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今度の派遣先は異世界です  作者: 近江 上総
33/76

誤算

「お止めなさい、貴殿方。」

声のした方を見ると、アルドと繋がっているじいさんこと、クァンタンが居た。

「ここは私が預かりましょう。旅のお方も、そちらの元気の良いお兄さん方も、それでよろしいですね?」

柔らかな物腰なのに、どことなく威圧感を醸し出すクァンタンに、俺も絡んできた男達も、思わず頷く。

「結構。では、旅のお方とそのお付きの魔物さん、こちらへどうぞ。」

場の雰囲気が、完全にクァンタンに支配されている。

「いや、俺達はこれで失礼しますんで----。」

「まあ、そう仰らず、私の執務室で旅の話をお聞かせ願えませんか? 良質の茶があるのですよ。」

断りを入れようとした俺を、クァンタンは引き止める。

……予定とは随分違うけど仕方ない。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。

「……わかりました。」

「バルも行くのー?」

「是非どうぞ、かわいらしいヴァレリーさん。」

不思議そうに訊ねるバルタザールに対して、にこりと笑んで言うクァンタン。

こいつはアルドと繋がっているからな。俺の風体やバルタザールのことを知っている可能性もある。

油断はできないぞ。


執務室に入ると、クァンタンは手ずからお茶を煎れてくれた。

手つきに怪しいところはない……けど、飲むのは躊躇われるなぁ。

「おかしなものは入っておりませんので、どうぞお飲みください。」

クァンタンはそう言うと、俺の前に置いた給茶器から注いだ茶を、自らすする。

「わーい、いい匂いー。」

バルタザールが、ふんふんと鼻を鳴らして声をあげた。

「ヤニックの花で煎れたお茶なんですよ。」

にこやかな表情でバルタザールと話をするクァンタン。

……なんか、調子狂うな。

教主様とか呼ばれているのはどんな奴かと思っていたけど、一角の人物ともなると、案外こんな風に話しやすいのかもしれない。

ちょっと、踏み込んでみるか。

「あのー、クァンタン……さん。」

「はい?」

「クァンタンさんは、その……魔王のこと、どう思ってるんですか?」

俺の唐突な質問に、呆気にとられた表情を見せるクァンタン。

しかし、流石と言うべきか、すぐに柔和な表情に戻って言った。

「魔王は倒すべき悪、ですよ。旅のお方。」

「なんでですか?」

「魔王という存在は、魔物を人間に対して敵対的にさせます。そうなると、困りますよね?」

「……魔王が来る前と来た後で、魔物達はそんなに変わりましたか?」

「ええ。お気づきになられませんでしたか?」

「わかりません。」

「旅の途中で、魔物に襲われたりは?」

「してないです。」

話しているうちに、なんだか場の空気が張り詰めてきていた。

「……そうですか。----今回の魔王はどうにも、予測を超えますね。」

「は?」

クァンタンの雰囲気が変わった----?

「貴方が今回の魔王なのでしょう? 大人しそうな顔して、なかなか動き方が大胆だ。」

「……俺のこと、アルドに聞いてたんですか?」

「おや、もうそのこともご存じですか。そうですよ。」

「なんで、魔王を倒させようとするの?」

「魔王は悪だから、ですね。」

「俺は何もしてない。」

「ええ。それは私も不思議なのです。見たところレベルが低いわけでもないというのに、人間を魔王が襲った報告が一つもないとは、どういうことなのでしょう?」

「……魔物を狩ってレベルを上げてるからだよ。」

「レベル上げには人間の方が効率が良いと、聞いていらっしゃらないので?」

「いや、聞いたよ。でも俺がそれは嫌だから、してないんだ。」

「なるほど----。」

「それに、大きな城の騎士でもない限り、魔物よりもらえる経験値は少ないよね?」

「……。」

「そうやって、魔王に嘘の情報を教えて人間を襲わせて、倒す大義名分を作り出してたんだ?」

「……。」

「そうまでして、勝手に召喚した勇者と魔王使って茶番を演じて……何が目的?」

「目的は、悪の殲滅ですよ。」

「悪の……殲滅?」

「魔王という悪が現れたので、私は勇者様を召喚させて頂いたのです。茶番などと、とんでもない。」

「その魔王を召喚した奴と、あんたが通じてるんだろうが!!」

「そのことを、どう証明なさいますか?」

「----っ。」

「どこの馬の骨とも知れない旅の者と私、皆はどちらの言い分を信じますかね?」

「……。」

「よしんば、皆が私ではなく貴方を信じたとして、その信じた者が実は魔王だった……などということになれば、世の混乱は免れないでしょうねえ。」

「……。」

「----さて、と。宴もたけなわではございますが、私も忙しいものでね。この辺でお開きとさせていただきましょうか。」

にこやかな笑みで、退室を促すクァンタン。

こいつは、駄目だ。話が通じるなんてとんでもなかった。

自分の中での価値観が、固定されきっている。

妥協案……なんて、見出だせる程度の信念じゃない。

----早まったかな。

「……バル、気を付けて帰ろうね。」

「はーい!」

執務室を出る俺達の背に、クァンタンの声がかかる。

「どうぞ、お気を付けてお帰りください。」

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