ああ、落ちた
肉を打つ衝撃。そして、日常生活で聞き慣れた、水を弾く音。
身体が重い。まるで全身を鎖に繋がれて、先端を重石で括り付けられたような重圧感。
息ができない。どんなに空気を求めても、肺は全く別のもので満たされていく。
なんだこれは。苦しい。
吐き出された息が無数の気泡となって、上へ上へと舞い上がっていく。
ふざけるな。なんだこの状況は。
見えない何かに、ずるずると闇の中へ引きずり込まれているかのような恐怖。必死にもがいたところで、身体は容赦無く沈んでいき、厚みを増していく水のカーテンに遮られて、陽光の輝きも徐々に弱まっていく。
ヤバイ、なんとかしないと。溺死なんて冗談じゃない!
もどかしいくらいに重い手足を動かして、何とか水面へ顔を出そうと試みるが、水を吸って特級の重石と化した衣服がそれを許さない。
普段からそれなりに鍛えていたので、身体を動かすことには自信があったが、着衣水泳がここまで難しいものだとは思わなかった。
このままじゃ物凄くヤバイ。
体力と酸素だけが無意味に失われていく。
嘘だろ。こんなワケわかんない状況で、一人寂しく死ぬなんてイヤだ。
しかし、想い虚しく、身体は暗い水底へと沈んでいく。
水面へ向けて手を伸ばす。それが全く意味のない行動だとわかってはいても、錯乱気味の頭ではまともな思考など望むべくもない。
ふと、弱々しくなっていた陽光が不自然に遮られた。
反射的にそちらへ顔を向ける。
もともと薄暗い水中に加え、逆光と水越しのフィルターがかかった視界では、パッと見でそれが何なのかわからなかった。
藁にも縋る思いで、泳いで近寄ってみる。
そして、その全貌を視認するや否や、水中であるにも関わらず悲鳴をあげてしまう。
俺の目の前で微動だにしないそれは、俺がよく知る、しかし、決して現実には存在しないはずの、巨大な人の形をした金属の塊だった。
頭を垂れ、立て膝状態で蹲るように鎮座している人型の鉄塊。
どういう経緯でこんな場所に沈んでいたのかはわからないが、コクピットは開けっ放しになっている。
そろそろ息も限界であり、考えるよりも先に身体が動いた。
気密性がどの程度保たれているのかはわからないが、いつぞや読んだ漫画で今の状況と似たような場面があったのを思い出し、祈るような気持ちで泳ぐ。
上がるのは難しいが、横に泳ぐだけならまだそれほど難しくない。
コクピットハッチの縁を掴みながら――「っ!?」――滑り込むように内部へ侵入を果たす。
「ぶっはあぁぁ!! げっほげっほ!! げぼっ! おえぇぇぇ……かはっ」
危なかった。本当にギリギリだった。大分水を飲んでしまったが、なんとか窒息せずに済んだ。
コクピット内部は複座式で、かなり浸水していたものの、僅かながら空気が残っていたおかげで助かった。
ほとんど水に浸食されているせいで、コクピット内を立つようにして上に溜まった空気を吸わねばならないが、残っていただけでも奇跡に近い。
「はぁ……はぁ……ちくしょう……何だってんだよ」
思わず毒づくが、いつもなら軽く応えてくれるパートナーがいない。そのことを思い出し、言いようのない不安に駆られる。
「……レーヴェ、大丈夫かな」
あの闇の中で見た最後の光景。レーヴェは光から伸びてきた手に腕を掴まれ、そのまま光の中へと引きずり込まれていった。
あの手は俺にも伸びていたような気がしたけど、この様子じゃ、どうやら掴み損ねたようだ。
いや、今は余計な事を考えている場合じゃない。
俺は何度か深呼吸して息を整えると、思い切り酸素を肺に取り込んでから再び水中へ潜る。
しかし、コクピットの外に出るような真似はしない。
先程、コクピットハッチの縁を掴んだときに感じた、脳内に電流が奔るような感覚の正体を探る為に、様々な計器類が並ぶコンソールの前に身を躍らせる。
俺の勘が正しければ、これでいけるハズなんだけど……。
完全に水中へ没した前部座席へと腰を下ろし、普段トラセコをプレイしているときのようなイメージで、指先で何もない宙を撫でてみた。
果たして、それは現れた。
薄暗い、いや、いっその事暗いといっても差支えない程度には見通しが効かない闇の中で、場違いな青い輝きを内包するホログラム状のソレが俺の眼前に浮かぶ。
マジで出た。ゲームシステムメニュー。
