まさしく厄日
人間でいえばジョギング程の挙動だが、あれで全速力らしい……あまりにも遅過ぎでしょ。
二脚型のレプリティア2機は懸命に加速しているが、それを追う逆間接型のレプリティアに追いつかれつつある。
平地での走行能力は逆間接レプリティアの方が優っているようだ。
右腕に相当する部位に腕はなく、代わりに細長いランスが固定されている。武器腕というやつだろうか。
しかし、あれでは首尾よく敵機に突き刺さったとして、引き抜く事はできまい。恐らくは、一撃限りの使い捨て。
左腕の方はちゃんとあり、ブロードソードを握っている。ランスを失ったあとは、ブロードソードで戦闘を継続……なわけないよな。
逆間接レプリティアは、平地での走行能力に優れている。そのうえで、あの固定武装のランスだ。まず間違いなく、本来は中世の戦場で活躍した騎士よろしく、ランスチャージによる初撃の打撃力に重きを置いた仕様なのだろう。
その後はランスを廃棄し、離脱。追撃は後詰めに任せる流れだと思われる。あの如何にも安価で粗悪を思わせる機体バランスを見る限り、レプリティア同士による真っ向からの一対一は本来の仕様には含まれていないはず。
それでも、数の暴力というのは大きい。
背中を見せて逃げる二脚型の性能がどれほどのものかは知らないが、流石に3体のレプリティアを一度に相手するのは厳しいとみた。
いやいやいや! 呑気に分析してる場合じゃねえ!! は、早くナイトコフィンに乗らないと!
慌てて、跪かせていたナイトコフィンのコクピットに滑り込む。
急いでマナを注ぎ、主機を起ち上げた。
「数値は全て正常、各部異常なし。リアクター出力最大。よし、さっさと逃げ――」
「そこの貴方! ここは危険です! 早く逃げ――「そこのひと!! お願い! 私と一緒に、この子を逃がす為の囮になって!!」ちょっとルナシェ!? 何言ってるの!?」
何言ってんだこいつ。
「ふざけるな! 人を厄介事に巻き込むんじゃねえッ! しかも、囮だと!? 頭湧いてんのか!」
という会話を外部スピーカー越しにやり取りした結果、まぁあれです。当たり前のように、目を付けられました……。
「くっそ! いくらなんでも、こんな糞展開は――俺は無関係だ!」
進路上から少しでも遠ざかるべく移動するが、先頭の二脚型レプリティアが、後ろに続く二脚型の手を引っ張って俺のいる方向に突進してくる。
嘘だろ? 意地でも巻き込むつもりか!?
「おいっお前――!?」
「本当にごめんなさいっ! でも、もうこうするしかないの! 生きて帰れたら、お礼に何でもいう事聞いてあげるから!!」
あちらさんも罪悪感を感じているのか、悲痛な声音で謝ってくる。生きて帰れたら、何でもいう事を聞くなんてのたまってるあたり、この状況下で生き残れるとは思っていないのだろう。
だが――
「ん? 今、何でもって言った?」
「えっ」
「今、何でもいう事聞くって言ったよね?」
「う、うん……言った……でも、それは……」
「敵は、あの逆間接型6機でいいんだよな?」
「そう、だけど……」
「貴殿の願い、確かに聞き届けた!」
言質、頂きました。
大地を駆けるナイトコフィンを急停止させ、慣性に引っ張られながらも反転。草原に土の跡を残しつつも、こちらに走ってくるレプリティアへ向けて駆ける。
フットペダルは弱めに踏み、速度はあちらさんとほぼ同速を維持。
二脚型のレプリティアと擦れ違った瞬間、逆間接型レプリティアへ向けて一気に加速。どこかゆったりとした4ビートの挙動から、一気に8ビートまでテンションが上がる。
――踏み込む足が、大地を深く抉った。
ナイトコフィンの加速力が予想外だったのか、先頭を走っていた逆間接レプリティアの機体が僅かに揺れた。その隙を見逃さず、右腰のウェポンシースから日本刀型のブレードを引き抜き、一閃。
居合斬りの要領で、逆間接の脚部を一太刀で断ち切る。
