人馬と魔術書と魔王
「しかし魔王様、この周辺にいる野生の魔物共だけでも、充分足止めは可能なのではありませんか?」
俺が指示した内容を書き留めながら、アルドが不服そうな顔をする。
アルドは魔王様絶対主義者みたいだからなぁ。
自分の信じる魔王様が、他の魔物を頼りにするのが気にくわないんだろう。
「まぁ、この辺にも強いのはちょいちょい居るけどさ。野生のだとやっぱり、統率がとりきれないっていうか……。」
俺はビビりな性格なので、保険をかけておきたいのです。
無保険とか無理無理!
「……左様でございますか。魔王様は、お考えが深うございますね。」
あ、なんかアルドの中で勝手に納得したみたい。
「じゃあ、よろしくね? 俺、バルを帰したら魔術書の解読にかかるから。」
「かしこまりました。夕飯時に、クレマンに呼びにいかせます。」
と言ったものの、バルタザールが「嫌だ、帰らない」と強硬に訴えたため、解読の邪魔をしないという条件で、俺の書斎に二人で籠ることにした。
「えーと……この文字がこうだから……。」
呪文は、術者が特定の文字列を読み上げることによって発動する。
だから、基本的に口伝では教わらないらしい。魔力を込めて、みたいなプロセスが要らない分、読み上げたら即座に発動してしまうからだ。
それはつまり、俺がこの世界の文字を覚える必要がある、ということだ。
「……ルイス……あ、スじゃない、ソ……。」
少し前に、アルドが使っているのを見て便利そうだと思い、呪文を覚えたいと言ったら、呪文文字発音表を渡された。
100文字くらいあって泣きそうになった。
ちなみに、アルドが使ってるのを又聞きで覚えて唱えても、発動しなかった。
アルドに聞いたら、「魔王様が唱えられた呪文は、少し発音が違った気が致します。」と言われた。
まあ、そんなわけで、呪文を俺が発音出来るように訳す作業を、今はしてる感じかな。
……学生時代の英語を思い出すなぁ。
「ねえ魔王さまー、なんで簡単な魔術書みてるのー? おさらいー?」
突然、バルタザールが話しかけてきた。
「え? これ簡単な魔術書なの?」
「そうだよー。もっと大魔術用だとねー、こっちのがいい。」
と、バルタザールが少し背伸びして取り出したのは、今俺が解読してるのと装丁がよく似た本だった。
「アルドが、これなら手早く強い呪文が載ってるって言うから頑張ってたのに……。」
やっと半分解読したのに……。
似てる本だから間違えちゃったの? アルド。
ちらっと中身確認してから渡してくれれば良かったのに……。
「魔王さまー? 泣いてるー?」
「……大丈夫、ちょっと心が折れそうになっただけ。」
バルタザールに礼を言って、俺は大魔術用の方の解読を始めた。
「いーっぱい強い本があるねー。いーなー、いっこ欲しいー。」
「駄目だよ、これは俺のじゃなくてアルドのだから。欲しいならアルドに言えばくれるかもしれないけど……」
「あー、バルあいつ嫌いだから、話すのいやー。」
「……前から思ってたんだけど、アルドの何がそんなに嫌なの? バルは。」
「わかんなーい。でも、いやー。」
……まぁ、女性が言うところの、生理的に無理ってやつなのかな。
「あ、風呪文だー! おぼえちゃおー!!」
嫌いなアルドの持ち物でも、魔術書に罪はないとばかりに、何冊も読み漁るバルタザール。
……いいなぁ。読む速度早いのって、武器だよねぇ……。
っと! いじけてる場合じゃない。
解読の量をこなせば、嫌でも読む速度は上がるんだ。
大魔術を使える魔王になるべく、今はただコツコツと頑張ろう!