疑問だとか興奮だとかが綯い交ぜになり、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。一体どうなってるんだと声に出して叫びたい衝動をなんとか抑えて、システムメニューの中から機体データをあれこれできるエディタを呼び出す。
まずは機体の修復だ。どこにどういう破損があるかなんて、いちいち確認していられない。余計なコストはかかるものの〈初期状態に戻す〉のコマンドで、手っ取り早く機体を修復する。幸い、消費することになる各資源は俺のゲームデータから受け継いでいるらしい。各々、莫大な量の資材が貯蓄されていた。
使うのは最下級素材の鋼だけのようだし、これなら別に惜しくはない。コマンド実行をポチッとな。
妙な力が周囲に充満するのを感じる。
命令されたプログラムに従っているのか、機体が薄らと青白い輝きに包まれていき、すぐに終息した。
エディタに映し出された機体データを見てみれば、初期化完了の文字が。
俺はエディタ画面をタッチし、ハッチを閉めるコマンドを実行する。さて、これで動いてくれるかが問題だな。
機体そのものは完全に修復したとはいえ、コクピット内部が水浸しではどうなるかなんてわからない。もしかしたら、全くうんともすんとも言わない可能性も……なんて心配は無用だったようだ。普通にハッチは閉まってくれた。
さて、そろそろ息がキツくなってきた。早く終わらせないと。
俺はエディタを弄り、コクピット内部の水をオブジェクト指定してから、削除した。
ふっと、まるで手品のようにコクピット内を満たしていた水が消え去る。
どうやら気密性は高いらしい。新たに水が浸入してくる気配もない。
「ぶっは! やれやれ、これでようやく人心地つける」
衣服に染み込んだ水も一緒に消えてくれたので、後で服を乾かす手間が省けたのは大きい。
俺は機体の主機を起動しようと手を伸ばしかけ、
「あれ、どうやって動かすんだこれ」
その方法がわからない事に思い至った。
ギルティアではゲーム補正か知らないが、とりあえずコントロールスティックを握れば勝手に機体が起動したんだけど。
「……ダメか」
ギルティアと同じようにはいかないらしい。
ちょっと調べてみようか。
「さてさて、この機体はどういったものなのかね。ギルティアとはちょいとばかり仕様が異なるみたいだけど。内装の雰囲気も全然違うし」
エディタ内にある機体データ欄を開き、この機体について調べることにした。
そこに記載されていた内容を流し読み、脳内で簡潔に整理する。
纏めると、この機体はギルティアを劣化コピーした量産機であり、総称してレプリティアと呼ぶらしい。
「レプリティアといえば、確かトラセコ3から新しく登場したやつだったような……」
そして、このレプリティアは、ガルスト帝国製通常二脚型レプリティア【レギンレイヴ】シリーズと呼称される代物のようだ。
あくまで機体の名称と性能データしか参照できないので、現状ではこの機体が他のレプリティアに比べて優秀なのかはわからない。だけど、一つだけ断言できることがある。
このレプリティアというやつはギルティアに比べて中身がスッカラカンにも程がある。どういう環境で機体を量産しているのかはわからないけど、この程度の性能では初期出荷状態のギルティアにさえ、その足元にも及ばない。
「起動方法は……コクピット正面中央に設置されたマナクリスタルに魔力を注ぐ? あぁやっぱこっちでもマナなんてもんあるんだ……」
システムメニューを出せたり、レプリティアなんてもんが実在していた時点で予想はしてたけど、トラセコ2から追加された新概念であるマナやら何やらのファンタジー要素はこの世界にもあるようだ。
まぁいい、物は試し。とりあえずやってみよう。
俺はマナクリタルと思しき拳大の球体状の物体に触れて、動けと念じてみる。
俺の意思に反応するように、暗緑色の宝石っぽいものが光を灯したように淡く輝き、その光源の度合いを強めていく。
僅かな間をおいて、低い駆動音と共にコクピット内部が明るく照らされた。
「成功か。注ぐってのが良くわからないけど、要は気合いを入れて念じればいいのかね」
中央、上、左右に四分割された大型のモニターが周囲の景色を映し出す……ってモノクロかよ! 水中じゃ周りがどうなってるのか全然わからないじゃないか!
