配達少女は魔王城へ赴く!
何となく、頭に浮かんだ設定を書いたものです。
ひゅんひゅん、と小気味よい音が『少女』の耳に伝わる。
『少女』の額に浮き出た玉のような汗が、ゆっくりと頬を伝い、顎へと流れ、地面に落ちる。
『たまねこ』とゴシック体で、可愛らしいネコとともにプリントされている、短いスカートを翻し。
肩に少しかかるほどの黒髪を揺らし、『少女』はおもむろに問うた。
「あの、すいません。ハンコいただけませんか?
ハンコがない場合は、サインでも――署名でも構いません」
「き、さま……ッ! 何者だ!」
――ここは、魔王城。幾多の勇者を屠り、数多の美姫を手籠めにしてきた魔王の根城。
もっと正確に言えば。
絶対的支配者として世界に君臨する魔王の寝室。
それも王が世継ぎを残すために作られた特別な部屋。
――そこに一人の『少女』がいた。
今晩の相手ではない。
『玉猫宅配便』と書かれた緑のキャップに、同じく緑のブレザーを着た、見たことのない少女。
少女は、脇に抱えた小包に汗が落ちぬよう気を付けながら、先ほどから聞こえる快音。
つまり、斬撃を回避、あるいは受け止めていた。
魔王の顔が驚愕の色に染まる。
それもそのはず。
魔王の武技は卓越しており、過去に、勇者を聖剣ごと叩き切ったこともある。
そんな剛剣をあまりに軽く、あまりにあっさりと。
見るからに華奢な少女に止められたのだ。
まるで、自分がいつも勇者相手にするかのように。
笑う他ない。
しかも。それも。
親指ほどの小さな髪留めと安物のボールペンを使って。
――ありえない。
魔王は思った。
少女が使っている『武器』を見たことはない。
が、あんな脆弱そうな形状で、自分の技と幅広い両手剣【邪剣】を止められるはずがない。
明らかに用途が違っているはずだ。
本当に馬鹿げている。
――これは、夢か?
思わず、頬を抓りたくなる。
自分は歴代最強の魔王といわれていた。否、いわれ続けているのだ。
人間どもの国は、両手の指の数が足りぬほど潰し、勇者はその三倍は軽く葬り去っている。
今日、この日、この時、この瞬間までこんなバケモノにはあったことがない。
なぜ、なぜこんなものが――!
「……こちらの空欄にお願いします。あと、お品ものはこれです」
「ッ!?」
気づけば、目の前に。いつのまにか。
触れるほどの距離に、少女がいた。
いつ手にしたか分からない真っ白い紙を、魔王の眼前へと差し出して。
「くっ、」
とっさに邪剣を横薙ぎに振るい。
同時、バックステップを踏み、舞うようにして退いた。
全く、接近に気づけなかった。その事実に歯噛みして。
「我に、何用だ! ニンゲンッ!」
剣を正眼に構え、焦燥とともに吠える魔王。
それに対し。
どんな原理か想像もつかないが、確かに。
西洋剣をただの紙で受け流した少女は、可愛らしく小首を傾げて、ため息一つ。
「ですから、宅配便ですよ。……えっと、『魔王』さん?」
少女は手元の用紙に目を落とし、確認するかのように呟いた。
「『宅配便』? なんだ、それは」
魔王は小包へと視線を移し、訝しげに疑問を投げかける。
「――それより、暑いですね。ここは、少し涼しいですが」
が、少女はこちらの声など聞こえていないかのように、振る舞い。
胸元をはだけ、パタパタと手で風を送る。
そのとき、胸の中がちらりと見えた。
ふむ、緑か。
はっ、何を考えていた。
「貴様、どうやってここに侵入してきた!」
「え、普通に玄関を通ってきましたが? いやあ、すごいですね。『豪邸』っていうんですかね。こういうの」
「なん、だと……!?」
――魔王は再び戦慄した。
この魔王城、【火焔世界】は煌々と燃え盛る溶岩の結界に四方を囲まれているのだ。
ただのニンゲンでは、城の中へ歩みを進めることすら到底敵わない。
勇者は氷大精霊の加護と、三年も詠唱が必要な賢者の魔法によって、漸く入城することができるのだ。
これは、今まで捕らえた女たちに『逃走』という概念を与えないためであり。
容易に脱走させぬための措置なのだ。
それを、いとも容易く。あんな軽装で。
この部屋まで来るなど、ありえない。
「あの、時間も差し迫っていますし。もらいますね」
気づけば、魔王の耳に少女の声が聞こえた。
隣から。
もはや引きつった顔以外、出来なかった。
「あ、こちら、送り状になります。それでは」
少女は魔王に用紙を押し付け。
一度、魔王の手を取り、指を朱肉に押し付ける必要があるのだが。
――なぜか、少女の手にあった紙の空欄には、魔王の拇印が押され。
魔王の剣の上に、小包が置いてあった。
くるりと回って、少女は扉に手を掛け――
「ん? あれ?」
しかし、扉は女たちが逃げられぬよう魔王自身が施した最高の魔力陣により。
一度入れば、内部から開けることはできない――魔王であろうと三日かかる――ことになっている。
――が、やはり少女には関係なかった。
立て付けの悪い戸を開けるように、少しだけ苦戦したが、開けた。
「ここ、ネジ悪いのかな」
などという始末。
そして――
「や、っぱり。暑いなぁ」
扉のスキマより放たれる凄まじい熱気。
つまり、人を簡単に蒸し焼きにするそれに。
ただ目を細めるだけで、何の痛痒を感じることもなく、少女は部屋の外へと消えていった。
――バタンッ、扉が閉まる。
同時――
「くっ、ふふ、はは、あははは。あははははははははッ! あはハハハハははははァッ!!!」
狂笑。
まさにその言葉が相応しい。
魔王は狂ったように笑い始めた。
自身の攻撃と最高の魔法をまるで。
うっとうしい蠅を潰すかのごとく。
うるさい蚊を殺すかのように。
それほどまでに。
ぞんざいに、打ち消されたのだから。
世界の広さと理不尽さ、そして己の弱さを魔王は痛感した。
――後日分かったことだ。
魔王城の一角に大きな風穴が開いており、そこから捕らえた勇者、亡国の王族どもが逃げだしていたのだ。
魔王城の結界は獣に食いちぎられたかのように穴が開き。
本来の効果を発揮する出来なかったのだ。
報告を受けた瞬間、魔王の脳裏に『とある少女』の顔が浮かんだ。
パタパタと手を振り、溶岩を吹き飛ばす少女の顔が。
◇ ◇ ◇
――さて、こんな噂を聞いたことがあるだろうか?
送りたい荷物の上に、送り先の場所と名前、自分の郵便番号。それと五十円切手を貼り。
そして最後に。
『玉猫宅配便』と書いたハガキを添えると。
どんなところでも必ず配達してくれるという噂を。
そう、たとえ天国だろうと。地獄だろうと。
――異世界だろうと。
◇ ◇ ◇
にゃ~ん♪
最初に頭に浮かんだのは、ほのぼのとした日常系だったのですが。
なんやかんやで、バトルものみたいになってしまいました。
小説って難しいですね。
〈補足〉
作中で名前出なかったので。
黒髪少女の名前は【絵葉】ちゃん
魔王の名前は【スルト】
絵葉ちゃんは、イヴ、エヴァの当て字にしようと思ったんですが。
キラキラネームかな、と。