希望
長い長い道を、歩いて歩いて、
まだまだ歩いて、歩いて歩いて、
それでも終わりが見えず、歩いた。
歩くにつれ、背中に背負った荷物がどんどん、重くなっていった。
歩いて歩いて。
まだまだ終わりはこなかった。
目指すところはまだまだ、見えなかった。
水も食料も確実に減っているのに、自分は前に進んでいるのかすらわからない。
焦りが生じる。
そもそも、前とはなんだろうか。
自分に、神は前など用意されているのだろうか。
そもそも、神はいらっしゃるのだろうか。
今まで疑わず生きてきた、自分にとっては当たり前のことですら疑わしくなってくる。
なぜ、このような試練をお与えになるのでしょうか。
それでも歩きながら、朦朧と歩きながら、様々なことを考える。一番よく考えたのは、この旅が終わったあとのことだった。
一番、希望が持てる気がした。
もちろん、他のことも考える。
浮かんでは消え、浮かんでは消え。
歩いて歩いて歩いて。
背中の荷物が、あまりにも重くなって、泣きそうになった。
でも、泣こうがわめこうが事態は好転しないし、
そもそも、そんなことをするための体力がもったいないと感じて、しなかった。
歩いて歩いて歩いて。
本当にこの道が自分の目指している場所に着くのかすらわからなくなっていた。
正しい道など最早なかった。
自分がどこにいるのか、ということもわからなくなっていた。
それでも歩かねばならず。
歩いて、歩いて、ついに自分も、食料やら水やらが尽きて、ダメになった。
隣をともに歩いていた仲間は、隣にいない。
隣にはいないが、いつもそばにいるし、
そのおかげで、仲間との約束を果たすべく、彼らとともに目指す場所、自分たちの故郷に帰るのだと自らを奮い立たせ、足を動かすことができていた。
だが、もう限界はきていた。
自分の光の終わりを越えようとしていた。
もうこれ以上は、この重い荷物を背負ったまま、目指すべき故郷に足を進めていくのは不可能だった。
この背中の荷物。仲間の一部を詰めたこの袋か。
自分か。
約束。
死んでも必ず故郷へ戻るという、家族との約束を。
必ず生きて自分たちの故郷へと連れて帰るという、死にゆく仲間たちとの約束を。
果たすか。
果たさぬか。
この長い道をともにたたかってきた、苦しい時をともに過ごした仲間か。
まだ、動くことのできる自分か。
この長い道のりのなかで、たくさんの仲間をうしなった男にはもう、希望を叶えようとする力がなかった。
もう一度、愛しき故郷の土を踏むという希望を叶える力が、なかった。
もう一度、家族に会うという希望を叶える力が、なかった。
それゆえに迷わなかった。
迷えなかった。
男が選べる答えは1つだけ。
いつだってそうだった。
死を目前にし。
光の終わりを目前にし。
何度も何度も考えた、何度も何度も力に変えた、この旅が終わったあとのことを、ただの妄想、希望で終わらせるのを、それだけは、とても、とても、深く、残念に思った。
こんな、無駄なことをしなければ、今頃、自分も死んだ仲間も、普通に、平和に、日常をこなしていただろうに。
自分の生まれ育ったところで死ぬことができただろうに。
いつだって、自分たちには選べる答えが一つだけで、はい、と従うだけだった。
ふと、もしもあのとき従っていなければ。と思い浮かぶも。
すぐに掻き消える。
考えても、もはや遅いのだ。
遠い、遠い異国の地から、死が目の前の一人の男が最後の考えごとをする。
この戦争で負けた、自分たちの国は今、どうなっているのだろうか。
家はまだあるのだろうか。
国に残っている、家族は、友人は無事だろうか、生きているのだろうか。
何もわからぬまま、死んでしまうのは惜しいが。
知りたくもないような気がした。
故郷に対しての希望が残っていないわけではないのだが。
苦しい道を、正しいかどうかもわからない道を淡い薄い希望を持ったままに進み。帰り着いて、知り、それが消えて、絶望するよりも。
今、仲間とともに、戦地をくぐり抜けた、戦友とともに、故郷でないところで、この命を終わらせたいと願った。
男の、最後の最後の願いはすぐに叶った。
男は、仲間とともに。
『私』はいつもあなたと共に。
now and forever,
目の前の光が。
先の戦争での犠牲者は兵士だけでなく、民間人も多く、その数は歴史上最大と言われ。
先の戦争はそれゆえに歴史上最悪と言われた。
あの戦争でたくさん死んだ兵の、その中の一人に、男はなった。