私についてきてくれる? 貴方とは色々と話し合わなきゃいけないこともあるし」
「りょーかい」
ぎっちょんぎっちょんとレプリティアを前進させるルナシェとアリサについていく。
この区画にある空いたスペースにレプリティアを格納するらしい。
ルナシェ、アリサと並んで、俺もナイトコフィンをハンガーに接続させる。
ハッチを開いて外に出る前に、念の為、ナイトコフィンのシステムにロックを掛ける。ここの連中、俺がいない間に色々と探り入れてきそうな気配がぷんぷんしてるからね。仕方ないね。
俺以外にナイトコフィンを起動できないようにしてから、ついでにハッチも俺以外には開けられないようにロックしておく。
ボディバッグをコクピットに残し、ハッチを開けて外に出た。
格納庫内に集まったレプリティアが、その無機質な瞳を俺に向けてくる。
誰も何も喋らないところが、何とも不気味で怖い。
歓迎のかの字も感じられない、冷たい威圧を感じる。
こりゃ、さっさとやること済ませて、速やかにお暇したほうがよさそうだな。
「――つくね……で、間違いないわよね?」
不躾な視線に辟易していると、背後から声を掛けられた。振り向くと、そこには赤い髪の女が立っていた。
背中を隠す程度に伸びた赤い髪は癖っ毛らしく、所々で跳ねている。
我が強そうな切れ長の瞳は鮮やかな緑色。
服装は俺とそう変わらない。傭兵っぽいというか、デザインよりも機能性を重視した感じか。それでも、スラッとした体躯からは健康的な色気を匂わせている。
はっきり言って、どこぞのアイドルグループなんか目じゃない程の美人だ。
「そっちは、声からしてルナシェ?」
「えぇ。私がルナシェ・バートリーよ。よろしく」
差し出されたルナシェの手を握る。女の子の手を握る機会なんてそうそうないが故に、ちょっとだけ緊張した。
握手を終えたルナシェは、じっと俺を見つめてくる。より具体的にいえば、上から下まで値踏みするような眼だ。
とはいえ、不愉快な視線ではない。まるで、猫が未知の物体を興味深げに観察しているような、そんな柔らかな視線だった。
「ふーん……どんな人外が乗ってるのかと思いきや……見た目は意外と普通なのね。あ、勿論良い意味よ?」
「そりゃどうも。喜んでいいのかわからんけど」
人外ときたか。
不躾というか、言葉をオブラートに包まないというか。個人的には、もう少し歯に衣着せた言い方を所望したいところだ。
さっぱりした物言いのせいか、気分が悪くなる事はないが。
そんな事を内心で思っていたら、ルナシェが唐突に頭を深く下げた。
「今更だけど、あの時は強引に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
真摯な態度で、そう謝罪してくる。
どうやら、ずっと気にしていたらしい。
そりゃまぁ、全く無関係の他人を個人的な理由で道連れにしようとしたんだ。常識的な思考の持ち主なら、気にもするか。
とはいえ、既に済んだことをいつまでも根に持つ程、俺も繊細な性格をしているわけじゃない。
確かに強引だったが、最終的には自分で決断して加勢したのだ。
「別にいいよ。俺としては、"約束"をきっちり果たしてもらえれば、それで」
「そ、そうね……」
途端に、赤い顔をして、何やらモジモジし始めるルナシェ。
何を想像しているのか大体予想はつくけど、そんなつもりは全くないから、君の心配は杞憂だよ。
とは、敢えて言ってやらない。このまま見てる方が面白いので。
「――すみません、お待たせしました!」
カンカンと金属の床を踏み締める音が聞こえた矢先、そんな言葉と共に一人の少女が駆けてきた。
薄い桃色の髪が靡き、はち切れんばかりの巨乳がたゆんたゆんと重力に翻弄されている。
すげぇ……こんな巨乳の持ち主、初めて見た……。
世の男の大半にとって、実に危険な果実を実らせた少女は、若干息を切らせながら視線を俺に向けてくる。
「貴方がつくね様ですね? 改めまして、アリサと申します」
「ども」
肩を少し過ぎたあたりまで伸びたセミロングの髪を耳にかける仕草は、本人にその気はないのだろうが、大層色っぽい。
「アリサも来たことだし、どこか空いてる会議室でも借りましょうか。お礼の件も含めて、少し話し合いましょう」
「ちょうど昼時ですし、ついでに食事も持ってこさせますね」
そう言って歩き出すルナシェとアリサに連れられて、俺はティタノマキアのさらに内部へと足を踏み入れた。