うぐぐ……まぁいい。この程度ならどうとでもなる。
一先ず、余計な思考は置いておくとしよう。機体が動いただけでも行幸だ。
俺は再度エディタを弄り、機体の操作タイプを確認した。
「操作タイプは……イージーモードだとぉ? イージーは甘えっ!」
元来、ギルティアには4つの操作タイプがある。大別すると2つといったところか。
一つは、今言ったようにイージモードと呼ばれるタイプ。家庭用ゲーム機のジョイパッドで、手軽にロボットを動かせる操作感覚といったら分かりやすいだろうか。本当にジョイパッドを使ってるわけじゃないけど。
そしてもう一つは、より本格的に機体を動かしている気分に浸れる3つの操作タイプ。簡単な順からオートマチックモード、マニュアルモード、アクティブモードに分けられる。
オートマチックモードは、イージーモードに毛が生えたようなもんだと思っていい。コントロールスティックとフットペダルのセットに、スロットルレバーと幾つかのタッチパネルが加わったようなものだ。選択しているプレイヤーが一番多いといわれている。
マニュアルモードは、そこからさらに様々なコンソールが加わる。ここまで来ると、さすがに操作が複雑になって難しくなるが、人によってはまだ慣れることができるレベル。このタイプを選択している人は、色々と拘りを持ってる人が多く、対人戦において比較的強い人が多い。
最後にアクティブモード。これはなんというか、簡単に言うと、単純に機体を立たせることすら難しいレベルといえよう。ほんの些細な動作ですら、卓越した操縦技術と数多の対応マクロが要求される。それなりの熟練プレイヤーが興味本位で試して、二度と触らなくなるような方法だ。その代わり、他の操作タイプでは再現できない、まるで生きた人間のような繊細な機体動作が可能となる。公式発表によれば、このタイプを選択しているプレイヤーの割合は全体の0.001%にも満たないらしい。
ただし、その0.001%未満に該当するのは、その全てが対人戦ランキングにおけるランカーであるとだけ言っておこう。
ちなみに、無印版からトラセコに関わってきた俺は、操作方法にアクティブモードを選択している。
最初こそゲロ吐きそうなくらい難しかったけど、その分思い通りに愛機が動く感動は凄まじいものがあった。
長い年月に及んだ練習に次ぐ練習、無数の試行錯誤を積み重ねて、血反吐と血涙を滂沱の如く流した果てにアクティブモードを極めた今となっては、これ以外の操作タイプなんぞ触る気にすらなれない。
「これで良し」
エディタを弄り、操作タイプをイージーモードからアクティブモードに変更した。幸い、操作に関するマクロデータは保存済みだから、ちょちょいとコピペすればオーケー。ギルティアにはあってもレプリティアにはない機構等の過不足分は後々調整していこうと思う。
今は、ストレスが溜まらない程度に動かせれば十分だ。
「さて、動けるようになったところで、こんな陰気な場所とはおさらばしようか」
蹲っていた機体をゆっくりと立たせ、視界を上に向ける。
「岸がある方向は、あっちか」
いつまでもこんな仄暗い水の底にいて堪るか。早く光を見ないと頭がおかしくなって死ぬ。正直、溺れかけたのもあって軽いPTSDになりそうだ。
「レプリティアにはブ-スターが付いてないからな……なら、エキスパンションクロウは……お、あったあった! よかったぁ」
コントロールスティックに付属している複数のボタンを指で弄り、フットペダルを優しく踏み込む。
機体の腰部に左右二カ所ある射出口から、先端の尖った金属爪が飛び出していく。水の抵抗を受けて失敗するかとも思ったが、爪は問題なく水面を飛び出し、地面に突き刺さったようだ。
後はこれをゆっくり巻き上げつつ、地上へ戻ればいい。
早く陽の光を拝みたいもんだ。
◆◆◆
「さて……なんとか地上に戻れたものの……これからどうしようか」