斬った部位から、魔導式人工筋繊維の流体合金が溢れた。ミスリル混じりの粗末な金属であるが故に、その色は赤黒い。圧力から解放され、機体外へ激しく噴出したそれは、まるで流れ出る血のように大地を染めていく。
鋼鉄製の脚如き、黒鋼製の刀の前では、バターも同然だ。
まず、1匹。
派手に転倒して、そのまま動かなくなる敵機は放置。2機目に続く。
先頭を行く機体は隊長格だったのだろうか、操縦者の動揺が機体の挙動に現れている。
ならば。
機体の腰を深く落とし、右脚に負荷を掛ける。
人工筋繊維や関節部補助モーターが唸りをあげる中で、溜め込んだ出力を一気に解放した。
爆発的な加速。一足飛びに敵機との間合いを詰め、脚部を両断。
これで2匹。
こちらの攻撃に反応すらできず、胴体で地を抉る逆間接型を捨て置き、そのまま次の目標に接近。
ここまできて、ようやく俺を脅威と見做したらしい。3機目と4機目が左右に並ぶようにして速度を合わせ、ランスを突き出してくる。
俺は逆間接型二機の丁度真ん中を位置取り、敵のランスが胴体に接触する間際、ナイトコフィンの速度を減速させる。
間合いをずらされ、俺に向けて突き込まれたランス同士が派手にぶつかり合い、火花を散らせた。ランスの軌道が大きくずれるばかりか、その衝撃で敵の機体が激しく揺れたところを、一気にすり抜ける。
擦れ違いざま、左腰のウェポンシースから2本目の日本刀型ブレードを抜き放ち、二刀流の構えで2機の脚部を断ち切った。
後ろに続いていた5機目は、なんてことない。エキスパンションクロウを射出し、左右の脚を破壊。
最後尾の敵機は、突き出されたランスを受け流しつつ、刃を滑らせて右肩関節部を切断。ナイトコフィンをその場で回転させて、遠心力を乗せつつ、敵機の右脚を断ち切った。
飛び道具を持たず、バランサーもお粗末なこのレプリティアは、片足を潰すだけで動けなくなる。
これで、逆間接型6機は全て無力化した。
PDWを使えば、その場から動く事も無く、もっと簡単に無力化できたんだけど。勿体無いしね。
念のため、左腕を潰して回るついでに、搭乗者の投降を呼びかける。
ぞろぞろと敵機の搭乗者がハッチから這い出てくるのを眺めていたところへ、2機の二脚型レプリティアが近付いてきた。
「す、凄い……グルトップ級とはいえ、6機ものレプリティアをこうも一方的に……」
「あんな人間的な動きをレプリティアで再現するなんて、あなた、一体何者なの?」
ひとりは、逃げるように忠告してくれた女性。
もうひとりは、一緒に囮になってくれと願い出た女性。
窮地を脱したと理解したのか、先程までの必死さはもう感じない。代わりに、俺に対する尊敬やら警戒心やらを浮き彫りにさせている。
特に、囮になれと言ってきた奴は、ショートソードを片手に、油断無く俺に近付いてきていた。
窮地を救ってやったのに、随分な態度である。それにカチンときて、俺も刀を構えた。
ひゅんと、重量にそぐわない鋭い音を発し、陽光を反射した刃先が危険な色を帯びる。
「それ以上、近づくな」
「「――!」」
ぴたりと2機の歩みが止まる。それぞれの専用機なのか、機体のフレームは同じなれど、カラーリングが違う。
淡い桜色をした機体を庇うように、燃えるような赤色の塗装を施した機体が前に出た。
「武器を下ろして。私達に敵対する意思はないわ」
「なら、お前もその物騒なもんを仕舞えよ。仮にも恩人に対して向けるようなもんじゃねえだろ、それは」
「……わかった」
ちょっと苛立ちながら警告すると、赤いレプリティアはショートソードを腰の後ろにあるウェポンラックに収納した。それを見届けて、俺もウェポンシースに刀を収める。
「改めて、助けてくれてありがとう。貴方がいなかったら、私達はきっと……」
「私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。それから、巻き込んでしまってごめんなさい……」
