いただきます。
俺もオリヴィちゃんに倣って、椅子に腰かける。
「ほれ、メニューだ。」
食堂の主人が渡してくれたメニュー表を見る。
……発音は出来るけど、どんな料理かはさっぱり分からないぞ。
「……オリヴィちゃん、これってどんな料理?」
メニューを指差しながらオリヴィちゃんにこっそり聞いてみる。
「あ、これは、羊のお肉を香草で焼いたものです。」
「へー……。こっちは?」
「これは山菜と干し肉を使ったサラダですね。」
「んー……何にしようかな。」
「焼き卵のブラウンソース掛けはいかがですか? パンにも合いますよ。」
オリヴィちゃんがメニューを指差して言う。
「いつもオリヴィが頼んでるやつだな。あんちゃんにはボリューム不足かもしんねーぞ。大盛りにするかー?」
対面式の厨房から、食堂の主人が話に入ってきた。
「あ、いえ。朝は軽めでいいので、普通でー。」
「あんちゃん、若いのにそんなことだから、細っこいんだぞ?」
「はあ、すいません。」
「強制は良くないですよ? ズマナさん。」
オリヴィちゃんが、たしなめるように言う。
「おぉ。すまねーな、あんちゃん。オリヴィも同じでいいのか?」
「はい。」
「ん。じゃ、ちょっと待ってな。」
「お願いします。」
しばらく待つと、料理がやって来た。
焼き卵って何かと思ったら、オムレツだった。デミグラスソースっぽいのがかかっている。
「この料理は、昔召喚された勇者様が教えて下さったものだと言われているんですよ。」
デミグラスソースをパンで掬いながら、オリヴィちゃんが話してくれる。
「へー……料理が上手い勇者が居たんだね。」
「勇者様は何でもお出来になると聞いています。きっと、こうすけ様も……。」
何でも……ね。まぁ、話半分に聞いておくか。
「そうかもね。起きたら聞いてみようか。」
そういえば、勇者の噂話で、デサートを作ったとか聞いたような聞かなかったような……。
「いただきまーす。」
「?」
いつも通りに言ったら、オリヴィちゃんに不思議そうな目で見られた。
「……あ! 食前の挨拶、ですね?」
しばらく考えて、思い当たったようだ。
「うん。俺の国での風習。」
「手を合わせるのですね。」
「そう。俺が食べるために犠牲になった生命に感謝して、「いただきます。」って挨拶をするんだよ。」
実際に手を合わせながら解説すると、オリヴィちゃんは感心したように頷いた。
「なるほど。犠牲になった生命、ですか。徳の高い考え方ですね。」
「徳……ね。別に宗教関係者だけの風習じゃないから、考えたことも無かったけど……。」
「それはきっと、暮らしている方が皆さん高い徳をお持ちだからですよ。」
「それはどうかなー? 」
間違っても国民全員が徳の高い国ではなかったよなぁ。
犯罪者も一定数は居たわけだし、モラルのない奴も少なからず居たからね。
「もう一口食べてしまったのですが、その挨拶は、今からしても大丈夫ですか?」
「ああ、うん。別に構わないと思うよ。」
要は気持ちの問題だからね。
「では……いただきます。」
俺の言葉を受けて、オリヴィちゃんは手を合わせた。
「こうすけ様、こうすけ様。起きてください。」
朝食を終えた俺とオリヴィちゃんは、お土産を買ってこうすけ君の寝床に舞い戻った。
こうすけ君はまだ寝ている。
そろそろ皆、動き出している時間なわけだけど……。
「うーん……あと二時間……。」
「さすがに寝過ぎでしょ、それは。」
言いながら、床に敷いてある布を引っ張り、上に乗っているこうすけ君を転がす。
「きゃっ!」
俺の乱暴なあしらいに、オリヴィちゃんは驚いたように、口に手を当てた。
「んー……起こされるなら、可愛い女の子がいい……。」
「その可愛い女の子が起こしても起きなかったから、こうなってるの。早く起きてよ。」
床を転がされても頑なに目を開けない根性には感心するけど、その根性は別のところに発揮して欲しい。
ん? オリヴィちゃんの顔が赤い…….どうしたんだろう?
「んあー……よう。」
やがてこうすけ君は、のそのそと起き上がると、大きく伸びをして、挨拶をした。
「よう、じゃないよ。もう結構いい時間だよ? 朝御飯食べて、レベル上げに行こうよ。」
「あー……レベル上げなー……。俺、低血圧だから朝に弱いんだよー……。」
こうすけ君はまたサボりたいらしい。
「じゃ、朝御飯食べれないね。オリヴィちゃん、折角持ってきたお土産だけど、こうすけ君要らないらしいから----。」
「うわー! 待て待て待てって! 食べる食べる! 食べるから!」
俺がこれ見よがしに食べようとしたオリヴィちゃん特製サンドイッチ(食堂にあった羊肉の香草焼きを、オリヴィちゃんの持ってきたパンに挟んだものだ。旨そう。)をひったくり、こうすけ君が食べ始めた。
「ん! これ、美味いな!」
「オリヴィちゃんが作ってくれたんだよ。」
「いえ、作ったなんて、そんな大層なものでは……!」
恐縮するオリヴィちゃん。
「中のお肉は食堂のものですし、パンも教会の朝活動用に作ったものですから……。」
「教会で作ったってことだろ? じゃあやっぱり、オリヴィが作ったんじゃんか。美味いよ、さんきゅな。」
こうすけ君の礼に、オリヴィちゃんの顔が、さっきよりも赤くなる。
恋する乙女って感じだなぁ。
「それ食べたら、レベル上げに行こうね?」
「あー、はいはい。お前は真面目だなあ。」
「俺が真面目なんじゃなくて、こうすけ君が----。」
「その、君付けやめろよ。俺の周りにそんな呼び方する奴居なかったから、なんか変な感じする。」
「じゃあ、こうすけ様って呼べばいい?」
「様付けされて嬉しいのは女子からのときだけだっての! 呼び捨てでいーよ。」
「はいはい。」
俺達のやり取りを見ていたオリヴィちゃんが、くすくすと笑い出す。
「ん?」
「どうしたの?」
「いえ。お二人は本当に仲がよろしいのだなと思いまして。」
にこにこと言うオリヴィちゃんに、俺達はとりあえず否定の言葉を飲み込むのだった。