一旦、レプリティアのハッチを開けて、外に出る。
どうやら、俺は大きな湖の中に落ちていたようだ。
周りを見渡せば、広い草原の中に樹木がぽつぽつと生えており、俺はその中心にある湖畔でぽつんと突っ立っている状態だ。奥に目をやれば、樹木の密度が段々と濃くなっている。
どうやら、今いる場所は、森林と草原のちょうど境目らしい。
いや、これは素晴らしい景色だ。なんとも開放的で、ここにガゼボでも建てたら最高のリラクゼーションが期待できるだろう。
現代日本ではまずお目に掛かれない癒しの空間だ。
おっと、今はそれどころじゃない。
「さて、ゲームシステムメニューを開いてっと……おお、やっぱり見間違いじゃなかったか!」
メニュー内にアイテム覧と表示されたページを見つけ、開く。
中身を確認してみれば、ゲーム購入時の初回版特典で付いてきた初期冒険セットやオンラインプレイ時に入手したレアアイテム諸々が入っていた。
初期冒険セットはオフラインのストーリーモードでのみ使える特典アイテムで、傭兵の衣服セット一式、簡易調理器具セット、良質な長剣、戦闘糧食と水のセット1週間分、換金アイテムである宝石1個、旅の道連れオトモペット1匹が封入されている。
主にオンラインプレイでしか遊んでなかったが故に、こうしてアイテム覧に残っていたのだろう。
自分の衣服を見てみる。
対Gスーツと戦車兵の装備を足して2で割ったような、実に近代的な恰好だ。ゲーム公式デザインのパイロットスーツなのだから仕方ない。色々とオプション装備をくっ付けているのはご愛嬌。
ギルティアに乗る分にはいいが、流石にこの恰好で外を出歩くのは気が引ける。
個人的には格好良くて気に入っているのだが、ここは潔く傭兵の衣服セットに着替えるとしよう。
アイテム覧から初期冒険セットを選択し、開封。そのまま傭兵衣服セットにチェンジ。
「何という早着替え……」
ゲーム内でも衣装チェンジは一瞬だったが、その法則はこちらでも適用されるらしい。いちいち着替える手間が省けるのは助かる。
ついでに特典武器である良質な長剣を装備して、終いだ。
ショート丈の薄生地ジャンパー、身体にフィットする伸縮性の高いシャツ、丈夫な生地のパンツ、ニープロテクター、コンバットブーツ。さらには何故か長めの腰巻。オプションとして付属品いっぱいのウェストポーチとレッグポーチ、ボディバッグ付き。
傭兵……なのか? まぁいいや。長剣よりはアサルトライフル背負った方が似合いそうな気もするけど、マァイイヤ。
「次はどうしようかな……うーん……」
悩みつつ、無意識のうちにエディタ画面を起動する俺。
何だかんだで、この不細工で低性能なレプリティアの存在が許せなかったらしい。
まぁ、こいつは廃棄されてたっぽいし、拾った俺のもんだよね? 好きにしていいよね? うん、いいよ。はい、決定。
「まずはこいつの中身を……って、基礎骨格からして鋼鉄製かよ! ゴミか!!」
あぁ、そういえば。
サーバーメンテナンスのせいでオンラインマッチングが出来なかった時、暇潰しでレーヴェとイチャイチャしながら読んだ設定資料集に、レプリティアはトラセコ2の文明が滅んだ後に作られた劣化コピー品って書いてあったっけ。
ギルティアが量産されてた時代の科学技術はほとんど失われて、このレプリティアとやらも1人の天才技術者が死に物狂いで破棄されたギルティアを解析した結果、どうにか復元したとかなんとか。
ストーリーとか全く触れてないから、そこらへんの事情が全然わからんのよな。
こうなる事を知ってたら、ちゃんとストーリーもプレイしたのに……。
「嘆いたって仕方ないよな……。とりあえず、コモン素材オンリーで改修できるとこを改修しよう」
まずは基礎骨格の構成素材を鋼鉄製から高純度鋼鉄に……いや、一段階上質にしたくらいじゃショボイか? なら、特殊チタニウム合金? んー……悪くないけど、ここはやっぱ黒鋼合金かな。これ以上となるとレア素材を使わなきゃいけなくなるし……。
