魔王と偵察
「魔王様ーっ! 帰って来たぜー!!」
人間の村にイニャスが潜入してから一ヶ月半程が過ぎた頃。六回目の定期報告のときだ。
「おー、お帰り。村はどんな感じ?」
「勇者は今、人間領の端っこの村にいるー!」
「そっか。まだ勇者は出発しなさそう?」
「わかんなーい!」
「あ……そう。じゃあ、他の村人が話してたこととか、何か覚えてる?」
イニャスが仕入れてきた情報を聞くにはコツがある。
漠然と「どう?」と聞くのと「誰かが何か言ってた?」と聞くのとで、出てくる情報量が異なるのだ。
「んー……あ! 大柄の牛鬼が住み着いた砦が近くにあるって話してるおばちゃんがいたぜ。」
「……オラスの守ってる砦のことか。もう噂になってるんだね。」
「なんかあの砦って、人間が狩りに行くときの拠点だったらしーんだ。だから取り戻さないと不便とかって言ってたぜ?」
「……魔王領まで狩りに出るとは、村人達もなかなか強気だな。」
「すぐにでも退治に行ってくれたらいーのにって、飴のおじちゃん達が話してた!」
「……飴のおじちゃん?」
「うん! よく飴くれるおじちゃん!」
無事、村人には溶け込んでいるようだ、よかったよかった。
でも、オラスには勇者が来るかもしれないから気を付けろって伝えないとな。
村人が「すぐにでも行ってくれればいいのに」と言っているということは、「なのに行く気配がない」ともとれるけど、噂話だからな。
用心はしておくにこしたことはない。
エルワンとゴーチェの様子も気になるし、双子砦にも顔出しつつ、オラスに注意喚起しに行くか。
「両砦と城を往復するとなると、馬でも一週間はかかりますよ? 魔王様が直々においでにならずとも、ジャメルを伝令に出させればよろしいではないですか。」
アルドに俺が砦に行くことを伝えたら、こう言われた。
言われると思った。
アルドは俺を箱入り魔王か何かにしたいのか……?
「偵察も兼ねてるから、いいんだよ。バルと一緒だから移動速度は早いし。」
「……左様でございますか。では、お気をつけて。」
ということで翌日。
バルタザールと共に二つの砦に向かう。
「魔王さまー、もうちょっとそくど、あげていいー?」
「長い直線を走れるから嬉しいのはわかるけど、それされると俺が落ちちゃう。」
「そっかー。ざんねんー。」
言いながらも速度を弛めないバルタザール。
「そーだ、魔王さまー。ブレスでたー?」
「で、出てない……。」
「おかしーねー。レイヴァティンあるから、だせるはずなのにねー?」
そうなのだ。
あれから頑張って、レベルも50近くになったというのに、バルが出ると言っていたブレスってのが出せる気配がない。
何かコツがあるのか、出せるという情報自体がガセなのか……。
「でも、ブレスでなくても、魔王さま強くなったもんねー! レイヴァティンもしっかり振り回せるようになってきたしー。」
「確かに、剣の重さには慣れてきたよね。」
「これから村に、ゆうしゃ倒しにいくー?」
「え? それアリなの?」
「だめー?」
まぁ、もし攻め込むにしても、きちんと戦力整えてからだろうな。
勇者は一人じゃなくて「勇者一行」みたいだし。
聞き方が悪いのか情報がないのか、勇者の仲間の情報ってほとんどないんだよなぁ。
女が多いらしいとか、聖女さまがいるとか、断片的な情報しかない。
「……とりあえず今回はやめておこうか。」
「はーい!」
本気で勇者を倒しに行く気はなかったらしく、あっさり頷くバルタザール。
「ただ走るのってたいくつー! 魔物倒しながらいこーよー!」
「お、久しぶりにバルに乗って魔物狩りか。いいね!」
「やったー! じゃあ魔王さま、バルにしっかり捕まっててねー!」
そう言うと、バルタザールは速度を上げて駆け出す。
「ちょ、ちょっと待った! 狩りはいいけど、走る速度は上げないでぇー!!」
テンションの上がったバルタザールに振り落とされないように、俺は必死にしがみつくのだった。