日記
上級の呪文書を、アルドの書斎で探す。
え~と……どの位置だったかな?
まぁ、背表紙を見ていけばいいか。
前回、バルタザールが上級呪文書を出してくれた辺りを、目を皿のようにして探していると。
「……ん?」
何だろう? 他の本とは明らかに装丁の異なる薄い本が、本棚の奥にあるのを見つけた。
……ちょっと見てみようかな。
隠されてるっぽいものって、好奇心を刺激するよね。
奥からその本を引っ張り出してみると、どうやらそれは、羊皮紙の束に布をかけたものだった。
自作の本ってことか。
結構古いものらしく、紙の端がボロボロになっている。
紙を破らないように気を付けながら本を開くと、手書きらしい見慣れた文字が目に飛び込んできた。
----日本語、だ。
アルドや村の人の話では、魔王として召喚されたのは俺が初めてではないらしいから、俺の前に此処に来た人が書いたのか……?
『これで十回目のループ……。やっぱり勇者を倒しちゃうと戻っちゃうんだね。前回は途中の野原で待ち伏せしてみたけど、こうしてループしちゃったんだから……。
元の世界に帰る方法は、勇者にやられるしかないのかな? でも、仮にやられたとして、無事に元の世界に戻れるかどうかの保証がないよね……。それは恐いな。
この本が、ループのときに残せるのかは分からないけど、未来の自分へのプレゼントってことで、試してみようと思う。
何か、少しでも違うことしないと、おかしくなりそう。』
最初のページには、そう書かれていた。
文字が丸いし、文体からすると女の子で召喚された子って感じかな?
十回って……頑張ってたんだなぁ、この子。
なんだか親近感が沸いてくる。
次のページを開いてみた。
『勇者の様子を見に行ってみたら、頑張って魔物を狩ってた。私も魔物を狩ってレベルが上がればなあ……。アルドさんは、「魔王様がレベルを上げるには人間を狩るのが一番です。」って言うけど、人をころすのって……イヤだよ。』
この子、魔王も魔物狩りでレベルが上がることを知らなかったのか。
アルドのことを信じているみたいだし、アルドから聞いたやり方で頑張っていたのかもしれない。
……そういえば俺も、「何で人間を狩らないのか?」みたいなことをに聞かれたな。
人間と繋がっているアルドからすれば、魔王が人間に害をもたらしてくれた方が都合がいい、ってところか?
更に次のページをめくる。
『何が違うのか、今回のループにはセルジュが居ないみたい。……会いたい。』
お、この子はこの世界に好きな人が居たよう……って、それどころじゃない。
こっちの動き次第では、いつも居る人がいなかったりもするのか。
今回、皆は居るのかな?
それにしても、そうか。そういえばループだね。俺の世界にもあったなぁ、そういう作品。
まさか自分の身に起こるとは思わなかったけどさ。
この後は、セルジュって奴との思い出話なんかが多い。
お、ちょっと毛色の違う日記だ。
『魔王は諸悪の根源だから倒さないといけない、って……確かに、人間を襲ってるんだからそう言われても仕方ないのかもしれないけど……私だって、好きでやってるわけじゃないのに……。』
そうだよね。これはキツいだろう。
俺はゲームなんかの知識から、自分で魔物を狩りに行ったし、バルタザールが居たから人間狩りをせずに済んだけど、この子はそうじゃなかった。
アルドは、この子が来た頃から人間と通じていたんだろうか?
そこからしばらく、愚痴のような日記が続いた。
『アルドさんは私のこと、強いって言うけど、レベル1で強いってこと、ないよね?』
ふと沸いた疑問のように書かれているページがあった。
うん、それ、俺も思った。
あ、アルドとしては、魔王が強いと困るのか。
アルドの役割は、「勇者に倒される魔王」を召喚すること、だもんな。
『アルドさんが勇者が今どこに居るかを教えてくれた。勇者はレベルが低いって話なのに、もうだいぶ近づいてきている。なんでいつも、そんなに早く進めるんだろう……。また、たたかうときがくる……。』
アルドに情報収集を……まあ、そりゃ頼むか。
俺だってそうだったし。
異世界に来て最初に親切にしてくれた奴が、実は裏切っているなんて思わないもんだよな。
日記は、そこで終わっていた。
この子は、もしかしたらこの後、勇者に負けたのかもしれない。
それで、元の世界に帰れていればいいのだけれど。
……ありがとう。君のおかげで、勇者を何処で倒してもループすることと、アルドからの情報は信用しきっちゃいけないことが確信できた。
まぁ、情報は、正偽織り交ぜているんだろうけどね。
本を元の場所に戻して、立ち上がる。
「……よし、作戦変更だ。」
俺は、オラスの砦に向かって出立する準備をしているアルドに声を掛ける。
「ごめん、やっぱあの作戦なしで。ここで勇者を迎え撃つ。」