とはいえ、レア枠の素材といっても、俺はこれまでのオンライン対戦を無数に繰り返していた結果、その報酬でレア素材を溜めに溜めまくっている。寧ろ、レア素材よりも圧倒的にコモン素材の方が少ないくらいだ。
これは、ある程度トラセコを遊んでいるプレイヤーだったら、誰だって通る道なのです。
「なら、機体の内部を構成する素材だけミスリルにして、他は黒鋼にするか」
そうと決めてしまえば、後は早い。
基礎骨格を最低素材である鋼鉄製からミスリル製へ。
基礎骨格が無駄にぶっといので、余分な部分を削って軽量化且つ骨格周りの空間を確保。ついでに駆動部の摩擦面を綺麗に磨いて、潤滑コーティング。
「ん、次は……」
機体を動作させる要ともいうべき、人間でいう筋肉に手を付ける。
このレプリティアには魔導式人工筋繊維が用いられているらしい。これは俺が知っているギルティアでも現役だ。
まぁ、素材は最低でもミスリル、上位互換としてオリハルコンやヒヒイロカネが用いられているけど。
だが、このレプリティアは酷い。ミスリルが混じっているだけの、名前も定かではない流体合金を利用しているらしい。
こんな劣化品では、本来の魔導式筋繊維の三分の一も出力を発揮できない。
これもまるっと純ミスリルに入れ替える。
本当は魔導式筋繊維ではなく、俺とレーヴェで開発した導電式の新型アクチュエータに交換したいところだけど、そうするとミスリル製の基礎骨格では耐久度が不足してしまうので、断念する。目玉が飛び出るほどコストが高いっていう理由もあるが。あくまでもこれ、レプリティアなので。
骨と筋肉を一新したところで、戦術装甲――所謂、外装を鋼鉄製から黒鋼製にまるっと入れ替え、元の鎧風デザインを踏襲しつつ、リアルロボットな風味を加えてリデザイン。
一応、ガルスト帝国製と製造元が判明しているので、原型は残さないように注意した。パクったのバレたら嫌だし。
加えて、外装の裏側に内部機構保護膜を仕込みたかったのだが、コストが馬鹿にならないのでパス。
人間でいう神経ともいうべきワイヤーナーヴラインには一応ミスリルが使われていたが、これも苛立つほど不純物が混じりまくっていたので、綺麗に取り除いた。これだけでも、機体の反応速度は劇的に向上したはずだ。
さて、次は車でいうエンジンに相当するアーキドライヴに手を加えようとしたわけだが……なんと、このレプリティアにはドライヴが存在しなかった。マナをエーテルに変換するマナリアクターは搭載されていたが、どうやらリアクターで変換したエーテルを直にワイヤーナーヴラインへ伝達、魔導式人工筋繊維と連動させていたらしい。
より正確に表記するなら、マナランドセルと呼ばれる容器から供給されるマナをマナリアクターを通してエーテルに変換、このエーテルをワイヤーナーヴライン、魔導式筋繊維へと直接伝達していたようだ。
マナランドセルとは、ギルティアに比べて格段に燃費が悪いレプリティアに装備されている、要するにレプリティア専用の燃料タンクのことを言う。
これでは、ギルティアとレプリティアのマシンポテンシャルを比較するどころの話ではない。本当に、文字通りの意味で、筋肉ガチムチの成人男性と生まれたばかりの赤子程の力の差がある。
しかし、システムメニューから閲覧できるゲームアーカイヴによれば、ギルティアとレプリティアを区別する決定的な差異が、このドライヴを搭載しているか否かなのだという。ドライヴがないという事は、必然的にブースター関連のパーツも搭載不可能ということになる。
一応、レプリティアとしての構成を逸脱するつもりはないので、諦めるしかない。
それにしても、エーテルをそのまま機体を動かすエネルギー源として利用しているとは……非効率極まりないな。
ギルティアの場合は、このエーテルをアーキドライヴに供給することで、エレメンタルという物質に変換し、これを動力源としている。