しおらしく、レプリティアを通して頭を下げる2人。それが形だけでなく、心からのものだと理解し、ようやく溜飲が下がった。
「まぁ、それは今更言っても仕方ないから、もういいよ。それより、約束は覚えているだろうな?」
「……貴方のいう事を何でも聞く」
声が硬い。嫌な想像でもしてるんだろうが、いちいちここで訂正してやる義理もないし、放っておくか。
「そう、それ。俺はきっちりあんたらを守った。だから、そっちも約束は果たしてもらう」
「ええ、異存はないわ。でも、こんな場所にいつまでも長居したくないし、まずは先に私達の拠点まで護衛しもらえる? 約束の件については、そこでじっくりと話し合いましょう」
「……拠点か。着いた途端に、取り囲んで棒で叩くとかなしだぜ?」
「見縊らないで。約束はきっちり果たすし、恩人に危害を加えるつもりもないわ」
「ふむ……俺をちゃんとした客人として扱うって約束してくれるなら、引き受けるよ」
「構わないわ。私の名に於いて、貴方を正式な客人として迎え入れましょう」
毅然とした態度でそう告げる赤いレプリティアの操縦者。
その言葉を全面的に信用したわけではないが、この繋がりは、今の俺にとって喉から手が出る程欲しいものだった。少々リスクはあるものの、簡単に手放すには惜しい。
俺の目的はただひとつ。レーヴェを探し出すことだ。
だが、この世界に何の繋がりも持たない俺が、ひとりでレーヴェの行方を捜したところで限界がある。
ならば、彼女達との出会いを利用して、この世界に足掛かりを作ってやろう。
「交渉成立だな。じゃ、早速行こうか」
「ちょって待って、せめて自己紹介くらいは済ませてしまいましょう――私の名前はルナシェ。この子はアリサっていうの」
「アリサです、よろしくお願いします」
外部スピーカー越しに名乗る2機のレプリティア。さて、次は俺の番か。
どうしよう、ここはオンラインネームを名乗るべきか、それとも本名を名乗るべきか。
いや、ここはオンラインネームにしておこう。
実名公開はまだ勇気が出ない。
「俺の名前はつくね。名がつくねで、姓ががんもどきだ」
「つくね・がんもどき……随分と変わった名前なのね」
「……よく言われる」
うん、やっぱやめときゃよかった。今更ながら、恥ずかしさががががが。
「それじゃあ、これからよろしくね」
「よろしくお願いします、つくねさん」
「……こちらこそ、よろしく」
互いの名前を知り得た俺達は、拠点とやらに向かうことになった……のだが。
「と、その前に――」
ルナシェのレプリティアが"忘れ物をした"とでもいうように踵を返すと、唐突に敵兵の方へ駆けていく。
彼女は逃亡を図っていた敵兵のうち、隊長格と他1人を左右のマニピュレーターで一人ずつ捕まえると、残った敵兵を容赦無くレプリティアの足底で踏み潰し始めた。
「なっ――!?」
突然行われた虐殺に理解が追いつかず、俺はただ絶句し、傍観することしかできなかった。
悲鳴や命乞いを無視して、虫を踏み潰すように蹂躙していくルナシェのレプリティア。
大地の染みとなった敵兵の死体を見てしまい、吐き気が込み上げてくる。
幸い、コクピット内を汚すような事はなかったが、しばらくは夢に見そうだ……。
恙なく"作業"を終えたルナシェのレプリティアが、こちらに戻ってきた。
「お待たせ。さあ、行きましょう」
「……」
一歩、彼女から距離を取るように後退る。
マシンの動きで俺の心情を察したのだろう。ルナシェのレプリティアが、何か言いたげにぎしりと身動ぎするが、結局は言葉を発することもなく、先に進んでしまった。
それを追いかけるアリサのレプリティアは、どこか動きが硬いように見えた。
ルナシェがしでかした行為を非難するのは簡単だが、俺は敢えて何も言わない。
俺はあくまで巻き込まれただけの部外者だから。
それにしても、気分が悪い。
ああ、レーヴェに会いたいなぁ……。