オラスという牛鬼
「アルドって、ヨルゴの核を取り出すことは出来ないの?」
俺の質問に、アルドは真っ直ぐ俺の目を見て答える。
「あ奴が目の前にいる状況で、呪文を唱える時間を頂けるならば、可能です。」
「どのくらい?」
「40……いえ、30秒頂ければ。」
30秒か……。
短いと思うかもしれないけど、戦いの中の30秒って、実はめちゃくちゃ長い。
一撃で相手を倒せれば、5秒も戦ってないからね。
例えば、一回の攻撃を3秒とすると、それを十回やらなきゃいけないことになる。
こちらから攻撃をするだけならまだしも、相手も攻撃をしてくるわけで、それを十回凌がなきゃいけないんだよ。
呪文だともう少し回数は減るけど、脅威度としては寧ろ増す感じだね。
でも、その時間さえ稼げればヨルゴの核を手に入れられるなら、その後の優位を含めて30秒を稼ぐ価値はあると思う。
「ん……何とか頑張るよ。」
「申し訳ありません。これ以上の呪文の短縮は難しく……。」
「まあ、直接命に関わる呪文だもんね。そう簡単にはいかないでしょ。」
「魔王様のご明察に感謝致します。」
「ちなみに、アルドはどんな状況で核を取られたの?」
「あ奴の配下の魔物共に物量で押し負けまして……。」
「なるほど……。」
物量作戦は、厳しいだろうな。ヨルゴは村からほとんど出ないから、村の中での決戦になる可能性が高いし。
「核を取り出す為の呪文って、唱えるのに成功したら核はどこに行くの?」
「術者の手元に出現します。」
「そしたら、ヨルゴは当然……。」
「死に物狂いで私を狙うでしょうね。」
そっか。30秒を凌いだ後も、すぐにお役御免にはならないんだね。
アルドが脱出するまでの時間を稼がなきゃならないわけだ。
……なんでこの世界には、テレポートという概念が存在しないんだろう。
ま、嘆いたって始まらないからね。
「ってことは、俺はヨルゴから60秒を稼げばいいんだね?」
「……相当に厳しいと思いますが。」
「でも、今、ヨルゴの近くには配下の魔物は居ないでしょ?」
「村の中での作戦決行をお考えですか!?」
アルドが驚いて目を見瞠った。
「うん。後の展開的にも、村で皆に目撃してもらうことが必要だと思うからね。」
「……そういうお考えでしたか。」
「駄目かな?」
「いえ。私が群衆の中に逃げ込めるのならば、60秒も稼いで頂く必要がないかもしれませんし、そういう意味でも良い作戦かと。」
まあ、その場合、ヨルゴが群衆ごとアルドを殺しに来る可能性が否めないのが怖いところだけど。
そこは、こうすけ達に協力を頼もうかな。
「じゃあ、パトリスの村でヨルゴの核強奪作戦をしようと思うんだけど、アルドの次の定期報告はいつ頃?」
「二週間後にここを経ちますので、あ奴の居る村に着くのは、一月弱後くらいですね。」
「じゃあ、その時に決行予定でいこう。また、街道の外れに居るようにするから、詳しくはその時に。核を持ってくるの、忘れないでね。」
「かしこまりました。魔王様はこれから如何なさるので?」
「レベルを上げに行くよ。実は勇者とももう繋ぎをとってあるから、勇者と一緒にね。」
「そ奴は信用出来るのですか?」
「うん。大丈夫。」
「……左様でございますか。出すぎた真似を致しました。」
「いやいや、その心配は当然だからね。」
「寛容なお心に感謝致します。……ところで、魔王様。」
「ん?」
「オラスという牛鬼が、魔王様に会いたいと言ってきておるのですが、如何致しましょう?」
「オラス!?」
牛鬼ってことは、オラスって、あのオラスだよね!?
「お知り合い、なのですか?」
「いや、知り合いではないんだけど、俺はオラスのこと知ってる……多分。」
「成程。ここに来る前の世界でお会いになった、と。一応、城に滞在させておりますが、お会いになりますか?」
「あ、うん。会いたいな。」
俺がそう言うと、アルドはオラスが滞在しているという部屋の前まで俺を案内してくれた。
「こちらにおります。」
「うん、ありがとう。」
なんだか、オラスに会うの久しぶりだなあ。
ちょっとわくわくしながら、扉をノックする。
「お? 鍵は開いてるぜ。」
中から聞こえた声には覚えがある。
間違いない、俺の知っているオラスだ。
「いきなりごめんね。俺に会いたいって話だったみたいだから、来たんだ。」
扉を開けてからそう言うと、オラスはきょとんとした表情で俺を見た。
そして、太い指で俺を指しながら言う。
「……魔王様?」
「うん。」
「なん、つーか……想像と違って驚いてしまいやした。すまんです。」
ポリポリと頭をかきながら、オラスは続けた。
「人間と和平交渉かます魔王様なんて、聞いたこともなかったからどんな豪傑かと思いきや……。」
「あはは。ちまいのが魔王で、がっかりした?」
「……いや、寧ろ納得したかな。アンタはどうやら、型破りな魔王様らしいや。」
がっはっは、と豪快に笑うオラス。
懐かしさに、俺にも思わず笑みが浮かんだ。
「で、魔王様よ。アンタが嫌じゃなければなんだが、オレをアンタの傘下に入れてくんねーかい?」
オラスの言葉に、正直驚いた。
「……俺は人間と和解する方向だけど、いいの?」
「おう。別に魔物が人間と仲良くしちゃあいけねえ道理はねーですぜ。何故かこの何百年、召喚される魔王様は人間嫌いばっかだったみたいですがね。」
……それは、ヨルゴとアルドの情報操作のせいだね。
「魔王様がどんな奴かを見て、協力するか敵対するか決めたかったんでさぁ。そして、オレはアンタを面白い奴だと判断した。だからオレはその判断に従って、人間との和解に尽力しますぜ。」