ちなみに、俺が譲り受けたフェイタルドライヴは、エーテルをエレメンタルの上位互換であるアストラルという物質に変換することで、アーキドライヴとは比較にならないエネルギー出力を実現しているわけだが、今は関係のない話だ。
話を戻そう。
レプリティアという規格を守るには、ドライヴなしでこの機体を運用しなくてはならないわけだが。
なら、マナリアクターから少しでも多くのエーテルを供給できるように改造するしか……ぶっほ! なんだこの産業廃棄物は……。
「頼むぜー……小学生の自由工作じゃないんだからさー……」
とりあえず、レプリティアに搭載されていたリアクターもどきを分解、ギルティアに標準搭載されているリアクターをコピペして、まるっと入れ替える。
さらには、複座式から単座式に構造を変更し、後部席が無くなった分のスペースに、補助動力としてモーションジェネレータも搭載。コンデンサを配置して、レプリティアの各関節部に関節部補助モーターを取っ付けた。これにより、機体の挙動をより繊細且つ機敏に、それでいて安定したものへ昇華させる。
結果的にマシンポテンシャルが強化され、さらには、エーテルで動かしていた分を電気エネルギーで補うことによって、マナの消耗を抑え、稼働時間の延長にも繋がるから一石二鳥だ。
「腕部パーツは……とりえあえずこのままでいいか。よし、頭部パーツの改良といくかね」
先のモノクロームの投影映像は、到底許せるものではない。
「単眼MRSもどきってとこか。この性能じゃあなぁ……」
マルチプルラウンドサイト――通称、MRS。詳しい説明は省くが、単眼、双眼、複眼と種別されている。
コクピット内モニターに外部の映像を投影する、望遠機能を備えたカメラがメインとなる。他にも通信機器、集音装置、広域熱源探知レーダーを内蔵し、コクピット内部の音声を外へ放出する外部スピーカーを備えている――のだが、これはギルティアに搭載されている頭部の仕様であり、レプリティアには当て嵌まらないらしい。
投影される映像はモノクロで範囲も狭く、質の悪い集音装置と外部スピーカーがあるだけ。望遠機能や通信機器、レーダーはなし。
しかし、ギルティア標準のMRSを移植しようとすると、機体のCPU(に該当する物=マナクリスタル)が性能不足故にエラーを起こしてしまう。
というわけで、とりあえず不細工な単眼からキリッとした双眼に頭部をリデザイン。投影範囲を改善し、望遠機能を追加。機体前面しか映らなかったのを後面も映るように改良。モノクロからカラーへ。
今はこれで十分か。
通信機器、レーダー、集音装置、外部スピーカーは一先ず放置した。
「さてと、満を持してってやつだな」
粗方機体を弄り終わった俺が最後に手を付けるのは、レプリティアの頭脳、マナクリスタルだ。
所謂、OSを備えたCPUであり、ギルティアではアリスコードという名称で呼ばれている。まぁ、アリスコードはこんな謎の立方体じゃないんだけど。
早速、中身をねっとりじっくり弄り回してやろうと睨み据える。
「ふむふむ、これは!? ……なんというファンタジー」
アリスコードがある程度近代的な代物に対して、このマナクリスタルは如何ともし難いほどにファンタジーだった。
どうやら、魔術式っていう名のプログラムを直にマナクリスタルへ刻印しているらしい。
とりあえず、この魔術式とやらの解析を試みる。
「ふむふむ、なるほど。なんというファンタジー」
どうやら、この魔術式とやらはプログラミング言語に準じたものを使用しているのではなく、『これを弄ったらこうなる』的な"概念"を直接焼き込んでいるようだ。
そして、マナクリスタルの仕様で、容量に余裕がある限りはプログラムを追加できるが、一度焼き付けたプログラムは修正できず、消去もできないってことが判明した。
まぁ、エディタを使える俺には全く関係ないんだけどね?
