どうやら
ヨルゴの言葉から判断すると、アルドは逃げきれたのかな?
俺の後ろに居たアルドの姿を確認しようとしたけど……ダメだ、もう首を捻る気力もないや。
考えてみれば、ここまで激しい攻撃を浴びたのは初めてだもんなぁ。
俺は最後の力で重心を後ろにかけて、仰向けに倒れ込む。
床にはまだ水が残っているから、下手にうつ伏せに倒れると溺れちゃうかもしれないし。
ぱしゃんと音がして、背中から後頭部にかけてが水に浸る。まあ、既にびしょ濡れだったから、気にならないけど。
「さて、と。オリヴィ、とりあえずアイツの姿見えるようにしてやんねーと、治療もヨルゴとの交渉も出来ねーぜ?」
高い天井をぼんやりと見ていたら、こうすけの声が聞こえた。
「あ、はい!」
オリヴィちゃんが返事をして、姿を消す呪文が解除される。
「ん? ……おーい、生きてっかー?」
俺の姿が見えたらしいこうすけが、のんびりした声を出す。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
対するオリヴィちゃんは大慌てだ。
どっちのリアクションが正しいのかはよく分からない。
指一本動かすことも出来ない状態でぼーっとしていると、オリヴィちゃんが回復呪文を唱えてくれた。
どういう訳か、回復呪文が効いた途端、身体に痛みが走る。
「あいたたた……。」
痛む身体に鞭打って何とか上半身を起こすと、こうすけが側に来ていて、左手を差し出してきた。
「つかまれ。」
「ん、ありがと。」
こうすけに助けられて立ち上がる。
部屋の中に居るのは、俺とこうすけ、オリヴィちゃんにヨルゴ。アルドの姿はない。
上手くいったのかな?
「お前、一体何者だ?」
ヨルゴが、立ち上がった俺を睨めつけながら言った。核を取られた影響か、立ち上がることは出来ないらしく、床に座り込んでいる。
「……初めまして。俺はアルドに召喚された魔王です。」
俺が名乗ると、ヨルゴは深く息をついて言った。
「まさか、奴が裏切るとはな。……油断していたということか。」
「あ、勘違いしてるかもしれないから言っておくと、俺が裏切らせたんですよ? アルドもオリヴィちゃんも。」
「……どういうことだ?」
「二人とは取引したんですよ。俺がしたいことを手伝ってもらう代わりに、それぞれのお願いを聞くといいますか……。だから、恨むなら俺だけにしといて下さい。特にオリヴィちゃんは、あなたを殺さないという条件で俺に協力してくれたんですから、感謝こそすれ、恨む道理は無いですよ。」
ヨルゴはオリヴィちゃんを見る。
「あ、あの……。」
「何のつもりだ。」
「え……?」
「私に何をさせるつもりだ。」
「恩返しをするためだそうですよ?」
「え、あ……ちょっと!」
オリヴィちゃんが抗議の声をあげる。
ヨルゴに知られるのが恥ずかしいのかも知れない。
でも、流れ的に話しちゃうところかな。ごめんね、オリヴィちゃん。
「ふん。弱体化には手を貸したが、命を救ったのだから感謝しろ、と?」
「俺もそう思いましたが、違うみたいです。あなたが死んでしまうと、その後恩返しが出来ないから、だそうですよ。」
「……。」
「良い子に好かれてますね。」
「……それで、お前は私をどうするつもりだ?」
少しの間オリヴィちゃんを見ていたヨルゴは、話をそらした。
「俺は貴方に、ただ見ているだけで居て欲しいんです。魔物と人間の和解を。」
「……なに?」
「俺はこれから、魔物と人間の間に不可侵条約を結ぼうと思ってるんです。それを邪魔しないで欲しいんですよ。」
「和解……だと?」
「貴方の目的に真っ向から対立するわけじゃないと思いますよ? だって、魔物と人間の関係を良好にしておけば、悪魔達に戦いを挑むときに共闘が出来るじゃないですか。」
俺の言葉に、ヨルゴが目を見開く。
「……そんなことまで----。」
その先の言葉は言わず、ヨルゴはまた話の方向を変えた。
「だがしかし、私を表舞台から引きずり下ろして、信者達が黙っているかな?」
にやりと笑うヨルゴに、俺も笑顔で応える。
「そこは、オリヴィちゃんが上手くやってくれますよ。」
「え!?」
突然水を向けられたといった表情のオリヴィちゃん。
「以前聞いた、ヨルゴの次に皆の信頼が厚い人って、オリヴィちゃんのことでしょ? 考えてみたら当たり前だよね。他に聖職者っぽい人が見当たらないんだもの。」
俺の言葉に、オリヴィちゃんは小さく頷いた。
それを受けて、俺はヨルゴに向き直る。
「信者の皆さんの彼女に対する信頼は、勇者と共に居れば、貴方の抜けた穴を埋め得ると思いますよ?」
「……やれやれ。何処まで先回りしているのやら。」
呆れたように肩を竦めたヨルゴは、クァンタンの仮面を被り直して言った。
「わかりましたよ。……どうやら、私に選択肢はないようですしね。」




