誤算
「お止めなさい、貴殿方。」
声のした方を見ると、アルドと繋がっているじいさんこと、クァンタンが居た。
「ここは私が預かりましょう。旅のお方も、そちらの元気の良いお兄さん方も、それでよろしいですね?」
柔らかな物腰なのに、どことなく威圧感を醸し出すクァンタンに、俺も絡んできた男達も、思わず頷く。
「結構。では、旅のお方とそのお付きの魔物さん、こちらへどうぞ。」
場の雰囲気が、完全にクァンタンに支配されている。
「いや、俺達はこれで失礼しますんで----。」
「まあ、そう仰らず、私の執務室で旅の話をお聞かせ願えませんか? 良質の茶があるのですよ。」
断りを入れようとした俺を、クァンタンは引き止める。
……予定とは随分違うけど仕方ない。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。
「……わかりました。」
「バルも行くのー?」
「是非どうぞ、かわいらしいヴァレリーさん。」
不思議そうに訊ねるバルタザールに対して、にこりと笑んで言うクァンタン。
こいつはアルドと繋がっているからな。俺の風体やバルタザールのことを知っている可能性もある。
油断はできないぞ。
執務室に入ると、クァンタンは手ずからお茶を煎れてくれた。
手つきに怪しいところはない……けど、飲むのは躊躇われるなぁ。
「おかしなものは入っておりませんので、どうぞお飲みください。」
クァンタンはそう言うと、俺の前に置いた給茶器から注いだ茶を、自らすする。
「わーい、いい匂いー。」
バルタザールが、ふんふんと鼻を鳴らして声をあげた。
「ヤニックの花で煎れたお茶なんですよ。」
にこやかな表情でバルタザールと話をするクァンタン。
……なんか、調子狂うな。
教主様とか呼ばれているのはどんな奴かと思っていたけど、一角の人物ともなると、案外こんな風に話しやすいのかもしれない。
ちょっと、踏み込んでみるか。
「あのー、クァンタン……さん。」
「はい?」
「クァンタンさんは、その……魔王のこと、どう思ってるんですか?」
俺の唐突な質問に、呆気にとられた表情を見せるクァンタン。
しかし、流石と言うべきか、すぐに柔和な表情に戻って言った。
「魔王は倒すべき悪、ですよ。旅のお方。」
「なんでですか?」
「魔王という存在は、魔物を人間に対して敵対的にさせます。そうなると、困りますよね?」
「……魔王が来る前と来た後で、魔物達はそんなに変わりましたか?」
「ええ。お気づきになられませんでしたか?」
「わかりません。」
「旅の途中で、魔物に襲われたりは?」
「してないです。」
話しているうちに、なんだか場の空気が張り詰めてきていた。
「……そうですか。----今回の魔王はどうにも、予測を超えますね。」
「は?」
クァンタンの雰囲気が変わった----?
「貴方が今回の魔王なのでしょう? 大人しそうな顔して、なかなか動き方が大胆だ。」
「……俺のこと、アルドに聞いてたんですか?」
「おや、もうそのこともご存じですか。そうですよ。」
「なんで、魔王を倒させようとするの?」
「魔王は悪だから、ですね。」
「俺は何もしてない。」
「ええ。それは私も不思議なのです。見たところレベルが低いわけでもないというのに、人間を魔王が襲った報告が一つもないとは、どういうことなのでしょう?」
「……魔物を狩ってレベルを上げてるからだよ。」
「レベル上げには人間の方が効率が良いと、聞いていらっしゃらないので?」
「いや、聞いたよ。でも俺がそれは嫌だから、してないんだ。」
「なるほど----。」
「それに、大きな城の騎士でもない限り、魔物よりもらえる経験値は少ないよね?」
「……。」
「そうやって、魔王に嘘の情報を教えて人間を襲わせて、倒す大義名分を作り出してたんだ?」
「……。」
「そうまでして、勝手に召喚した勇者と魔王使って茶番を演じて……何が目的?」
「目的は、悪の殲滅ですよ。」
「悪の……殲滅?」
「魔王という悪が現れたので、私は勇者様を召喚させて頂いたのです。茶番などと、とんでもない。」
「その魔王を召喚した奴と、あんたが通じてるんだろうが!!」
「そのことを、どう証明なさいますか?」
「----っ。」
「どこの馬の骨とも知れない旅の者と私、皆はどちらの言い分を信じますかね?」
「……。」
「よしんば、皆が私ではなく貴方を信じたとして、その信じた者が実は魔王だった……などということになれば、世の混乱は免れないでしょうねえ。」
「……。」
「----さて、と。宴もたけなわではございますが、私も忙しいものでね。この辺でお開きとさせていただきましょうか。」
にこやかな笑みで、退室を促すクァンタン。
こいつは、駄目だ。話が通じるなんてとんでもなかった。
自分の中での価値観が、固定されきっている。
妥協案……なんて、見出だせる程度の信念じゃない。
----早まったかな。
「……バル、気を付けて帰ろうね。」
「はーい!」
執務室を出る俺達の背に、クァンタンの声がかかる。
「どうぞ、お気を付けてお帰りください。」