とりあえず、不要な魔術式をさくっと削除。
エディットデータ内に保存済みのマクロを幾つか焼き付ける。
さらに、レプリティアには存在しなかったモーションジェネレータ関連と双眼MRSの設定を含めた頭部パーツの設定も追加する。
エディタを通してマナクリスタルを弄るだけで、勝手に魔術式として刻印されていくのは非常に便利だ。
ちょっとチート過ぎるかなって俺でも思う。
ということで、マナクリスタルの調整も完了。
「レーヴェ、こんなもんでどう――って、いないんだった」
ふと、いつもの調子で、この場にいない彼女の名前を呟いてしまい、物言えぬ寂しさに駆られる。
沈んだ気分を紛らわすために、エディタ内の仮想エミュレータで機体動作を確認。異常はなし。
原型であるガルスト帝国製レプリティアとは比較するのも可哀想な程の性能に仕上がった。あくまで、レプリティアとしてみれば、だが。
中身もそうだが、外観としても、既に原型は留めていない。鈍い灰色だった機体色も、無塗装ながら黒鋼特有の黒いボディに。体型もがっしり……いや、少しずんぐりしていたのが、スマートになった。
目元に横一線、騎士兜に似た単眼MRSタイプの頭部パーツも、双眼MRSに変更され、アン○ンマンばりに新しい顔に生まれ変わっている。
うん、良いと思います。
最後に武装だ。
現在、コイツは無手も無手、一切の武器を所持していない。どうやら、途中で紛失したらしい。
ゲームアーカイヴによれば、標準武装はハルヴァードにロングソード、小型のラウンドシールドの組み合わせか、ナイトランスに大型のナイトシールドとショートソードという組み合わせの二択らしい。
とはいえ、律儀にそれを真似する理由もない。ここは自由にやらせてもらおう。
まずは腰の左右にウェポンシースを増設して、そこにロングソード……いや、ここは日本刀だな。大○隊長スタイルでいこう。
左右の腕には非常武装のコンバットナイフを装着しておく。
さらには、ギルティアを解析して再現したらしい劣化エキスパンションクロウを弄る。出力が低過ぎて、本来の用途である攻撃に使用できない不良品を、元来の仕様に戻した。
さて、次は遠距離武装だ。
派手にミサイルやロケットランチャーでも積んでやろうかと思ったが、素材の寿命が浪費でマッハなのでやめておいた。
ここはトラセコ3で愛用していたブルパップ式のPDWをまるっとコピーして、固定式の背部ウェポンラックに取っ付けておく。弾薬も少量用意しつつ、予備マガジンに装填。撃ち過ぎは素材の枯渇に直結するので、ご利用は計画的に。
どうせなら、稼働式である背部ウェポンマウントシステムを増設したいのだが……そうすると、またマナクリスタルに追加の魔術式を刻印しなければいけなくなるので、今回はパス。流石に容量がもたない。
大体こんなもんか。
「これで、弄れる部分は大体弄ったかな。どうせなら名前も付けてやろう。んー……ナイトコフィンでいいや」
コフィン、日本語で棺。
イメージは、とあるレトロなロボットアニメに登場する『鉄の棺桶』という蔑称で呼ばれていた丸い機体。見た目ではなく、ギルティアとの性能差的な意味で。
実際にこいつでギルティアと戦ったら、ゲル○グにやられるボ○ル並に死亡フラグが乱立するに違いない。
本当なら、素直にナイトレーヴェンに乗りたいところだけど、あの機体はマナリアクターを積んでいない為に、レーヴェなしでは起動しないので意味がない。さらにいえば、俺達と同じようにどこかへ"落ちた"らしく、システムメニュー内の仮想格納庫がエンプティになっていた。
エディタに保存されている設計図を用いて、俺一人でも動かせるように機体を再構築しようにも、それを実行するには当該機体を一度分解しなければならず、仮想格納庫が空になっている現状、どうしようもない。機体を弄るには、格納庫に収容している必要があるので。
設計図から機体をまるまる複製するのもありだけど、実行すれば、とんでもない量の資材が溶けることになる。先行きが不透明な現在の状況において、それは悪手だろう。
八方塞がりである。
「やれやれ……流石にちょっと疲れた。腹も減ったし、軽く腹ごしらえでもするか」
戦闘糧食と水をアイテム覧から選択する。
すると、どこからともなく数種類の缶詰と水が入ったペットボトルが出現した。
うん、これ、国土防衛軍の戦闘糧食壱型ってやつだね。俺、ネット生放送で見たから知ってるよ。
そういや、何かコラボっぽいことしてたような気がするわ。
兎にも角にも、付属の缶切りで缶詰を開けて、中身を貪り食う。VR空間なら味なんてしないはずなんだけど、しっかりとちょい濃いめの味付を舌で感じるあたり、やはりここは現実世界のようだ。鳥めし美味ぇ。
別に急いでいるわけじゃないんだけど、やはり緊張しているのか、胃へ流し込むように食事を終えた後、ペットボトルの水をがぶ飲みした。
そして、ようやく一息吐いたところへ――
「ん? 震動……? 地震――いや!」
慌てて巡らした視線の先に捉えたのは、木々の間を縫うようにして、物騒な追い掛けっこをしている複数のレプリティアだった。
どうやら、先頭を走る2機のレプリティアを、6機のレプリティアが追撃しているらしい。
全高8メートルもある鋼鉄の巨人が大地を駆け抜ける様は、小便ちびりそうなほどの迫力があるな――っていうか、ちょっ、こっち来んな!?
たまに補足を乗せる予定です。