見事応えてお見せしましょう
扉の奥から出てきたのは、ヨルゴだった。
品の良いローブを着て、分厚い本を持っている。
俺はヨルゴの進路を塞がないよう、壁に背をつけた。
そんな俺の目の前を、ヨルゴは警戒した様子もなく歩いていく。
……今、扉に鍵かけなかったよな?
よし、今が家捜しのチャンスだ!
……と、意気込んだものの、結局成果はなかった。
中の家具はテレビドラマの社長室にあるような平机と、背もたれの枠に細かい細工が施されている椅子、棚がほぼ埋まっている大きな本棚だけだ。
あとはせいぜい、絨毯の上にひいてある綺麗な柄の敷物くらいかな。
とても整然としていて、生活感がないと言っても良いくらいだった。
余程几帳面なのか……。
ここまで物がないとなると、アルドの核を部屋には置かず、常に持ち歩いているんじゃないかな?
今みたいに、部屋を離れることは当然あるわけだし。
まあ、ここは仕事部屋で、私室は他にあるんだろうな。
いくらなんでもベッド無しで寝るとは思えないし。
その後、本棚の中の本を調べてみたけれど、特に怪しい本はなかった。
あまり長居をして、ヨルゴが戻ってきても困るから、早々に退散した。
ヨルゴの私室を知りたいけど、オリヴィちゃんに聞いたら教えてくれるかなあ?
「ただいまー。」
「おかえりー、まーさまー。」
まだ姿が現れるまで時間があるけど、一度バルタザールの所に戻った。
「早かったねー?」
「うん、今回は偵察だからね。」
「じゃあまた遊びにいくー?」
「うーん……アルドに会っておきたいんだけど……。」
「あいつにー?」
嫌そうな顔のバルタザール。
「会ったらまた遊びに行こうよ。ね?」
なんとかバルタザールを宥めて、アルドを待つこと数時間。
「……あ、あいつの匂いするー!」
蝶々を追い掛ける遊びをしていたバルタザールが、知らせてくれた。
「ありがと!」
しばらくして、馬でアルドが通りかかる。
「アルド。」
道端から声を掛けると、アルドは俺に気付いたようだった。
「魔王様、ご無沙汰しております。」
「久しぶりだね。」
「作戦は順調に進んでおりますでしょうか?」
「うん、まあちょっと、俺のレベル見てみてよ。」
アルドは俺に向かって呪文を唱える。
「……こ、これは。」
アルドがもう一度呪文を唱えた。二度見だ。
「凄いでしょ?」
「ええ……。短期間にここまで上がるとは……。」
「まあ、頼りになる相棒のおかげだけどね。」
「呪文のほうは、如何ですか?」
「うん、そっちもほぼ問題なし。」
「ほぼ?」
「なかなか絶対成功ってワケにはいかないよ。」
「……まあ、そうですよね。魔王様は異世界人ですし。呪文を使えるだけでも、今までの魔王様とは異なります。」
「あ、それでさ、アルド。」
「はい、何でしょう?」
「教会にあるヨルゴの部屋っぽいところに、ちょっと行ってみたんだけど、アルドの核を隠せそうな所とか無かったんだよね。で、もしかしたら、ヨルゴはアルドの核を常に持ち歩いてるんじゃないかと思うんだけど……。」
「それはありませんね。己の核が身近にあれば、必ず判ります。」
「そっかー……。じゃあやっぱり、別の場所に私室があるのかな。」
「……隠し部屋があるかもしれませんよ?」
「隠し部屋?」
「ええ。例えば、本棚の本に細工がしてあって、それを動かすと棚の裏にある扉が出てくる……ですとか。」
「棚か……。本は調べたけど棚は調べてないなあ。」
「あとは、敷物や壁掛けに細工をしてある場合もあり得ますね。」
壁掛け……? あったかなぁ。敷物は覚えてるけど。
「んー……。ヨルゴの拠点って、教会以外に無いの?」
「私は存じ上げません。ある……可能性は少ないと思いますが。」
「そっか。じゃあ、今度潜入するときは、隠し部屋の存在を前提にしよう。」
「そうですね。よろしくお願い致します。」
「あ、そうだ! アルド、魔物達に伝えて欲しいことがあるんだけど。」
「はい。何でしょう?」
「『魔王は人間との和解を目指している。』ってことを、知らせておいて欲しいんだ。」
「……はぁ。」
「これからアルドの核を取り戻して、ヨルゴを今の地位から追い落とした後、人間と和解する時になって魔物達に知らせると、混乱が生じるかもしれないから。」
「そう……ですか?」
「いや、無ければ無いにこしたことはないんだけどね。」
「それを伝えることで、魔王様を無能と判断した魔物が、城に攻めてくる可能性がありますが?」
「アルドが居れば、ジャメル達を使って撃退出来ると思ってるんだけど……無理かな?」
「……成程。」
アルドは納得したという風に頷く。
「魔王様のご期待に、このアルド見事応えてお見せしましょう。」
大仰なアルドの物言いに、思わず吹き出す。
「期待してるよ。」
笑いながら言った俺の言葉に、アルドはにこりと笑った。




