昔語
数千年前のこと。
とある魔族が、一つの野望を抱きました。
それは野望というには大きすぎて、他の者なら一笑に付して忘れてしまう程のものでした。
「世の中の全てを手中にしたい」
それを為すには魔物領の奥深くに居る悪魔どもを倒さねばなりません。
悪魔どもはとても強力なので、倒すとなると総力戦になります。
そこで、その魔族は手始めに、人間領を掌握することにしました。
死ぬことはあっても寿命のない、魔族らしい気長さで、深く深く人間領内に根を下ろすことにしたのです。
人間は弱いですが、圧倒的な数量を誇ります。
少数精鋭の悪魔を倒す手足とするには、丁度良い種族でした。
魔族が最初に行ったのは、恐怖ではなく人心を掌握することによる支配方法の模索でした。
恐怖による支配では、より強い敵と戦うのに限界があります。
心から慕ってくれる人間で作った軍隊であれば、命を遂して悪魔と戦ってくれるでしょう。
しばらく観察した結果、どうやら人間達の多くが、信仰というものに心の拠り所を求めているということが解りました。
ですが、既存の信仰で人間をまとめきれるものはないようでした。
そこで、魔族は自分で新しい宗教を作ることにしたのです。
魔族に伝わる召喚術で自分以外の魔族に悪役をさせ、自らは救世主を召喚することで、新しい宗教の意義を作り出しました。
“魔王が世界に現れし時、ロワイエ様が救世主たる勇者をお呼びくださる”
魔族の狙いはうまくいき、新興宗教に対して懐疑的だった人間達も、段々と信者になっていきます。
「そうして今や、奴の興した宗教は、人間領で最も有名なものとなっております。」
アルドはそう締めくくった。
「ちなみに、あ奴の本当の名はヨルゴ。クァンタンというのは仮の名です。」
「そうだったんだ……。でも、なんでアルドは、ヨルゴに協力することにしたの? 悪役を買ってでるなんて……。」
俺の質問に、自嘲的に笑うアルド。
「好きで協力しているわけではありませんよ。……全世界の支配などと、馬鹿馬鹿しい。」
「無理矢理従わされてる、ってこと?」
アルドは一つ嘆息すると、呟くように言った。
「……我々魔族は、核というものを持っております。」
「へ?」
「人間でいう、心臓ですね。核は体から外すことが可能ですが、それを傷つけられてしまえば、我々は消滅します。」
「……えと、もしかして……アルドはヨルゴに核を握られている、とか?」
「ご明察です。」
「だから、従わざるを得ないんだ……。」
「ええ。でなければこんな茶番に、長年付き合ったりは致しませんよ。」
「じゃあ……アルドは、核を取り戻せたら、魔王が人間と和解しても問題ないんだね?」
「ええ、まあ。」
短く答えた後、アルドは眉をひそめる。
「……魔王様、何をしようと考えておいでで?」
俺は、召喚される前の世界で自分が死んだ可能性が高いことと、この世界で生きていく手段を探していたこと、そして魔王が勇者を倒すとループが発生することを話した。
「時間が……そんな馬鹿な……。いや、ですが……。」
「何か、覚えがある?」
「随分前の魔王様が、そのようなことを言っていたような気も致しますが……不安定な性格の方でしたので、信じてはおりませんでした。」
「不安定って……。」
その時ふと、あの日記の最後のページを思い出した。アルドは、あの日記の子を最後の周回分しか覚えていないのだから、ループを繰り返していた子の性格が不安定に見えても不思議じゃない。
「その魔王って、女の子……?」
「ええ。ご存じの方だったのですか?」
アルドが不思議そうに聞いてくる。
「いや、直接は知らないんだけど、その子の日記を読んだんだ。……ねえ、アルドが覚えてるその子は、どうなったの?」
「通例どおり、勇者に倒されました。」
「……そっか。その後のことって、分からないよね?」
「ええ。この世界から居なくなったというのは確かですが。」
「じゃあやっぱり、俺はこの世界で人間と共存していくことを選びたいな。」
「ですが、魔王様は勇者倒される為にここに召喚されております。」
「うん。でももし、ロワイエ教の勢力を削ぐことが出来れば、魔王対勇者って構造自体をなくせるかもだよね?」
「あ奴を倒せるとお思いで?」
「いやいや、倒さなくてもさ。例えば、上級呪文書に載ってた姿を消す呪文で、ヨルゴの私室に侵入して、アルドの核を取り戻すとか。」
「魔族は魔族の気配に敏感です。いくら私が姿を隠そうとも、同族にはばれてしまいますよ。」
「魔族の気配……ね。じゃあ、人間の気配には?」
「は?」
「例えば俺が、その呪文を使ったとしたら、気配でバレると思う?」
「……人間の気配は、村の中では混ざって分からないかもしれません。」
「まあ問題は、まだ俺その呪文使えないってことだけど。」
俺の言葉に、あからさまにがっかりした顔を見せるアルド。
「でもさ、勇者にやられさえしなければ、俺には無限の時間があるってことだから、絶対にいつかは使えるようになる……とも考えられるよね?」
「……なるほど。ループ、というやつですね。」
アルドの眼がギラリと光った。
本当は、そう何度もループしたくなんてないから、アルドを仲間に引き込むための方便なんだけどね。
「未来の自分への投資と思って、色々と教えて欲しいんだけど、ダメかな?」




